No.1772 桐朋中、学習院中等科、田園調布学園中は要注意!『おなやみ見つけます ことば医者』髙柳克弘

amazon『おなやみ見つけます ことば医者』髙柳克弘(ポプラ社)

 本作品は、言葉がきっかけで傷ついた子どもたちが、「ことば医者」という不思議な人物との出会いを通して、再生して行く姿を描いた成長物語です。各章で主人公が異なりますが、同じ「ことば医者」という人物に救われるという連作短編集(第4章・第5章は2章にわたる連続エピソードです)の構成となっています。

 著者の髙柳克弘氏は俳人として句集や評論の著書が多数ありますが、初の小説である『そらのことばが降ってくる 保健室の俳句会』が桜蔭中(2022年度)、普連土学園中(2025年度2月4日午前)、浦和実業学園中(2025年度第2回午前)などで出題されました。

 今回ご紹介する第4章・第5章の「言葉ゼツボウ病」という短編では、何気なく発したラインでのメッセージによってクラスメイトから非難され、教室での居場所を失ってしまったヒカリという小学5年生の女子が再生のきっかけをつかんで行く姿が描かれています。

 本作品に収録された短編は、「友人関係」、「家族関係」、「挫折からの再生」といった中学受験物語文の重要テーマを描きながら、「言葉の持つ力」というテーマも題材としています。特に今回ご紹介した短編は、等身大の人物が深く傷ついて行く様子、そして暗い闇から再生して行く様子が、読みやすく、リアリティに満ちた表現でつづられており、来年度入試で、男子校・女子校問わず、中堅校から難関校を中心として多くの学校での出題が予想されます。

【出題が予想される箇所】
P.132の14行目からP.184の10行目

 第4章・第5章の短編「言葉ゼツボウ病」からの部分となります。クラスメイトたちのライングループに参加したヒカリが、自らの発したメッセージがきっかけとなり、クラスメイトから集中的な非難を浴びる様子から、それが原因で学校に行けなくなってしまったヒカリが、やがて再生のきっかけをつかんで行くまでの過程が描かれた場面です。

 自分のメッセージによってクラスメイトたちから思わぬ反応を受けたヒカリが追い詰められ、さらに学校で孤立して行く際に抱いた心情がどのように描かれているか、ヒカリが挫折からの再生の道を歩むきっかけをどのようにつかんで行ったのかを正確に読み取って行きましょう。

【ここがポイント】

 本作品は、言葉にまつわる様々な悩みを抱える子どもたちが、不思議な「ことば医者」と出会うことで、それぞれの悩みに向き合い、それを克服して行く姿が描かれています。

 今回ご紹介した「言葉ゼツボウ病」では、自分が発したラインメッセージが原因でクラスの中で孤立してしまうヒカリの様子が描かれていますが、自分のメッセージが思わぬ受け止められ方をしてしまうことを知ったヒカリが焦り、困惑する姿、その後、学校でさらなる孤立を味わう姿がリアリティに満ちた表現でつづられています。

 こうした登場人物が追い込まれて行く様子は読んでいてつらさを感じることもありますが、文章中の表現から、厳しい状況にある人物の姿を的確に読み取る力は、中学受験物語文読解では多く問われるところですので、心情表現の読み取り方をしっかりと養っておく必要があります。

 ここではヒカリが追い詰められて行く様子、そして再生のきっかけをつかむ様子を描いた表現に注目してみましょう。

 クラスで委員長を務めるヒカリは「六年生を送る会」を成功させたいという想いの強さから、クラスの意見をまとめられない状況に焦りを感じていました。

 ある日、クラスメイトで親友のハルカに誘われるままに、クラスメイト数人で構成されるライングループに参加をします。そこで目にした、あるメッセージに強く反応したハルカでしたが、自らが返したメッセージが思いも寄らない反応を呼び、それがきっかけでクラスメイトたちが一斉にハルカへ向けて非難のメッセージを浴びせかけてしまう事態になってしまいます。

 自分が発したメッセージの真意を伝えられぬまま、誤解を解くことができないままにいたハルカが、決定的な言葉を目にして強く動揺する様子が以下のように表されます。

せきとめられていた水が、一気に流れだすように、つぎつぎと流れてくるメッセージ。その中に、次の言葉を見つけたとき、つめたい手に触れられたように、ヒカリの心は、びくっと震えた。
―ヒカリはなんか新しいことして みんなにすげ―って思われたいんだよ
すぐに画面を流れていってしまったけれど、その言葉は、ヒカリの心にとどまり続けた。(P.139の1行目から5行目)

 ヒカリ自身も自覚するところがあっただけに、その言葉に深く心をえぐられたヒカリはラインの画面を見続けることができなくなります。

 翌日、学校でハルカから、ライングループでのやりとりの一部始終が、グループに参加していないクラスメイトにも知られてしまった事実を知って衝撃を受けるヒカリの様子が以下のようにつづられています。

感情があふれすぎると、かえって言葉や表情が出てこないことを、ヒカリははじめて知った。(P.145の14行目からP.146の1行目)

 さらにヒカリは、親友のハルカを含め、他者から言葉をかけられることにすら恐怖感を抱いてしまいます。その様子が以下です。

正直、ハルカにもだれにも、話しかけてほしくないと思えてしまった。たとえ他愛のない話でも、もし聞かれたら、その言葉も悪い意味に変換して広められかねない。(P.147の10行目から11行目)

 すっかり疑心暗鬼になってしまったヒカリは結局、教室での周りからの視線に耐えることができなくなり、学校に通えなくなってしまいます。

 家の中でも心配する両親と話すことができず、言葉への恐怖心を募らせてしまうヒカリは、飼っているインコにしか話しかけることができなくなってしまうのでした。

 言葉への恐れを強めるばかりのヒカリの状態が、音の受け止め方の変化というかたちで以下のように表されています。

意味や内容を持たない自然な音に包まれている時間が、心地よかった。
音といえば、いままでなじまなかったクラシックやジャズも聴くようになった。音量を大きめにして、イヤホンを耳にはめ、流れこんでくる音楽とかすかな振動に身をまかせる。
逆に、歌詞のついている曲が、聴けなくなった。「ひとりじゃないよ」「あなたらしさを守って」と、やさしく語りかけてきても、どこかうそくさく聞こえてしまう。(P.158の8行目から13行目)

 歌詞のある音楽を聴くことができなくなる程に、言葉への強い恐怖心を抱くようになったヒカリの様子が如実に表された場面です。

 言葉が原因となって深い闇の中に陥ってしまったヒカリですが、そのヒカリが再生のきっかけを得たのもまた言葉の力によるものでした。

 飼っているインコがゲージの中に入れてしまった、尊敬する6年生の先輩からの手紙を目にした時、以下のように、ヒカリの心の中に光明がさしてきます。

それは、久しぶりにふれた、だれかの言葉だった。短い、だけど、明るくてやさしい言葉。長いあいだ雨の降らなかった地面に、ぽつぽつと落ちてきた雨つぶのように、その言葉はヒカリの心にたちまちしみこんだ。(P.163の10行目から12行目)

 そして、ヒカリを訪ねてきたクラスメイトであり、幼なじみであるリュウトと過ごす時間を通して、ヒカリは他者と会うことへの恐怖心を軽減させることができたのです。リュウトとの会話に、ヒカリは以下のような想いを抱きます。

他愛のない、会話。でも、ずっとこわばっていた心が、少しやわらいできた。
(中略)
ふしぎだった。リュウトは、とくべつにやさしい言葉を使っているわけじゃない。だけど、ヒカリの心に、ちゃんと届いている。(P.173の4行目から8行目)

 傷ついた人物を救うのが、特別な言葉や、励ましの言葉ではなく、他愛のない会話であるという状況は、中学受験物語文では多く取り上げられるシチュエーションです。ここでのヒカリの想い、言葉を注意深く受け止めるようにしましょう。

 先輩からの手紙とリュウトと過ごす時間を経て、ヒカリは学校に行く意志を持つようになります。そして学校での「ある人物」との会話を通して、ヒカリは再生へと向かう新たな一歩を踏み出すのですが、その人物との会話の後にヒカリは以下のような想いを抱きます。

傷つけあうために、言葉が作られたわけじゃない。言葉は、人と人をつなぐために、作られたはずだ。(P.184の4行目から5行目)

 言葉によって深く傷つき、そして言葉によって救われたヒカリの様子を読み通してきたからこそ、この言葉の持つ意味が、より深く読み手の心に浸透してきます。

 本短編でのヒカリのような、言葉によって深く心に傷を負い、そしてそこから言葉の力をもって再生へと進む人物の姿は、中学受験物語文では多く出題対象となります。様々な経験を積んでこられた親御様であれば、実感をもって受け取ることができるものですが、小学生にとっては体感で理解することが難しい内容となる可能性が高くあります。

 本短編は読みやすい文体で、人物の心の痛みにまつわる表現が、丁寧に描き込まれています。こうした文章を読み通すことで、貴重な疑似体験の場を得ることができ、その体験が物語文読解力の向上につながります。心情理解の秀逸な教材として、5年生はもちろん、読書好きな4年生にもぜひ読んで頂きたい短編です。

 今回ご紹介しました第4章と第5章には、ある仕掛けが施されています。第4章の冒頭と、第5章の終わりを読むことで、ヒカリが飼っていたインコと、第1章から第3章までに登場した「ことば医者」との関係が明らかになるのです。その関係を読み取ったとき、本作品を読み終えた後の感慨がより深いものとなります。できましたら本作品の第1章から読んで頂きたいですが、時間がない場合には、第4章・第5章から読んで、また時間ができた時に最初から読み直すかたちでもよいでしょう。読み直すことで新たな発見を得る、という読書の楽しみを存分に味わうことができます。

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