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2020年度入試で開成中、海城中、サレジオ学院中などの難関校をはじめ多くの学校で出題されたことで大きな話題となった『君たちは今が世界(すべて)』(角川文庫)の著者、朝比奈あすか氏の最新作が発刊となりました。この新たな作品も、来年度入試で多くの学校での出題が予想される注目必至の一冊です。
『君たちは今が世界(すべて)』が崩壊寸前の小学6年生のクラスを舞台にしているのに対し、本作は児童養護施設で生活をする女子高校生の心の葛藤を描いており、中学受験生のお子様方にとっては等身大の物語ではありませんが、『君たちは今が世界(すべて)』の至るところに散りばめられ、入試問題でも出題対象となった、残酷なまでに生々しく、読み手の心に迫る心情描写は、本作品でも数多くの場面で見受けられます。
自分とは異なる境遇にいる人物の心情にまで考えを及ばせ、文章中の表現からその真意を読み取る力こそ、中学受験国語において求められるものであり、本作品はその意味で中学受験の王道を往く作品であると言えます。
≪主な登場人物≫
岡部ななみ(おかべななみ・児童養護施設で生活をする女子高校生)
玲奈(れな・ななみと同じ施設の中学二年生女子)
唯真(ゆいま・玲奈と同じく、ななみと同じ施設の中学二年生男子)
川上さん(かわかみさん・施設長)
光芽さん(みつめさん・施設の職員)
≪あらすじ≫
高校生のななみは「寮」と呼ばれる児童養護施設で暮らしています。高校ではダンス部に所属し、放課後は学費を稼ぐためのアルバイト、施設では年下の子ども達に勉強を教えながら自らも大学進学に向けた勉強に励むといった、忙しくも濃密な時間を送っているななみですが、施設の子ども達や職員たちとの人間関係、初恋の相手との心の距離感などで悩みを抱えています。特に高校の友人達には保護者を亡くして施設で暮らしていることを内緒にしており、そのことがななみの心の負担となっています。
人間関係に悩みながら自ら進むべき道を見つけ出そうとする高校生の姿が描かれたこの物語の中で、中学受験的にはどこに注目すべきか、以下に記して行きます。
本作品の全体を通してのテーマは、「心の成長」と言えますが、中学受験的な見地では「心情の真意を読み取ること」がテーマとなります。後述しますが、2020年度の開成中でも、このテーマに沿った出題がありました。
本作品では主人公のななみをはじめ、様々な境遇に置かれた人物達が言葉を交わす場面で、本心とは裏腹な言葉や表情を見せることが多くあります。時に相手の状況を思いやり、また時には自分が傷つかないために、心の内にある想いとは異なる発言や表情を表すのです。こうした心情描写に対し、表面的な理解にとどまらないためにも、人物の置かれた状況、背景などについての描写を見逃さないことを意識した文章の読み方が求められます。
同じ施設で暮らす玲奈が、通っている塾の生徒から『税金泥棒』という言葉を発せられたことを聞いたななみは、玲奈の元を訪れ、事情を聞き出そうとしますが、他人から自分を傷つけるような行動をされると、その事実に向き合おうとしない玲奈に話をかわされてしまいます。後日、玲奈と、普段からななみが勉強を教えている唯真、施設長を務める川上さんと顔を合した際に、改めてななみは玲奈が塾で体験した事態について話を持ちかけるのでした。
P.181の14行目から15行目「脈略もなく、そんな自慢をした。」とありますが、玲奈がこうした行動をとった理由を説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.塾で『税金泥棒』と言われたことに対して、ななみがしつこく問い詰めてくることが面倒に感じられ、話を打ち切りたかったから。
イ.塾で『税金泥棒』と言われ、寮の大人達にも真剣に取り合ってもらえなかった悔しさ、怒りに向き合わないようしたかったから。
ウ.表面的には怒りを表しているななみも、結局は自分を傷つけるのではないかと感じ、話を変えたかったから。
エ.自分が言われたのではいのに怒りを抑えられないでいるななみに冷静になって欲しいため、強引でも話を変えようと思ったから。
ここでの玲奈のように、本心とは異なる言動をとる人物の心情を答えさせる問題は難関校では頻出で、2020年度の『君たちは今が世界(すべて)』を出典とした開成中の最終問題も、自分のプライドを保ち、逆に相手のプライドを傷つけるために優しい行動に出る人物の心情を記述で説明させる問題でした。
こうした本心と裏腹な行動をとる人物の心情を答えるにあたっては、文書中にヒントを探し出し、それらを総合して人物の個性を把握する必要があります。このプロセスを踏まえずに推測で答えを出そうとすると、正解から遠ざかった答えに帰着してしまう可能性が高くなってしまいます。
玲奈の個性を把握するうえで重要なヒントとなるのが、P.179の4、5行目にある以下の部分です。
この玲奈のような、傷つきたくないからこそ、自分が受けた処遇にあえて向き合わないという行動は大人であれば経験を持って理解できるところですが、小学生のお子様方にとってはなかなか実感を持って感じ取れないものです。だからこそ、文章をよく読み、人物の個性についての説明があった箇所には線引き、マークをするなどして着目しておく必要があるのです。
この部分から、選択肢の中でイが適切であると判断できます。アとエは真っ先に消去できるとして、ウについては、玲奈が傷つけられることに敏感であるとの解釈から当てはまるのではないかと考えられそうですが、ここでの玲奈の悔しさや怒りは、ななみではなく大人に対して発せられていることは以下の箇所からも読み取れます。
これらの玲奈の表情はどちらも、ななみに問い詰められて、大人達は自分に対してとった行動を思い起こした際のものです。ここから玲奈の大人達への怒り、不信感が理解できるため、ななみへの不信感に触れたウが不適切と判断できるのです。
選択肢を最後まで正確に絞り込むためにも、文章中の表現には十分に注意を払うようにしましょう。
イ
抜き出し問題を解く際には、正解に当たる部分が必ずしも問題該当部の近くにあるとは限らないことに気をつけなくてはなりません。特にこの問題のように人物のとった行動を説明する箇所は、離れた箇所に含まれることが多くあります。それは人物が自分のとった行動を後になって振り返るといった描写が多くあるためと言えます。
まず、ななみが「拳を作った」きっかけとなったのが祖母の言葉であることを踏まえます。
これらの言葉を受けてななみがとった行動は勉強に打ち込むことでした。ななみがこの一連の行動を振り返る場面が、P.221の12行目から17行目にあります。玲奈が塾で『税金泥棒』と言われたことについて、玲奈と唯真、川上さんと話すこの場面で、ななみは前に玲奈と話した夜について回想しています。その中に以下の表現を見つけることができます。
この部分の前後に、祖母の言葉に自分を奮い立たせたこと、そして期末テストの勉強に打ち込んだことが表されており、字数も句読点を含まずに25字ですので、こちらを解答とすることができます。
場所としては問題該当部から離れていますが、同じ人物(玲奈)と同じ話題(塾で心無い言葉を浴びせられたこと)について話していることから、この場面の近辺に注意を払う必要があると判断できます。
闇雲にポイントとなる箇所を探すのではなく、人物や会話内容が共通する部分などをヒントとする意識を持って文章を読み進めるようにしましょう。
この問題の箇所までの、ななみの心情の流れも整理しておきます。
玲奈がぶつけられた心無い言葉に憤りながらも、ななみは玲奈達と同じ世界からは抜け出すことを心に誓い勉強へと励みますが、やがてそうした自分の行動に疑問を抱くようになります。
以下の部分からもななみの迷いが読み取れます。
そんな迷いを抱えたななみのいら立ちは、次第に大人達へと向けられるようになります。玲奈が受けた言葉の暴力の状況を知っていながら静観していた施設長の川上さんや職員の光芽さんに対して、ななみが憤りを感じていることは、以下の部分からも読み取れます。
人物の心情の変化を答えさせる問題は中学入試では頻出ですので、行動や言葉から変化の流れを具体的につかむ意識は常に持っておくようにしましょう。
ちなみに、このななみの大人に対する憤り、反発は、今回問題とした箇所以外からも作品全体から感じられるものです。やむを得ない事情とはいえ、施設にいるからこそ感じる、友人達とは異なる不自由に対していら立ち、それが大人達へと向けられている様子が、作品全体のいくつもの箇所から読み取れるのです。
自分だけは絶対にこの世界から抜け出してやると思った(25字)
本作品を彩る様々な心情描写は中学受験生のお子様方にとって一筋縄ではいかないものが多いかと思われます。自分達が普段生活している中で体感することのできない心情、身の回りの人々との生活の中では見られない生活環境といったものにまで意識を届かせるには、読書を通しての疑似体験が貴重な時間となります。日々の勉強でなかなか読書に多くの時間を割くことは難しいかと思われますが、物語を読むうちに「なぜこの人物はこのような発言、行動をしたのか」といった疑問を抱くことができた際には、その理由を文章中で探って行くという過程を大事にしてみてください。それがほんのひとつの発言や行動でも構いません。その発言、行動をした人物の置かれた状況、生活の環境にまで目を行き届かせる体験ができれば、物語文読解の力を大きくアップさせるきっかけにつながります。
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