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中学入試の物語文は短編作品からの出題が多く、今年度入試でも駒場東邦、慶應普通部などで出題された『教室に並んだ背表紙』(相沢紗呼)、ラ・サール、栄東、城北、香蘭などで出題され話題となった『神さまのいうとおり』(谷瑞恵)はどちらも連作短編集でした。昨年度の桜蔭、今年度の横浜雙葉、日本女子大附属などで出題された『あしたのことば』(森絵都)も短編集です。長編と比べて心情の変化が限られた範囲内でおさまっていることで、作問がしやすい短篇作品は、毎年多くの学校で出題対象となっているのです。
中学受験で出題される短編と聞いて、真っ先に浮かんでくるのが重松清氏による作品です。これまでも数えきれない程の短編が出題対象となってきましたが、今年度入試でも大宮開成で『友だちの友だち』(短編集『小学五年生』に掲載)、桐光学園、東京女学館で『バスに乗って』(短編集『カレーライス』に掲載)などの出題が見られました。
今回ご紹介する『答えは風のなか』は、10編の短編で構成され、どの短篇も主人公は受験生の皆さんと同じ小学生です。そして本作品の大きな特徴は、ほとんどの短編が社会的テーマを背景としていることです。新型コロナウイルスの感染拡大がもたらす日常の変化を描いた『おばあちゃんのメモ』、『ぼくらのマスクの夏』、放射性廃棄物の処理施設建設に揺れる街の人々の姿がつづられた『ふるさとツアー』、友人の家族が受けるヘイトスピーチに心を悩ませる少年の心を描いた『タケオの遠回り』、認知症の祖母をかける親子の会話で構成される『しあわせ』など。どれも、まさに中学受験社会の時事問題のテーマにもなる、現代社会において重要な社会的問題が重要な背景となっているのです。
この作品に掲載された短編それぞれが発するメッセージを読み取ることは国語の読解力の養成に留まらず、社会の時事問題対策もつながります。科目を超えた発信力を持つこの一冊は来年度入試でも注目を集めるでしょう。
今回はこの短編集の中から、最も出題可能性が高い『ふるさとツアー』を取り上げます。
カズキは友人のタカシ、ユウスケと3人で、自分達が住む街の中で昔の面影が残っている場所を訪ねて周る『ふるさとツアー』に出かけます。この街を去って行くユウキのために企画されたのですが、ユウスケが街を去ることになった理由は、ユウスケの父親が務める工場が会社の業績不振で閉鎖することになったためでした。
カズキ達の住む街では、エネルギーを作り出す際に発生するゴミを処理する施設、通称『お城』の建設をめぐって、賛成派と反対派が対立するようになり、建設が決定した後も対立のしこりは残っているのです。カズキの父親は反対派、タカシの祖父は賛成派であったことから関係は悪化したままです。
この短編の中学受験的テーマは「相対する立場にいる人物の心情の読み取り」です。主人公カズキの心情の移ろいが物語のメインになりますが、その背景として、カズオの父親と友人タカシの祖父の、施設建設に対する考え方の違いを的確に把握しておく必要があります。二人の考え方の違いの根幹には、それぞれの「ふるさと」への想いがあり、この想いの違いを確実に把握することがポイントになります。
こうした相対する立場にいる人物の状況の読み取りは、説明文における「対比する論理」の読み取りとも共通するものです。説明文では筆者の論理の展開や、文章の構成に着目して対比を読み取りますが、物語文においては、人物の言葉や心情をヒントに、相対する構造を読み解くことになります。
カズオの父親と、タカシの祖父の「ふるさと」に対する想いの違いを説明した以下の文章の空欄に入る言葉を考えて答えなさい。
「カズオの父親はふるさとを( ア )場所と考えているのに対し、タカシの祖父は( イ )場所と考えている。
物語においては、いわゆるサブキャラクターにあたる2人ですが、彼らの考え方の違いを正確に把握しておくことが、主人公カズオの揺れ動く心情を読み取るうえで不可欠となります。
2人の考え方の違いは表面上は施設建設に対する賛否として表されていますが、その背景には「ふるさと」に対する想いの違いがあります。2人が発する言葉を見ることで、その違いが鮮明になってきます。
タカシの祖父は施設建設に賛成していますが、その理由は、施設建設により国から経済的な支援を受けることで街がかつての賑わいを取り戻し、住民が暮らし続けられる場所となって欲しいという気持ちにあります。ニュース番組のインタビューを受ける場面では、以下のように答えています。
この想いはカズオ達と顔を合わせた際の「大きくなってもこの街に残ってくれよ。」(P.72の3行目から4行目)という言葉にも顕著に表れています。
それに対して施設建設に反対するカズオの父親にとって、ふるさとはいつか帰ってくる場所であると考えられます。カズオの父親自身が大学時代から街を離れて東京で過ごし、長男であるためにふるさとに帰ってきたという経緯もありますが、特にその想いが強く打ち出されているのが、子供達に向けられた以下の言葉です。
タカシの祖父とは対照的な考え方ですが、カズオの父親もふるさとの存在自体を否定しているのではありません。自分もそうしたように、いつか帰る場所としては残っていて欲しい。だからこそ、万が一にも施設で事故が起きて土地が汚染されてしまって住める場所でなくなってしまうのを避けるために、施設建設に反対しているのです。
表面的な施設建設についての賛否という表面的な違いにとどまらず、その根幹にあるふるさとに対する考え方の違いにまで目を行き届かせるようにしましょう。
ア:いつか帰ってくる イ:一生暮らしていく
カズオにとっての父親、タカシにとっての祖父という、それぞれ身近にいる大人の考え方の違いが、本人達にどのように影響を及ぼしているのか。それが問題で求められている笑顔の違いを読み取るための重要なきっかけとなります。
タカシが祖父の考え方を素直に受け入れ、施設が街にもたらすプラス面に歓喜している様子が物語の随所に見られます。施設が事故を起こすのではないかという懸念をユウスケが表した際にも、「だいじょうぶだいじょうぶ、ちゃーんとやってるって。」(P.80の14行目)といった無邪気な反応を示しています。
ここで注意すべきは、中学入試の物語文でこのように明るく振舞う人物が、実は心の中ではそれとは反対の悩みや苦しみを抱えている、というケースが大変多く見られることです。想いとは裏腹な表現をする人物の心の内を読み取らせる出題は偏差値を問わず多くの学校で見られます。ただ、この物語のタカシについては、そうした心の奥底に抱えているものを示す表現が他に見られませんので、カズオが言う「単純でのんきな性格」(P.77の4行目)の持ち主と考えることができます。そのうえで、タカシの笑顔は、施設が持つ危険性に対する恐れ、不安などが全く含まれない、心から安心しきった笑顔と言えます。
それに対してカズオは、物語全般を通して「迷い」を抱え続けています。家で父親が施設建設に怒りを露わにする際には同意も反対もせずにただ黙っており、タカシの祖父に会う際には気まずさを感じています。自分の中で施設建設に対する考え方が定まっていないカズオの心境は、以下の場面からもうかがえます。
この場面からカズオは答えに窮した際に、つい笑ってしまう傾向にあることが読み取れます。そこには迷いを抱えた自分の心の内を見せたくない想いがあると考えられます。
あとは違いを聞かれていますので、「タカシの笑顔が…なのに対し、カズオの笑顔は…」と対比させた表現にすること、そして字数内におさめることに注意して解答を作成しましょう。
タカシの笑顔が施設の危険性を全く疑わない気持ちから出ているものであるのに対し、カズオの笑顔は施設建設について考えがまとまっていない心境を隠すためものである。(78字)
今回ご紹介した短編も含めて、この作品に掲載された短編は様々な社会的要因の中で悩む子供達の姿が描かれていますが、どの短篇も子供達が明確な答えに行き着かないままに終わっています。まさに『答えは風のなか』という作品のタイトル通りなのですが、書籍の帯に筆者の重松清氏は以下のような言葉を寄せています。
読んだあとには、むしろ「問い」が残ってほしい。
答えは風のなか。
風を見つめて探すには…
つまり、顔を上げてほしかったのです。
うつむいてばかりの
世の中だからこそ(書籍の帯より)
この帯の言葉に集約されているように、この作品に掲載された短編は様々な社会的テーマについて、読み手に問題を提起する内容、構成になっています。それぞれのテーマについてどのように考えたのか、親御さんとお子様で話し合われる時間を持たれてもよいかと思います。そうした過程は国語の読解力養成にとどまらず、社会の時事問題対策にもつながります。
書店では一般文芸書のコーナーに置かれていますが、作中の難しい漢字にはフリガナがつけられており、内容的にも5年生もお子様でも十分に読み進められるものです。短編集で、中には12ページほどの短いものもありますので、春休み中のお時間がある際などに読みたいものから読まれてもよいでしょう。
等身大の人物達の心の移ろい、迷いに触れながら、社会的テーマについても自分なりの答えを探し出すという貴重な経験ができる一冊です。
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