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本作品の著者・瀬尾まいこ氏の作品と言えば、品川女子学院中(2014年度)、淑徳与野中(2014年度)、専修大松戸中(2014年度)、昭和学院秀英中(2021年度)攻玉社中(2024年度)など数多くの学校で出題され、もはや定番作品となっている『あと少し、もう少し』、その続編で、海城中(2018年度)で出題された『君が夏を走らせる』、麻布中(2009年度)で出題された短編『ゴーストライター』など、多くの作品が上位難関校で出典となってきました。
そして2023年度では『夏の体温』が、鷗友学園女子、開智中、暁星中、専修大松戸中、明大中野中などで出題され、この年度に最も多くの学校で出題された作品となりました。
まさに中学受験物語文の最重要作家のひとりと言える瀬尾まいこ氏が描いた、母と娘の物語が本作品『ありか』です。5歳の娘ひかりと二人暮らしを送る主人公の美空が、子育ての難しさに直面し、母親からの圧力に縛られながら、周りの人々に支えられて自分を見つめ直して行く内容で、家族の物語でありながら、美空の成長物語という一面も持ち合わせています。
「家族関係」という重要テーマを軸に、近年の中学受験で最頻出の「他者理解を通して自己理解を深める」というテーマが含まれ、瀬尾まいこ氏ならではの人物の心の揺れ動き、主人公、その脇を固める人物の個性それぞれが鮮明に伝わってくる筆致で描かれた本作品は、来年度入試において、女子校・共学校の上位校から最難関校を中心とした出題が予想されます。
≪主な登場人物≫
飯塚美空(いいづかみそら:26歳女性。結婚して2年で離婚し、現在は5歳になる娘のひかりと二人で暮らしている。化粧品を扱う工場でパート勤務をしている。)
飯塚颯斗(いいづかはやと:美空の離婚した元夫の弟。不動産会社で営業の仕事をしている。美空とひかりの生活を常に気にかけ、毎週水曜日にはひかりの保育園の迎え、夕食の準備をしてくれている。同性の恋人と同棲している。)
三池里美(みいけさとみ:ひかりの保育園での友だちの母親。保育園ではサングラスをかけ、派手な格好をしているため美空が距離を置いていたが、ある出来事がきっかけで里美の家に美空とひかりが訪問してから、美空と打ち解け合うようになる。)
≪あらすじ≫
美空は結婚して2年で離婚してから、娘のひかりと二人で暮らしています。工場のパート勤務で生計を立てる日々の中で、母親として時に自信を失うことがありながらも、元夫の弟である颯斗や、保育園のひかりの友人の母親である三池に助けられながら、ひかりと過ごす時間に幸せを感じています。
そんな美空の心を悩ませているのが実の母親との関係です。現在の美空と同じく夫と別れ、一人で美空を育ててきた母親ですが、事あるごとに日々の不満や愚痴を美空にぶつけ、美空の生活に厳しく苦言を呈し続けており、母親と会わなければならなくなると、美空は強い緊張にさいなまれていました。ある時、母親は自分の生活を楽にしたいとの理由で、美空に高額な金銭を毎月送るように命じたのです。
※テーマについては、メルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。s
本作品の中学受験的テーマは「家族関係」です。このテーマで見られるパターンは、家族への反発、新たに家族になった人物とのわだかまりが解消される過程で家族の想いを理解するといった、子どもの目線で物語が進行するかたちが多くありますが、本作品では夫と離婚し、娘のひかりを一人で育てる主人公の美空の、子育ての難しさに直面する母親としての姿と、厳しい言葉ばかりをぶつけてくる母親との関係に苦しむ娘としての姿の両方が描かれています。
美空が様々な障壁に直面し、そこで元夫の弟である颯斗と、ひかりの友だちの母親である三池に支えられながら自己を見つめ直し、母親として、また娘として成長して行く過程には、近年最頻出の「他者理解を通して自己理解を深める」という重要テーマをも見ることができます。
母親として成長する人物の心情を中学受験生が読み取るのは難しいと思われるかもしれませんが、例えば2025年度入試でラ・サール中、立教池袋中、城北中、愛光中、本郷中など多くの難関校で出題された『アルプス席の母』(早見和真)もまた、野球に打ち込む息子を支える母親が成長する過程が描かれており、その他にも開成中(2018年度)で出題された青山美智子氏の短編「きまじめな卵焼き」(『木曜日にはココアを』所収)、早稲田実業(2020年度)で出題された『人間タワー』(朝比奈あすか)など、中学受験生にとって最も身近な大人である母親や父親を主人公とした作品が出題されることは珍しくありません。
そして何より、本作品の著者・瀬尾まいこ氏の文章は、読みやすい文体でありながら、人物たちの細やかな心の揺れ動きを刻銘に映し出す描写に特徴があり、そうした表現を読み込むことで、等身大ではない人物の心情理解を進められるようになります。
主人公の美空がどのような悩みや心の痛みを抱え、颯斗や三池といった人物たちのどのような言動を受けて、心の成長を果たして行くのかを、じっくりと読み解いて行きましょう。
母親から金銭的な補助を命じられた美空に対し、前半は颯斗が、後半は三池がそれぞれ母親の呪縛から自らを解放させるように美空に語りかける場面です。
颯斗、三池との会話を通して美空がどのように心情を変化させて行ったのかを正確に読み取って行きましょう。
今回出題が予想される箇所とした2つの部分のうち、前半部は颯斗と、後半部は三池と美空が会話する様子が描かれていますが、颯斗と三池という立場も美空との関係も異なりながらも、美空と娘のひかりを支え励ましてくれる存在である二人が美空に投げかける言葉には、意味合いが共通する表現がいくつか含まれています。
まずは問題の対象とした、「いや、もともと私は誰かに話したかったんだ。」という部分ですが、ここには美空の、母親に金銭的な補助を命じられたことによって抱えてしまった悩み、胸の内を誰かに打ち明けたい、という想いが込められています。
美空が颯斗に対して同じような想いを抱いた部分を探ってみると、颯斗に内職の理由を問い詰められた場面に以下の一文を見つけることができます。
よって、問題の答えとしては「いや、自分」とすぐに求めることができますが、ここでは他の共通部分も確かめながら、この対の表現の効果について考えてみましょう。
美空が内職する理由が、母親に渡す金銭を少しでも稼ぐためと知った颯斗と三池は、それぞれ以下のような反応を示します(前者が颯斗、後者が三池です)。
さらに、美空の母親の態度を非難する以下の言葉もよく似ています。
お互いのことを知らず、話したこともない颯斗と三池が、示し合わせたように「ばばあ」という言葉を使っています。乱暴な言葉ではありますが、その根底に美空に内職を辞めさせようという優しさが込められている点が見て取れます。
そんな二人に対して、美空が母親をかばうように返す言葉もまたよく似ています(前者が颯斗に対して、後者が三池に対して、美空が返した言葉です)。
こうした反応を示す美空の様子を、三池が以下のような端的な一言で表現します。
美空が母親から精神的な束縛を受けてたという点を的確に表す重要な言葉ですので、見逃さないように注意しましょう。
そして、颯斗と三池は、以下のようなほぼ同じ言葉を美空に投げかけ、美空にとって何より大事な存在が娘のひかりであることを、美空に再認識させます。
美空の元夫の弟で、ひかりが産まれてから現在に至るまで、美空とひかりのことを見守り、支え続けてきた颯斗、同じ母親として、そして分かり合えない母親を持つ娘として同じ立場にいる三池。二人の発する言葉に共通点を多く持たせることは、美空が精神的に母親に縛られている現状を明確に表すことはもちろん、美空がひかりの母親としての自覚を新たにするきっかけを得るために、近くで支えてくれる他者の存在がいかに大きいかということを強調する効果があると、考えられます。
いや、自分
日常のありふれた風景など、一見無関係に見える事物に人物の心情を暗示させるという表現技法「象徴的存在」についての問題です。
ここでの「オレンジ色の濃い西日」のような「夕陽」は人物の心情を象徴する存在として使われることが多く、時に寂しさを、また時に明日への希望や穏やかな心持ちといったプラスの感情を表すケースが見られます。
この場面では、直前に以下の表現がありますので、美空のプラスの心情が込められていると読み取れます。
そのプラスの心情の詳細を探るために、この場面に至るまでの流れを、特に三池と美空の関係を意識しながら確認してみましょう。
問題該当部にある「約束の三時」ですが、三池が美空の家に息子を連れて遊びに行くことを打診した際の以下のやりとりの中に含まれています。
さり気なく、相手に負担をかけない提案をしてくれる三池に、美空が安心感を抱いている様子がうかがえます。
その後、子ども達を遊ばせ、美空と三池は二人で内職のティッシュへの広告入れを一緒に進めながら会話を交わしますが、美空が三池の明るさに居心地の良さを感じている様子が、以下のように表されています。
そして、会話を進める中で、三池も自分の母親に不満を抱いていること、そして母親になって子どもを育てることの難しさに直面していることについて、美空が三池と共感を得ている様子が以下のように表されています。
三池から家に来てもよいかとの連絡を受けた際、美空は以下のような想いを抱いていました。
同じく子どもを持つ母として抱える悩みを抱え三池と話をしたがっていた美空は、娘として母親と接することの難しさも三池と共有することができたのです。
そして、三池は何気なく美空に以下のように問いかけます。
この問いを受けて美空は自分の子ども時代を振り返り、泣いて怒られたことや、友達と遊びに行けなかったこと、そして高校時代に静かに生きるべきであると悟ったことなど、つらく厳しかった日々を思い出し、以下のような想いを抱きます。
美空が自分のつらかった過去を振り返ることがこれまでなかったことが、以下の部分からわかります。
娘のひかりとの日々を慌ただしく送る中では、美空が自分の過去に向き合う時間も心の余裕もなかったと考えられます。そこに、心を許すことができる三池という存在がいて、三池が意図的に誘導したとは考えられませんが、三池との会話を通すことで、初めて自らの過去に美空が向き合うことができたのだと考えることができます。
つらく厳しかった過去の日々に向き合う美空を救ったのもまた三池の言葉でした。
三池に促されて送った視線の先には、楽しそうに三池の息子・そらと遊ぶひかりの姿がありました。無邪気な二人の姿に、美空と三池は顔を見合わせて笑い、そして涙を流します。ともに笑い合い、ともに涙する二人の心が結びついている様子がここに見られます。
その後に続いて、この場面での美空の心情を把握するうえで重要な一文が表されています。
過去に向き合ったからこそ、今そこにある幸せの価値を美空がかみしめていると読み取ることができます。
その後、自分の母親との接し方の難しさについて語る三池の言葉を受けて、美空が自らの母親と対峙する方法を考え直す様子が以下の部分に表されています。
以上のように流れを確認すると、美空が三池と過ごす時間の中で、過去の自分に向き合い、その時代の厳しさを振り返ることができたからこそ、現在のひかりとの生活の幸せを再認識でき、また母親との接し方に新たな考え方を得ることができたと考えることができます。
そして、そういった想いを共有できる三池という人物の存在の有難さを感じていると言えるでしょう。
部屋に差しこむオレンジの西日は、そうした美空の多幸感と喜びを象徴していると読み取ることができるのです。
つらい過去と向き合うことで、現在の娘との生活の幸せを感じ、子育てや母親との関係の中で抱く悩みを分かち合える三池の存在の有難さを感じることができた美空の喜びを暗示している。(85字)
本作品の大きな魅力のひとつが、個性が際立つ人物描写の数々で、特に主人公・美空を支える周辺の人物たちが持つそれぞれの魅力が物語を読み進めるに連れて強く伝わってきます。
今回ご紹介した部分においても、まるで親のような無償の愛をひかりに向ける颯斗、快活にして繊細さも持つ三池の魅力を存分に感じることができますが、その他にも、美空の職場の同僚である宮崎という人物が見せる優しさ、別れた元夫の母親の明るさと寛大さが文面から柔らかに伝わってきます。
こうした魅力的な人物の描写があるからこそ、その人物たちが発する言葉をスムーズに受け止めることができ、美空が彼らに支えられ、その言葉で自らに向き合う姿を通して「他者理解を通して自己理解を深める」というテーマの学習を深めることができるのです。
物語を読み進める上でも、美空の子育てが多くの人々の助けを受けて成り立っている状況を知ることで、子どもを育てることの難しさ、尊さが強く感じられ、それが「家族関係」というテーマ学習を深めるきっかけにつながります。
そして周辺の人物の優しさが際立てば際立つほど、美空の実の母親の言動の厳しさ、冷酷さが強調されますが、物語の終盤で美空と母親と対峙する場面まで読み通すことで、本作品が親子の物語であるだけでなく、美空の成長物語であることを再認識することができます。
魅力的な人物像、人を動かす力を持つ言葉の数々に触れることで、中学受験物語文の重要テーマを学習することができるこの美しい一冊を、ぜひとも多くの受験生の皆さんに読んで頂きたいです。
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