No.1744 海城、駒東、渋渋は要注意!『ギアをあげて、風を鳴らして』平石さなぎ

amazon『ギアをあげて、風を鳴らして』平石さなぎ(集英社) 

 第38回小説すばる新人賞受賞作(「ギアをあげた日」改題)である本作品は、新興宗教団体の教祖の生まれ変わりとして崇拝されている癒知(ゆち)と、父親の転勤のため転校をくり返すクミが出会い、心の距離を縮めながら、それぞれに置かれた厳しい境遇の中で葛藤し、幸せを追い求める姿を描いた物語です。

 小学4年生の癒知とクミが、大人たちが作り出す身勝手な不条理に闘いを挑んで行く様子が、そのまま映像として目の前に浮かんでくるような力強い筆致で描き込まれています。

 「友人関係」、「家族関係」という中学受験物語文の重要テーマが色濃く反映され、また、癒知とクミ彼女が、降りかかる様々な困難の中で互いへの理解を深める様子には、「他者理解を通して自己理解を深める」という黄金パターンを見ることができます。さらに、象徴的存在(一見関係がないと思われるが、実は登場人物の心情・人間関係などを象徴的に表しているもの)が効果的に扱われている本作品は、来年度入試で、男子校・女子校問わず、上位校から最難関校を中心とした出題が予想されます。

象徴的存在については、メルマガバックナンバー「中学受験国語の新定番「象徴的存在」とは何だ!?」をご参照ください。

【出題が予想される箇所】
P.40の11行目からP.53の17行目

 学校で取っ組み合いのケンカをした後に、癒知とクミの関係が変化して行く様子がメインに描かれた場面です。さらに、クミとその母親の触れ合う様子を見た癒知が、自らの母親との関係について振り返る姿も描かれています。

 癒知がクミのどのような言動に接して心の距離感を縮めるきっかけをつかんだのか、またクミと母親が触れ合う様子を見た癒知の心の奥底にある、自分の母親に対する感情がどのようなものであるのかを正確に読み取って行きましょう。

 「友人関係」と「家族関係」という重要テーマがどちらも丁寧に描き込まれた場面ですので、じっくりと読み進めてみてください。

【ここがポイント】

 本作品は、癒知とクミという育った環境も性格も対極的な2人の小学4年生女子が、大人が身勝手に作り出す歪んだ環境の中で、互いに支え合いながら生き抜く姿を描いた成長物語で、「友人関係の深化」、「家族関係の変化」といった中学受験物語文の重要テーマが圧倒的な迫力をもって描き込まれています。

 特に注目して頂きたいのが、癒知がクミと出会い、心の交流を経て次第に変化して行く過程です。新興宗教団体の幹部の母のもとに生まれ、教祖の生まれ変わりとされる「降(お)り子」として、自らの意思のないままに、崇拝の象徴として扱われてきた癒知は、食事をはじめとした生活すべてを団体の教戒のもとに管理されていました。

 そんな癒知の前に現れた転校生のクミは他の子どもたちとは異なり、癒知と取っ組み合いのケンカまでしてしまうほどに自分の気持ちをストレートにぶつけてくるのですが、そんなクミを癒知は特別な存在として意識するようになり、2人は心の距離を縮めて行きます。

 クミを通して「外の世界」を知って行く癒知にとって特に衝撃的であったのが、クミとその母親が自然に触れ合う様子でした。教戒のため、親子であっても降り子の癒知に触れることは断じて許されず、そのため、母親と一切触れ合うことなく癒知は育ってきました。クミが母親と触れ合う様子は、癒知にとって羨望ではなく、衝撃であり、自らの母親に対する考え方を変えて行くきっかけとなったのです。

 こうした癒知のクミとの「友人関係の深化」、そして母親との「家族関係の変化」が力強くストレートに描かれているのですが、その描写のインパクトをより強める効果を担っている2つの要素があります。

 1つは癒知とクミが公園の中で偶然に見つけた石垣の奥にある洞穴のような空間です。この「石の部屋」が2人にとって、時に他愛ない会話を交わす安息の地となり、時には避難場所にもなって行きます。

 そして重要なのが、この石の部屋に入るには大人では通れないような石垣の中の狭いすき間を通らねばならない点で、この場所が、大人には入ることのできない、そして癒知とクミもいずれは通れなくなってしまう、2人だけの「今だけの」秘密基地となっているのです。

 この大人が足を踏み入れることのできない部屋にいる間、2人は身勝手な大人たちの都合に振り回されることなく、子どもである今だからこそ共有できる煌めくような時間を過ごすことができたのです。

 そしてもう1つが本の表紙にも描かれている「自転車」です。癒知は降り子として体を傷つけることは許されず、これまで自転車にも乗ったことがありませんでした。公園でクミから自転車の乗り方を習った癒知は、これまでに味わったことがないような爽快感に身をゆだねます。

 癒知は自転車について以下のように想いを馳せています。

自転車が好きな理由を、癒知はようやくわかった気がした。自分の手でグリップを握り、自分の足でペダルを漕ぐ。そのぶんだけ正面から強い風が吹き、皮膚に噛みつきながら勢いよく流れていく。実感があった。癒知の身体は癒知のものだと、その風が絶えまなく教えてくれた。(P.141の14行目から16行目)

 クミと出会い、自転車を漕ぐことで、自分が大人の都合で作り上げられた象徴などではなく、確かに自らの力で生きることのできる存在であることを、癒知が深く実感していることが表されています。

 このように、「石の部屋」そして「自転車」が、他者理解を通じて自己理解を深めて行く癒知の変化を如実に現す象徴的存在となっていると読み取れるのです。

 物語の後半、精神的に破綻してしまったクミの母親が下したある決断がきっかけとなり、癒知とクミには大きな試練が訪れます。そこで2人は泣き、憤るものの、悲嘆に暮れることなく、手を取り合って行動を起こします。

 そこからラストへ向けての展開は、まさに怒涛で、ぜひ2人の勇姿を見届けて頂きたいのですが、ここで注目しておきたいのが、癒知が血を流す場面です。決して残酷な描写ではないのですが、大人たちの身勝手に真っ向から対抗する過程で、癒知は傷を負い、血を流すのですが、その血がたたえる鮮烈な美しさに触れたとき、読んでいて息をのむような感覚が訪れます。

 降り子として儀式に立つ際に着る装束の白と対照的な血の赤は、自転車と同じく癒知が自らの意思で行動していることの証しとなるものとして読み取ることができます。

 ラストシーンについて詳細をお伝えすることは避けますが、ここに至るまでの2人の姿を見届けてきたからこそ、その疾走感には深い感銘を抱くことができます。2人に合わせて思わず絶叫したくなるほどに胸をわしづかみされる名場面です。

 読み手の心奥深くまで突き刺さるような、人物たちの心情描写、圧倒的なストーリー展開を存分に味わいながら、「他者理解」という中学受験物語文の最重要テーマを学び取る機会を与えてくれる屈指の名作です。多くの受験生の皆さんが本作品を手に取られることを心から願っています。

 われわれ中学受験鉄人会のプロ家庭教師は、常に100%合格を胸に日々研鑽しております。ぜひ、大切なお子さんの合格の為にプロ家庭教師をご指名ください。

 

 

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