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日本最古のそろばんは、豊臣秀吉から軍師・黒田官兵衛の側近への褒美であったことがわかりました!
大阪の老舗そろばん会社で長きにわたって保存されていたそろばんがあります。そのそろばんを収めた木箱に記された文字が、黒田官兵衛の側近である「黒田二十四騎」の一人、久野重勝のことを示しているのではないか、と推察されていました。
黒田二十四騎展を開催していた福岡市博物館にそろばん会社の社長が問い合わせたところ、黒田家や久野家に関する古文書から、秀吉が九州を平定(1587年)した後か、朝鮮半島に出兵する文禄の役(1592年)の直前に、築城や区画整理で貢献した重勝に、秀吉が褒美としてそろばんを与えた、との記録があることがわかり、その特徴が大阪のそろばん会社で保管されていたものと一致したそうです。
褒美とされたそろばんは、縦13.5センチ、横37.5センチで、「5」を表す五珠(だま)が上に二つ、「1」を表す一珠が五つある中国式で、紫檀(したん)製の枠の四隅は銀の金具で装飾されている、といった豪華なもので、保存状態も良好だそうです。
秀吉からの褒美がそろばんであったことも興味深いですが、現在放映中のNHK大河ドラマ『軍師官兵衛』が好評を博していることと相まって、黒田官兵衛への注目度はいやがうえにも高まります。天下を統一した豊臣秀吉を軍師として支えたという立ち位置からして大いに魅力的で、ぜひとも官兵衛を掘り下げてみたいところですが、歴史のメインキャストを出題対象とすることが多い中学受験では、名参謀といった物語性の強いキャラクターでもサブキャストであれば、問題で扱われる可能性は高くないと思われます。
そこでここでは、そろばんを褒美として与えた側の豊臣秀吉に関する基礎情報を整理することにします。秀吉と聞いたら、以下の内容については詳細まで瞬時に頭に浮かぶようにしておきましょう。
1582年 | 本能寺の変の後、明智光秀を山崎の合戦で討つ。太閤検地を始める。 |
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1583年 | 大阪城築城を開始する。 |
1586年 | 太政大臣となり豊臣の姓をたまわる。 |
1587年 | バテレン追放令を出す。 |
1588年 | 刀狩令を出す。大阪城がほぼ完成する。 |
1592年 | 朝鮮へ出兵を始める(文禄の役・慶長の役)。 |
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