No.827 これは外せない!友人関係の深化バージョン。『天を掃け』黒川裕子(講談社)

amazon『天を掃け』黒川裕子(講談社)

 物語文の最頻出テーマ「友情」を攻略できる作品であり物語としても傑作です。魅力的なキャラクターたちが気持ちをぶつけ合いながら、心の距離を縮めていく様子が鮮やかに描かれています。今回も入試で特に出題が予想される場面を選び、そこで「友人関係の変化がどのように表現されているか」について徹底解剖していきます。

【物語の概要】

 主要人物は主人公の鏑木駿馬(かぶらぎしゅま)と、同級生の立山すばるの2人の中学2年生。駿馬は5歳から両親の仕事の都合でモンゴルでの日々を送り、中学校入学の時期に日本に戻ってきました。その俊足で陸上部でも脚光を浴びていましたが、アキレス腱断絶の大けがによる精神的なショックを受け、走ることができなくなってしまいます。
 一方のすばるは、両親の離婚後に父親と暮していましたが、父親を事故で亡くし、祖母の元で他人との接触を一切絶つかたちで部屋にこもる生活をしていました。尊敬する父親が発見した小惑星を見つけ出すことにしか関心のないすばると、すばるとの出会いがきっかけで天体観測に魅了されていく駿馬、この2人の関係の変化が描かれています。
 ここからは、P.243の8行目からP.256の1行目までの場面を題材として、「友人関係の変化」についてご説明していきます。

【ポイント1:自分の思い出を語る】

 P.248の7~8行目に、以下のような表現があります。

これだけいっしょにいるのに、モンゴルのことは話したことがなかった。

 2人の出会いは、すばるが同じ学校の生徒に脅されているところを駿馬が助けたことから始まります。そこから、すばるに興味を持ち、いわば土足ですばるの心に踏み込んでいく駿馬と、それを頑なに拒むすばるという関係が続いていました。唐突に出会い、ぎこちなく時間を過ごしてきた2人ですので、駿馬のモンゴルでの生活など話に上がる余地がなかったのです。相手の大事な思い出を知ることは、関係を深めるうえで極めて重要ですが、それまでのすばるはそこまで駿馬という人物に興味関心がなかった、むしろ知りたくもないという姿勢でした。それがこの場面でモンゴル時代の駿馬の話に耳を傾けている。些細なことのように見えますが、友人関係の大きな深化が表されていることを把握しておきましょう。人物についての大事な基本情報が、今さらのタイミングで相手に伝わるというパターンは、このような友人関係の深化をテーマとした物語文では頻出です。

【ポイント2:相手を思いやる言葉を交わし合う】

 他人との接触を極端に拒むすばると、常にストレートに他人と接する駿馬という対照的な2人。初めは駿馬を毛嫌いし、会話すら成立させないでいたすばるですが、共に過ごす時間を重ねるうちに、次第に駿馬にだけは心を開くようになります。
 注目すべきは、P.248の14行目からの駿馬の心の声から始まる以下の部分です。

特別な夜。だからだろうか、気持ちがふわふわして、夢の中にいるようだ。
きっとすばるもそうなのだろう。いつもより表情が和らいでいる。
いまなら、何でもきける気がする。

駿馬は、自分が出せる一番柔らかい声でたずねた。
「なあすばる。おまえの父ちゃん、どんな人だった?」
そうだな、とすばるもやっぱり、ガーゼケットみたいな声でつぶやいた。
「もの静かな人だったよ。(後略)」

 駿馬の「自分が出せる一番柔らかい声」と、すばるの「ガーゼケットみたいな声」という表現が2人の関係の深化を的確に表しています。このような「一番」という際立った表現、また比喩を使った表現は出題対象となることが多いので気をつけておきましょう。
 駿馬の言葉遣いが中学2年生らしく乱暴であることは、この場面全体で表されています。あるいはすばるの「あんたはもうちょっと細かくなった方がいい」(P.252)という言葉にも、駿馬の細かいことはきにしないおおらかな性格が感じ取れます。その駿馬が「一番柔らかい声」を出す、つまり精一杯に神経を張り巡らせている点に意味があります。そこにはすばるにとって大事な存在である父親のことを聞くことで、すばるを傷つけてしまうのではないかという駿馬の不安がにじみ出ているのです。その不安が、すばるを怒らせてしまうと面倒だなどといったものではなく、すばるを思いやるが故のものである点に注意してください。
 そしてその言葉を聞いたすばるが返すつぶやきも柔らかさを含んだものでした。「ガーゼケット」とはガーゼ素材を重ねた、赤ちゃんの寝具として使われるような柔らかいブランケットのことです(問題では注釈が付くでしょう)。ここには、駿馬の言葉の柔らかさにすばるが同調している様子がうかがえます。同調というかたちで駿馬の気持ちをすばるが受け止めたことが明確に表されています。
相手を思いやる駿馬とその気持ちを受け止めるすばる。2人の関係が深化していることがこのやりとりから感じ取れるのです。

【ポイント3:死についての思いを語り合う】

 ポイント2でのやりとりにある、駿馬がすばるにききたかったことは何なのでしょう。それは大事な人を亡くした時、その悲しみにどう対処すればよいのか、という内容でした。ポイント2に続く場面で、モンゴルで可愛がっていた馬のハルザンを亡くした駿馬と、父親を亡くしたすばるが、それぞれの死への思いが語り合います。

「…親父さんのこと思いだすの、つらい?」
「なぜ?」
すばるは意外なことを聞いたように目をみはる。
「だって…つらくね?」
(中略)
駿馬はいまだに、あのきれいな毛なみを思いだすだけで涙が出そうになる。
「つらくはない。死んだオトさん(※すばるが父親を呼ぶ言い方です)にはもう会えないから、新しく思い出がふえることは絶対にないだろ。だから何度でも思いだしたい。」
「悲しいのって、そのうち忘れるかな」
「忘れないよ。減りもしない。薄れるだけで」

 大切な者を亡くした深い悲しみ、そこで抱いた気持ちは本当に信頼できる相手にしか話したくないものです。特にすばるは他人に自分のことを話すのを嫌がっていたのですが、ここでは素直に駿馬の問いに答えています。そこに駿馬を信頼する心が芽生えていることが表されているのです。
 この後P.250の5~6行目に以下のような駿馬の心の声があります。 

すばると話していると、のどにつっかえていた氷のかたまりは、春の雪のようにゆっくり溶けていく心もちがする。

 駿馬がすばると会話することで、これまで解消できすにいた悲しみをから少しずつ抜け出している様子が鮮明に表されています。
 2人がそれぞれに相手への信頼を深めていることが伝わってきます。

 今回のテーマとは異なりますが、最近の中学入試の物語文では「死」をテーマとする内容がとても増えてきました。小学生のお子様にとって「死」について考える機会は多くはないでしょう。考えることさえも怖い、という思いもあるかもしれません。それだけにこの物語のように、ストレートに死についての考えが語られる作品に少しでも多く触れて、死についての考え方を広げて頂きたいのです。それによって理解できる文章の幅が広がる効果が望めます。

 ほんの10ページほどの場面ですが、対照的な性格の2人のキャラクターが関係を深める過程が、様々なかたちで表されています。入試頻出の「友情」について、これほど多くの要素が凝縮された場面はなかなかないものです。ぜひ多くの受験生の皆さんに読んで頂きたい傑作です。

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