No.1156 重要テーマ「心の再生」を読み解く!『蛍と月の真ん中で』河邉徹 予想問題付き!

amazon『蛍と月の真ん中で』河邉徹(ポプラ社)

 中学入試・物語文における重要テーマのひとつ「心の再生」。心に傷を負った人物が、様々な経験を経て前向きな気持ちになって行くといった心情の変化の過程を読み取らせるものですが、その中でも、生活の拠点を変えた人物が、新たな場所で出会った人物との交流を通して悩みや苦しみから解き放たれて行くといった、転地を伴うパターンの出題が多く見られます。
 今年度入試でも、早稲田中の第1回入試で出題された『明日の僕に風が吹く』(乾ルカ)は、医者になる夢を持っていたものの、中学時代に起きた出来事がきっかけで引きこもり生活を送るようになった主人公が、北海道の離島で新たな生活を始め、そこでの人々との出会いを通して、再び夢に向かう気持ちを取り戻す過程が描かれており、まさにこのパターンの典型でした。その他にも、成蹊中第1回入試で出題された『みつばちと少年』(村上しいこ)海陽中等教育学校・特別給費などで出題となった『雪のなまえ』(村山由佳)も、この転地を伴った心の再生というテーマが含まれています。
 こうしたテーマが多く扱われる背景のひとつには、コロナ禍にあってこれまで当たり前のように成されてきた「他者との出会い」が制限される中で、その価値が再認識され、中学受験生にも出会いを通した心の成長の重要性を理解して欲しいという中学校側のメッセージがあると考えられます。その点ではこのテーマを扱った作品は今後も出題される可能性は高いと言えるでしょう。
 今回ご紹介する作品も、カメラマンになる夢に一度は敗れた大学生が、長野県の集落を訪れたことが契機となって、自分の進む道に再び向かい合うまでの過程が描かれており、心の再生というテーマを読み解くための格好の教材となっています。大学生が主人公ですが、小学生のお子様方でも十分に読み取れる、わかりやすい文体で書かれています。重要テーマを掘り下げるうえで貴重な一冊です。

【あらすじ】

≪主な登場人物≫
大野匠海(おおのたくみ・カメラマンを目指す大学生。大学を休学し長野県辰野町を訪れる。)
一ノ瀬明里(いちのせあかり・東京で生まれたが、病気のため辰野に移住した。)
一ノ瀬菜摘(いちのせなつみ・明里の母。ゲストハウスを経営している。)
金井(かない・京都から移住してきた男性。匠海の生活の世話をする。)
きよちゃん(学生時代を名古屋で過ごすが、辰野に戻り甘酒屋の店長を務める女性。)

≪あらすじ≫
 小さな地方都市の写真館を営んでいた父の影響でカメラマンを目指すようになった匠海でしたが、父が亡くなってからは母との関係も悪化し、思うように行かない日々を送るようになります。大学で写真を学んでいたものの、学費と生活費を稼ぐのに精一杯の毎日に疲れ切った匠海は大学を休学して、かつて父が蛍の写真を撮影した長野県の辰野町を訪れます。そこで出会った、様々な事情を抱えながら暮らす人々と交流するうちに、匠海の心に徐々に変化が生まれくるのです。

【中学受験的テーマ】

 この物語の中学受験的テーマは「心の再生」です。主人公の匠海が東京を離れるきっかけとなった悩み、苦しみがどのようなもので、そこからどのように解放されて行ったのかを的確につかむことがポイントになります。特に、人物の心が変化して行く過程で、他の人物からかけられた言葉が大きなきっかけとなる様子が鮮明に表されていますので、それを見逃さないように注意しましょう。変化の前後で、同じ言葉が異なる意味合いを持つという表現方法にも目を配るようにしてください。

【出題が予想される箇所】
P.209の5行目からP.225の7行目

 自分と同じくカメラマンを目指していた知人が活躍している様子をSNSで知り、迷いを見せる匠海に対して、明里が心に寄り添う言葉を投げかけ、それを機に匠海の気持ちが前へ向くきっかけをつかむ場面です。2人が交わす言葉、表情に込められた思いを読み取ることがポイントですが、その舞台となる雪景色を描写する美しい表現に触れて、風景描写が持つ物語への効果も体感してください。

≪予想問題1≫

 

P.218の14行目に「ちらりとこちらを見た彼女の瞳だけが、暗い車内で微かに光っていた。」とありますが、この時の明里の様子を説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。

ア.匠海の言葉を聞いて、自分も過去の悩みや病気の苦しみを克服して、東京へ行く決断をしなければならないと心に誓っている。
イ.いつまでも過去の苦しみにとらわれている匠海を立ち直らせるためには、あえて厳しい表情で接するべきと思っている。
ウ.匠海の言葉を聞いて、自分が体験したつらい過去、現在の病状を改めて思い出し、強い不安と恐れにとらわれている。
エ.自分と匠海が同じような悩みを抱えていると察し、匠海を励ますためには自分自身が悩みや苦しみに向き合うべきと心に決めている。

 

≪解答のポイント≫

 この場面の明里のように、人物の瞳、眼の中に光が宿されているという表現は、その人物が何かを伝えようと心に決めているケースがとても多いです。
 ここまでの物語の展開を確認してみましょう。匠海が知人の活躍を知って心に迷いが生じていることを明里に打ち明けます。そこで明里はすぐには匠海に何も言わずにいますが、夕食の時間を経て、自宅に帰ろうとする匠海の車に乗り込み、匠海が心に抱える悩みについて自分の想いを話し始めます。そこでの明里の表情が問題になっています。
 明里の想いを知るためのヒントが、問題該当部の後にある以下の2つの部分です。

 自分で自分の言葉を確かめるような口調だった。(P.219の4行目)
 明里は俯いて、喉から声を絞り出すように言った。(P.219の7行目)

 どちらの表現からも、明里が匠海に何かを伝えようとしながらも、その言葉を口に出すのに強い負荷を感じている様子がうかがえます。明里がそれほどまでの想いで伝えたかった内容は何だったのか。明里の言葉を通して見てみると、自分も匠海と同じように、過去を振り返って後悔したり、違う道を選ぶべきではなかったかと迷うことがあること、そして今でも東京を避けている理由が、化学物質過敏症という病気のせいではなく、精神的な理由によるものではないかと迷うことがあると、匠海に伝えようとしているのがわかります。
 それはまさに、匠海が自分について語る「僕はやっぱり、ただ逃げているだけなのかもしれない。」(P.213の7行目から8行目)という言葉と共通する内容です。悩む匠海の言葉から、自分と相通じるものを感じた明里が、過去の自分、病気を抱えた現在の自分に向き合い、匠海の心の重みを解くための言葉を紡ぎ出したのです。
 そして、明里は匠海に、過去にとらわれず未来の進むべき道は自分で選ぶことができる、と告げます。自分に想いを伝えるために過去の悩み、現在抱えている苦しみに向き合ってくれた明里の言葉は、匠海に響き、心を解放するきかっけをつかむようになります。
 選択肢のうちイはすぐに消去できます。そしてウも苦しみに向き合うという要素はありますが、匠海を励まそうという明里の気持ちが含まれていないため不適切となります。アについては、明里が苦しみを降伏して東京に行かなければいけないと感じていると推察することはできますが、この時点でそれを裏付ける表現や言葉が見られません。一見正しそうでも文章中に根拠がない選択肢は選ぶことはできませんので、正解はエになります。

≪予想問題1の解答≫

≪予想問題2≫
P.221の1行目から2行目に「風に吹かれ、灯火の消えかかった心の中の部屋に、パッと暖かい灯りがついたようだった。」とありますが、ここでの「灯火の消えかかった心の中の部屋」とは、匠海のどのような心の様子を表現したものですか。40字以内で説明しなさい。句読点も一字として数えます。
≪解答のポイント≫

 ≪予想問題1≫でもご紹介した、明里が強い想いで投げかけた言葉は匠海の心に響き、匠海の心には軽やかさまで帯びるようになっています。それがうかがえるのが、以下の場面です。

 「しみるなぁ」と僕は言った。
 「しみるね」と明里も笑いながら言った。(P.222の2行目~3行目)

 他愛のない会話に見えますが、この「しみる」という言葉について、2人はこれより前に話しています。明里が寒さを「しみる」と表現した際に、それが方言かどうかというやりとりをしていたのです(P.210の2行目から9行目)。その言葉を再現して冗談のように言い合うことができるほどに、ここでの匠海は心が軽くなっていると考えられます。同じ言葉が使われる場面によって異なる意味を持つという表現方法は物語文ではよく使われますので、注意しておきましょう。
 車を降りて、明里の案内で月光に照らされた雪原に来た匠海は、そこで明里から次のような言葉を伝えられます。

「匠海は誰かと比べないで、最高の瞬間が訪れるのを待てばいい。」(P.222の16行目)

 この言葉が匠海の心に温かく伝わり、そして匠海の心を前へ向かせていることは、直後にある次の表現からも読み取れます。

 月明かりの下、全てが柔らかい光の中だった。(P.222の18行目)

 目の前の景色が全て柔らかい光に包まれていると見えるくらいに、匠海の心が救われた状態にあると解釈することができます。この後に続くのが、問題となっている箇所です。これまでの匠海の心情の流れ、そして問題の表現からも、匠海が明里によって長く抱えていた苦しみから解放されていることは容易に理解できるところですが、そこで「苦しみを抱えている様子」とだけの答えとしてしまっては、字数にははるかに満たなくなってしまいます。より具体的な説明が必要になります。
 そこで、匠海の心が解放される前、つまり明里から言葉を投げかけられる前の匠海の言葉に注目すると、以下の言葉が見つけられます。

 「僕はそこで、自分がどれだけ周りより劣っているのか見るのが怖いんだ。」(P.214の12行目)

 この言葉、そして明里が匠海に伝えた言葉に共通してあるのは、匠海が自分を誰かと比較して劣等感にさいなまれていることです。そうした想いにいた匠海にとって、明里の言葉はまさに光明をもたらしてくれるものだったのです。後は字数に注意して、要素を解答に含ませて行きましょう。

≪予想問題2の解答例≫

 他人と自分を比べて自分が劣っていると感じることへの不安に支配されている様子。(38字)

【最後に】

 本作品をご紹介するにあたって、2点お伝えしたいことがあります。
まず1点は、風景描写の美しさにぜひ触れて頂きたいということです。今回ご紹介した場面で、匠海と明里が雪原に足を踏み入れた際の情景の描写は終始美しく、その場の景色が眼前に浮かんでくるような感覚にとらわれます。以下はその一例です。

 白い雪が月光に照らされ、乱反射して輝いている。(中略)光を反射しながら空を舞う雪は、確かに蛍が乱舞しているようだった。(P.221の9行目、17行目)

 美しい風景描写に触れて、その景色をイメージするという過程は、物語文読解において、視覚的イメージを喚起するための貴重な練習になります。ぜひ本作品の随所に見られる端麗な風景描写を味わってください。
 もう1点は語彙についてです。本作品のように大学生や社会人を主人公とした作品は、中学受験で出されるケースが多くはないものの、毎年何作品かは出されています。本年度も渋谷教育幕張中、聖光学院中、浅野中などで、大人が主人公の作品が出題されました。
 今回ご紹介した作品は、読みやすい文体で、難しい語彙はありませんが、大人を主人公とした作品は、当然大人を読者対象としていますので、自ずと語彙レベルが高くなります。もちろん注釈が付くことがありますが、それでも語彙レベルを上げておくことで、より文章が読みやすくなることは間違いありません。これから塾のテストなどで、わからない語彙があった場合、この言葉の意味がわかっていれば、もっと文章が読みやすいと感じられることがあった場合には、「語彙ノート」を作るなどして、それらの言葉を書き出して、意味調べをしてまとめておくことをおすすめします。これは説明的文章でも同じですが、語彙レベルを上げることは、読解力アップのためには不可欠です。

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