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『小学五年生』『その日の前に』『半パン・デイズ』『きみの友だち』など、これまで数多くの著作品が中学受験国語の出典となってきた、まさに中学受験最頻出作家の重松清氏。同氏による、2012年から2014年の期間に新聞に掲載されたものに加筆修正された作品が、今年の8月に文庫オリジナルのかたちで発刊されました。
東日本大震災から約一年後を舞台に、小学校の教員を定年退職した主人公が、両親(主人公の息子夫婦)を事故で亡くした孫と共に、かつての教え子たちの元を訪れる過程で起こる様々な出来事を通して、死生観や教育観、正しさとは何か、といった様々なテーマについて、いくつもの繊細な心情が温かな目線で描写されています。
特に、喜びや悲しみ、怒りといった感情が単一に表されるのではなく複雑にからみ合うという、中学受験では多く出題されながらも、多くの受験生にとって読み取ることが難しい多層的な心情表現は、重松清作品で多く見られるものであり、本作品でも随所に表されています。
来年度入試だけでなく、これからの中学受験国語の定番作品のひとつになる可能性が高い、めったに出会うことのできない傑作です。
≪主な登場人物≫
安藤美津子(あんどうみつこ・通称アンミツ先生。小学校の教員を定年退職した。)
杉田翔也(すぎたしょうや・アンミツ先生の息子・建夫の息子。両親を交通事故で亡くす。)
菊池信一郎(きくちしんいちろう・通称キック。東日本大震災の被災地で復興ボランティアとして働いている。)
菊池康正(きくちやすまさ・キックの父親。)
菅原美波(すがわらみなみ・通称スガちゃん。キックと共にボランティア活動をしている。)
≪あらすじ≫
小学校教員を定年退職したアンミツ先生は、息子夫婦を突然の事故で亡くし、血のつながらない小学生の孫・翔也を引き取ることになります。時期同じくして、退職を機にかつての教え子たち全員に手紙を送っていたアンミツ先生は、返信をくれた教え子たちのもとを、孫の翔也と共に訪ねて行きます。末期がんを患う、かつてはリーダー的存在であったヒデヨシや、アンミツ先生と同じ小学校の教員となり、正義を貫くことを信念とするテンコ、そして東日本大震災から約一年が経った被災地で復興ボランティアとして働くキック。彼らとの時間を過ごして行くうちに、不登校であった翔也の心の内に少しずつ変化が生まれてきます。
本作品には先述の通り様々なテーマが含まれていますが、中学受験的に注目すべきテーマは「家族関係」です。物語はアンミツ先生がかつての教え子たちに会いに行く過程を描きながら、そこで変化して行く孫の翔也とアンミツ先生の関係を軸として描かれていますが、それ以外にも、アンミツ先生の息子・建夫が生前に残していた言葉でつづられる、アンミツ先生と建夫の親子関係、建夫と翔也の親子関係など、様々な家族の関係が描かれています。本心では相手の心情や立場を思い合いながらも、表面的にはつい厳しい言葉を交わしてしまうなど家族ならではの心情を、いかに正確に読み取るかがポイントになります。
被災地でボランティアとして働くキックの元を翔也と共に訪れたアンミツ先生が、キックに招かれて地元の鮨屋(すしや)で食事をする場面です。そこで一同を待ち受けていたのはキックの父親・康正でした。正職に就かず、結婚もせずにボランティアとして働く息子・キックへの怒りやいら立ちを吐露する康正でしたが、翔也が放った言葉を受けてその心境に変化が生まれます。
この場面でつかむべきは、キックの父親・康正の心情の変化です。息子であるキックに対して厳しく当たる康正の心の奥底にある心情がどのようなものか、康正の頑なになった心に翔也の言葉がどのように響いたのか、その過程を正確に追って行くことで、入試問題でも多く出題される、我が子を想う親の心情をつかむ練習となります。
まずは、康正の言葉から表面的に受け止められる印象についての問題です。「トゲ」という言葉が使われていることからも、この言葉が康正が息子のキックを厳しく責めるものであることは明らかです。そこで「父親(または康正)のキックに対する怒りやいら立ち」だけでまとめてしまうと、指定された字数には届かなくなります。
厳しさの内容をより詳しく説明するために、アンミツ先生が「トゲ」と表した康正の2つの言葉に注目してみましょう。
これらの言葉には直接キックを責めるところはないように思われますが、そこにトゲがあるということから、康正から見たキックが、言葉に表された生き方をしていない、そこに怒りやいら立ちを抱いていると読み取れます。つまり、康正は間接的にキックを責めていると言えるのです。
そこで、言葉に表された内容の逆をとることで、康正の心情を裏付けることができます。つまり、キックが生きるために必死になっていない、結婚もせずに地元に根を張っていないことに、父親として怒り、いら立っていると考えられます。
この問題のように、間接的な言い方をしている人物の本心を読み取るためには、発言の内容の逆をとるという読み方が必要になります。このようなケースは例えば友人関係においての「皮肉」などでも見られます。人物の心情を言葉の通りに受け止めると間違いになる状況は、入試でも出題対象になることが多くあります。今回であれば「トゲ」という言葉から、康正の発言が怒りやいら立ちを表していることを踏まえるように、人物の本心が何かを他の箇所から的確に見つけるようにすれば、心情がスムーズに理解できるようになります。
康生の、必死に生きる覚悟がなく、結婚もせずに地元に根を張ろうとしない息子に対する怒りやいら立ち。(48字)
康正が息子に対して厳しい言葉を投げつけていたところ、不意に翔也が次のような言葉を立て続けに発します。
これらの翔也の言葉を聞いてアンミツ先生が抱いた気持ちが問題になっています。康正の言葉はどう見ても厳しいものですが、アンミツ先生はその理由がただの厳しさだけではないと考えています。それは以下の箇所にも表されています。
この後半の「気持ちも、わかる。」が問題を解くための大きなヒントとなります。これまでの生い立ちも、生活の環境も異なるアンミツ先生と康正の唯一の共通点、それは親であることです。同じ親だからこそ気持ちがわかる、と考えると、まさにその内容が表されている以下の場所を見つけることができるのです。
親としての共感だけでなく、「嫌いなの?」「負けてるの?」といった翔也の言葉を受けてのアンミツ先生の気持ちを表したこの部分の直前にある、以下の部分が答えとなります。
このような、単純な理由では説明できない、先にも触れました多層的な心情は、難関校を中心に出題の対象となることが多くあります。そうした心情はそのまま解答になるだけでなく、人物の揺れ動く心情の流れを正確につかむうえで不可欠の要素になります。文章中に複雑な心情が出てきた際は、読んでいる段階からその箇所に線を引くなどして、注意点としてマークしておきましょう。
突き放して~胸にある。
P.313の7行目に「消防団の席に移る口調や物腰も上機嫌そのものだった。」とありますが、このときの康正の様子について説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.息子に対する不安やもどかしさを強く持ってはいるが、せめて息子と仲良くしてくれるスガちゃんには気遣いをすべきと思っている。
イ.つらい体験に基づいた翔也の言葉を聞いて、息子の頑張りを認めようという思いに素直に向き合うことができるようになった。
ウ.息子にいくら厳しく言っても効果がないことを知り、あえて柔らかな物腰で接することで自分の思いを伝えようとしている。
エ.翔也の言葉を聞いて、これまで息子の頑張りを認めないままにいたことが間違いであったことを認め、息子に謝りたい気持ちでいる。
問題を解くにあたって見逃してはいけない箇所が2つあります。
まずは問題該当部の前にある、翔也の言葉を聞いた康正の反応を示した以下の部分。
問題該当部につながる直前の箇所だけに、この箇所は見逃さないようにしましょう。ここから、キックの父親・康正が、「他の誰かと比べてはいけない」という翔也の言葉を受け止めていることが読み取れます。
さらに、もう1か所、キックが厳しい言葉ばかり投げつけられることに我慢しきれなくなったスガちゃんが、「(キックが)一生懸命やってるんです、ほんとです、いつも本気で、真面目で、すごく優しくて…」(P.308の6行目から7行目)と涙ながらに訴えたのに対し、康正が返した以下の言葉もおさえておく必要があります。
先の≪予想問題2≫の解答からも、康正が息子に厳しくあたる理由が、単に嫌いだからということでは決してなく、愛情があるからこその不安や心配にあることがわかりましたが、さらにこの言葉から、康正が息子の頑張りは認めているものの、その気持ちに素直に向き合えないでいることが読み取れます。
そこに思わず飛び込んできた翔也の言葉。それが翔也自身が周りから認められなかった時の苦しみを味わったからこそ出てきたものであるために、康正の心に深く響いたことが、「翔也に微笑みかけて」という表現からも理解できます。
以上を踏まえると、選択肢のうちアとウが内容として不適切であることがすぐにわかります。また、エにある謝罪の気持ちは本文中に書かれていませんので、やはり適切ではないと判断できます。よって正解はイとなります。
イ
アンミツ先生が再会するかつての教え子たちは、誰もがそれぞれに深い悲しみや挫折の中にあります。そんな彼らがそれぞれに試練と向き合い、乗り越えて行こうとする姿は、アンミツ先生や翔也だけでなく、読者である私たちにも強く訴えるものがあります。
また、東日本大震災から10年が経った今、当時の東北の地で生活をしていた人々の思いを改めて知るべき時にあって、本作品はその貴重な機会を授けてくれます。
文庫本ですが全500ページを超える長編ですので、受験生の皆さんは、全編を読む時間はないかと思います。それでも時間ができた際にゆっくりと読み通して頂き、この悲しくも美しい世界に触れて、いつまでも心の奥底に響くような人物たちの深い想いを感じ取って頂きたいと願います。
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