【日能研サポート】6/27実力判定テスト4年算数予想問題公開中!

2026年5月29日前後の日経平均株価の推移 画像引用元:Google Finance
5月29日の東京株式市場で日経平均株価は反発し、終値は前日比1636円38銭(2.53%)高の6万6329円50銭、同月25日以来4日ぶりに最高値を更新しました。アメリカとイランの戦闘終結への期待感から、東京市場でも人工知能(AI)・半導体関連銘柄に買いが集まりました。
日経平均の上げ幅は一時1800円を超え、取引時間中の最高値となる6万6505円02銭を付けました。東証株価指数(TOPIX)も25日以来4日ぶりに最高値を更新し、終値は55.16ポイント(1.41%)高の3957.17でした。
【追加情報】
6月19日の東京株式市場で日経平均株価は一時800円以上上昇し、7万1900円台をつけて取引時間中の史上最高値を更新しました。
株について説明した次の文章の空欄アには適当な4字の漢字を答え、空欄イ、ウでは、正しい語句を選びなさい。
「株券を発行して多くの人から集めた資金をもとに経営を行う会社を( ア )という。その会社の業績が良くなると予想する人が増えると、株を買いたい人が(イ:少なく/多く)なり、株価は(ウ:下降/上昇)する。」
ア:株式会社、イ:多く、ウ:上昇
株式会社とは、株券を発行して出資者(株主)から資金を集め、その資金を元手に事業を行う会社形態のことです。株式会社は、日本国内において社会的信用度が高い法人格であり、資金調達のしやすさや採用面での優位性など大きなメリットがあります。
一方で、設立コストや事務手続きの面では、合同会社などの他の形態よりも負担が大きい側面もあります。それでも合同会社ではなく株式会社が選ばれる理由は、費用や決算公告の手間はかかるものの、将来的な上場やM&A、大規模な資金調達を目指すなら株式会社が適しているからです。
今回の株価最高値更新の背景には、物価の上昇(インフレ)や、日本銀行によるこれまでの金融政策が影響しています。景気や日本銀行の政策について説明した次の文の空欄にあてはまる言葉の組み合わせとして正しいものを選びなさい。
「一般に、景気が(ア:良くなると/悪くなると)、ものがよく売れるため、物価は(イ:上がる/下がる )。日本銀行は、景気が悪いときには世の中に出回るお金の量を(ウ:増やす/減らす)政策をとる。」
ア:良くなると、イ:上がる、ウ:増やす

日本銀行本店 画像引用元:ウィキペディア
景気が「良くなる」と、消費者の給料が上がり、買い物をする心の余裕が生まれます。世の中で購買意欲を高く持つ人が増えると、ものの価値が高くなって、物価は「上がる(インフレ傾向になる)」のが一般的な経済のルールです。
景気が悪いときには、世の中はお金が回らなくなってしまいます。そこで日本銀行は、銀行の金利(利子)を低くするなどの方法で、企業や個人がお金を借りやすくします。そうして世の中に出回るお金の量を「増やす」ことで、消費を促すのです。逆に、景気が良すぎてものの値段が上がりすぎたときは、世の中のお金を「減らす(引き締める)」政策をとります。
今回、日経平均株価はこれまでの最高値を大きく更新しました。これ以前に株価が最高値を記録していたのは1989年(平成元年)末の『バブル経済』と呼ばれる時期でした。このバブル経済の時期に起きた出来事として正しいものを記号で選びなさい。
A.第一次石油危機(オイルショック)が起き、トイレットペーパーの買い占めが起きた。
B.地価(土地の値段)や株価が異常に値上がりした。
C.日本経済が急成長し、世界第2位のGDP(国民総生産)になった。
D.世界的な不況(世界恐慌)の影響を受け、日本でも昭和恐慌が起きた。
B

日経平均株価と地価公示価格の推移 画像引用元:東京大学政策評価研究教育センター
バブル経済とは、土地や株の値段が「みんなが買えばもっと上がる」という期待だけによって、実際の価値以上に異常な高騰を続ける状態のことです。日本のバブル経済は、1980年代後半から1990年代初頭にかけて発生しました。当時は土地の値段は絶対に下がらない、という「土地神話」が蔓延し、株価も過去最高値を記録したのです。
選択肢Aは1973年の高度経済成長期末期の状況を、選択肢Cは高度経済成長期の状況をそれぞれ指します。選択肢Dの世界恐慌は、1929年のアメリカ・ニューヨークでの株価大暴落をきっかけに世界中に広がった経済危機を指します。

こどもの数及び割合の推移 画像引用元:総務省統計局HP
※棒グラフが数、折れ線グラフが割合です。
総務省は5月5日の「こどもの日」に合わせ、今年4月1日現在のこどもの数(15歳未満)の推計を公表しました。それによると、こどもの数は前年に比べて35万人少ない1329万人に落ち込む結果となりました。1982年から45年連続の減少で、過去最少を更新しています。また、総人口に占めるこどもの割合は、前年比0.3ポイント低下の10.8%となりました。割合の低下は1975年から52年連続で、こちらも過去最低の水準に沈みました。
2025年の日本の推定合計特殊出生率は、次のどれですか。記号で答えなさい。
A.1.50
B.1.29
C.1.14
D.0.80
C

出生数及び合計特殊出生率の推移 画像引用元:厚生労働省HP
※棒グラフが出生数、折れ線グラフが合計特殊出生率です。
「合計特殊出生率」とは、「15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの(厚生労働省HPより)」を指します。2025年の日本の合計特殊出生率1は1.14で、前年の1.15より低下しています。都道府県別にみると、沖縄県(1.52)、宮崎県(1.46)、福井県(1.45)が高く、東京都(0.96)、北海道・宮城県(1.00)が低くなっています。
世界的に見ると、アジアの韓国(0.80)、シンガポール(0.87)が1を割り込んでいます。G7の国ではアメリカ(1.66、2022年)イギリス(1.43、2023年)などとなっています。
戦後、日本の出生数の年次推移において、「1961年」が前後の年と比べると極端に低くなっています。その原因は( )の年にあたるためと考えられています。( )内に入る言葉をひらがな5文字で答えなさい。
解答:
ひのえうま
ひのえうま(丙午)とは、十干の「丙(ひのえ)」と十二支の「午(うま)」が組み合わさった干支で、60年に一度巡る年やその生まれの人を指します。日本では「丙午生まれの女性は気性が激しい」などの迷信から1966年に出生数(約25%)が大きく落ちたことでも知られます。今年2026年は、その「丙午(ひのえうま)」の年です。なお、丙午は科学的根拠の全くないものです。
1989年に国連総会で採択された子どもに関する条約の名称で、以下の空欄に入る2字の漢字を答えなさい。
「子どもの( )条約」
権利

子どもの権利条約 各条文のアイコン 画像引用元:こども家庭庁HP
「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」は、世界中すべての子どもたちが持つ人権(権利)を定めた条約で、1989年11月20日、国連総会において採択されました。この条約を守ることを約束している「締約国・地域」の数は196にも及び、世界で最も広く受け入れられている人権条約です。
子どもの権利条約は、子ども(18歳未満の人)が守られる対象であるだけでなく、権利をもつ主体であることを明確にしました。選択肢Bの1979年は「女子差別撤廃条約」が採択された年です。

水俣市の位置 Googleマップより
四大公害病の中でも、「公害の原点」といわれる「水俣病」が公式確認されてから2026年5月1日で70年になります。「水俣病」とは熊本県水俣市の新日本窒素肥料(後のチッソ)の工場排水に含まれたメチル水銀が原因で、汚染された魚介類を食べた住民らに中毒性の神経系疾患が生じました。妊娠中の母親が摂取したことにより被害を受けた胎児性患者もいました。原因企業チッソに加え、国や自治体の責任が問われ、今なお救済を求める声がやみません。
新潟県で発生した「第二水俣病(新潟水俣病)」で主に汚染された河川は次の何川ですか。
A.阿賀野川
B.信濃川
C.神通川
D.渡良瀬川
A

阿賀野川の位置 Googleマップより
「第二水俣病(新潟水俣病)」は1964年頃から起きた、熊本と同じメチル水銀による公害病です。阿賀野川(あがのがわ)に流れこんだメチル水銀は、プランクトン、プランクトンから水生昆虫、それをエサにする魚へと取り込まれました(食物連鎖)。そして、その魚を長い間たくさん食べた人達が水俣病になってしまうという事態を招きました。
水俣病などの公害問題をきっかけに、日本の環境対策の法律や省庁が整備されていきました。次のA~Dを、おこった年代の古い順に並び替えなさい。
A.環境庁(現在の環境省)が設置された。
B.公害対策の基本となる「公害対策基本法」が制定された。
C.「環境基本法」が制定され、地球環境問題などにも対応するようになった。
D.水俣病が公式に確認された。
D → B → A → C
まず、1956年に熊本県で「水俣病」が公式に確認されました(選択肢D)。その後、第二水俣病(新潟水俣病)、四日市ぜんそく、イタイイタイ病といった「四大公害病」が次々と社会問題になりました。
国が深刻な事態を受け止めて、公害対策の土台となる「公害対策基本法」が制定したのが、1967年のことでした(選択肢B)。
法律を作ったものの、当時は複数の省庁に対策がバラバラに任されていて、うまく機能していませんでした。そこで、「公害対策を一箇所にまとめて専門に行う役所」として、1971年に「環境庁」(現在の環境省)が設置されました(選択肢A)。
時代が平成に入ると、日本国内の工場公害は少しずつ改善されていきましたが、代わりに「地球温暖化」や「ゴミ問題(リサイクル)」といった、地球規模の新しい環境問題が出てきました。そこで、古い「公害対策基本法」を廃止し、より広い視点で環境を守る「環境基本法」が1993年に制定されました(選択肢C)。
明治時代、「足尾銅山の鉱毒被害」を懸命に訴えた政治家は次のうち誰ですか。記号で答えなさい。
A.大隈重信
B.尾崎行雄
C.田中正造
D.吉野作造
C

田中正造 画像引用元:ウィキペディア
田中正造(たなかしょうぞう)は、当時発生していた足尾鉱毒問題の解決に尽力した国会議員です。被害状況を調査した田中正造は、あまりの被害の深刻さを目の当たりにして、この問題解決に一生を捧げようと決心しました。そして、翌年の国会で、「政府は、すぐに銅の生産をやめるように命令すべきである。」と演説しました。これは、我が国の公害問題を取り上げた最初の出来事でした。
しかし、政府は、富国強兵策など国の事情もあり、被害の原因が鉱毒によるものか分からないとして問題にしませんでした。その後も田中正造は何度も国会で訴えましたが、鉱毒問題は一向に解決しませんでした。そのため、命がけで明治天皇に直訴までしたのでした。
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