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これまで『ぱりぱり』が横浜共立学園中(2018年度)などで、『ありえないほどうるさいオルゴール店』が立教女学院中、淑徳与野中(いずれも2019年度)などで、『女神のサラダ』が白百合学園中(2022年度)などで出題されてきた、中学受験でも頻出の作家、瀧羽麻子氏による連作短編集が今回ご紹介する『博士の長靴』です。気象学に生涯をささげてきた藤巻博士と四世代にわたる一家の物語、そしてその一家と関わってきた人々の物語で構成されています。
それぞれの作品の中で見られる心情の描写は、淡々としていながらも細やかに心の揺れ動きが表されており、頻出テーマである「家族」を扱った短編が多いことからも来年度入試で注目必至の傑作です(『一九九九年 夏至』は大人の恋愛を扱った内容ですので、入試の出題対象からは外れると考えられます)。
今回はこの短編集の中から、最終章の『二0二二年 立春』を取り上げます。藤巻博士(以下の解説では、本文に合わせて「ひいおじいちゃん」とします)とひ孫の玲(れい)との交流を描いた本短編は、同じ語句がくり返されることで異なる意味を帯びる効果や、象徴的存在(一見関係がないと思われるが、実は登場人物の心情・人間関係などを象徴的に表しているもの)など、中学受験の物語文読解の力を向上させるうえで覚えておくべき表現技法が満載の一編です。
小学二年生の玲は、母親が出張で不在となる三日間、母親の実家に滞在することになります。母親とその両親は、玲が生まれた時から仲たがいしてしまい、今も関係が修復されないままにあります。孫に会える喜びを見せる祖父母に対し、玲は母親と祖父母の関係を気遣い、気の重さを感じています。祖父母の家には祖父の父である、ひいおじいちゃんが同居しています。母親は、ひいおじいちゃんには心を許していましたが、口数の少ないひいおじいちゃんに、玲は緊張を隠せないでいます。
この短編の中学受験的テーマは「家族関係」です。主人公の玲とひいおじいちゃんの関係の変化、そして玲の目を通した玲の母親とその両親の関係の変化の過程を読み取るようにしましょう。ひいおじいちゃんが玲に贈る、手帳や長靴にどのような意味が託されているのか、祖父母が見せる表情が何を意味するかといった点について、細かな表現を逃さずに把握することがポイントとなります。
この物語の特徴のひとつは、人物の行動や表情について説明が多くなされていないことにあります。主人公を小学二年生の男子とすることで、その場で起きている出来事や人物の会話について、小学二年生の目線では深く真意を理解できないという設定を利用し、それらが意味するところまであえて言及しない、といった手法がとられているのです。書かれていないところまで一歩深く踏み込んで読み取ることが求められますので、それまでの心情の変化の経緯や、長靴やメモ帳といった一見何気ない存在が何を象徴的に表しているのかを踏まえて読み進めることが重要となります。
前半は、玲が祖父母の実家に訪れてからひいおじいちゃんに出会うまで、後半は玲とひいおじいちゃんが散歩に出かけてから、祖父母と一緒に夕飯を食べる場面までが描かれています。前半と後半で、玲の母の実家に対する想いが変化していますので、変化した理由をていねいに読み取るようにしましょう。
P.250の4行目から5行目に「『そう……焼肉……』おばあちゃんが目をふせた。」とありますが、この時のおばあちゃんの心情について説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.娘が立春のお祝いを忘れずに行っていたことが嬉しく、これから娘との関係を修復させられるのではないか、と思い始めている。
イ.立春にはすき焼きを食べるのが家族の習慣であるのに、焼肉を選ぶ娘の中にまだ親へのわだかまりがあると感じ、悲しんでいる。
ウ.立春の時には必ずすき焼きを食べるように娘には厳しく伝えていたのに、それが守られていないことに憤りを感じている。
エ.立春に焼肉を食べることは親である自分だけでなく、ひいおじいちゃんに対しても無礼になるのではないかと不安な気持ちになっている。
玲の母親と、その両親である祖父母との関係が良くない状況であることは、駅に祖父母が迎えに来た際に、電話をかけてきた母親と玲との以下のやりとりにも端的に表されています。
この場面からも、娘と話せるものなら話したいという想いが隠せない祖母が、娘との関係を修復させたいという気持ちであることが読み取れます。
玲が、自分の家では立春にすき焼きではなく、焼肉を食べることをつい口にしてしまった際の祖母の反応が問題となっていますが、まずは直後の玲の言葉を見てみましょう。
玲が焦りを隠せないでいることからも、祖母の見せた表情は喜びや希望といったプラスの感情の現れではないことがわかります。
この後に、食事の際にはほとんど話すことがない、ひいおじいちゃんが発した言葉でその場の空気が一変します。
寡黙な人物が発する言葉だからこそ周りの人物の心に響くという物語文頻出の状況をここに見ることができます。ましてこの家の歴史を誰よりも知るひいおじいちゃんですので、その言葉に誰もが救われたことは、以下の祖父の行動と、祖母の表情からも理解できます。
ここから、ひいおじいちゃんの言葉を聞く前までの祖母が、娘がすき焼きを食べていなかったことを知って傷ついていたと読み取れます。
以上から選択肢を見てみると、まず喜びとしているアが真っ先に消去できます。ウの憤りであれば、祖母に対して祖父が手をそえるといった行動がそぐわなくなります。この行動は祖母を慰めようという祖父の気持ちの現れと読み取れます。エについては、祖母からすれば望むのは自分達と娘の関係の修復であり、ひいおじいちゃんにまで気持ちが及ぶとは考えづらく、また目をふせるという行動と不安という心情との結び付きが弱いことから不適切と考えられます。よって正解はイとなります。
イ
P.217の14行目の「うん、順調だよ」から、P.253の12行目から13行目の「『うん。順調』昼間と同じ返事が、昼間よりも自然に、口から出た。」までの間で、玲の心情はどのように変化しましたか。以下の語句を使って説明しなさい。
[長靴、メモ帳]
この問題のように語句指定がある記述問題では、その語句の持つ意味合いについて、ていねいに説明することが求められます。今回は制限字数を設定しませんでしたので、字数は意識せずに、指定語句を使った解答をていねいに作ることを意識してみましょう。
まずは変化の内容をとらえます。同じ言葉が物語の時間の経過と共にその意味合いを変化させて行くといった描写の読み取りは、難関校を中心に中学受験物語文では頻出のパターンとなっています。ここでは、玲の「順調」という言葉の持つ意味合いの変化について考えてみます。
初めの「順調」が、本心を偽った玲が、母親に心配をかけまいとして発した言葉であることは、祖父母との会話がかみ合わず、玲がその場の空気にぎこちなさを感じている描写からも読み取れます。
それに対し、後の「順調」は玲自身が「自然に、口から出た」としているように、本心からの言葉であると考えられます。この変化はなぜ起きたのか。それをつかむきっかけとなるのが指定された語句です。「長靴」も「メモ帳」も、ひいおじいちゃんから玲にプレゼントとして渡されたものです。玲の心情の変化を説明する際にこれらの語句が指定されていることから、ひいおじいちゃんと過ごした時間が玲の心の中に変化を生じさせたと考えることができます。
ここからは、長靴と手帳の持つ意味を考えることで、玲の心情の変化をあと一歩深く探ってみましょう。
[長靴]
最初に長靴が出てくるのは、玲がおじいちゃんと散歩に出かける場面。ひいおじいちゃんが玲に渡した長靴は、亡くなった妻が退院したら使わせたいと思っていたものでした。妻の回復を祈るひいおじいちゃんの想いが込められた長靴であると言えます。そんな想いが込められた長靴を玲に渡してくれたひいおじいちゃんに対し、玲は長靴を持って帰らずに、また一緒に散歩がしたいとの気持ちの証として、この家に置いておくと告げます。これらのやりとりから、長靴は、玲を家族として受け止めてくれたひいおじいちゃんと、これからも一緒の時間をひいおじいちゃんと過ごしたいという玲との間に、家族の絆が生まれたことを象徴的に表していると考えられます。
[メモ帳]
学者であるひいおじいちゃんは、思いついたことや気になったことをメモ帳に書き留めておくことが習慣になっています。散歩の途中で玲が大好きな恐竜の話をした際にも、ひいおじいちゃんは恐竜と鳥類の違いについての考察をメモ帳に書き記します。玲が書き留める習慣がないことを知ったひいおじいちゃんは、玲に新しいメモ帳を買って渡します。その時に玲に投げかけられた言葉が以下です。
恐竜が大好きである自分を、ただの好奇心旺盛な子供、としてではなく、知的財産を身につけようとしている一人の人間として扱ってくれている。立派な学者でありながら、決して見下すことなく、むしろ同じく未知の領域に考察をめぐらせる同志であるかのように、真剣に向き合ってくれる。メモ帳は知的財産を持とうとする玲を支えようとするひいおじいちゃんの意向を象徴しているものと言えます。ひいおじいちゃんからの言葉を受け取った玲の反応が書かれていませんが、書かれていないからこそ、玲の中にその言葉が響いていることが強調されていると考えられます。
そして玲の心の変化を端的に表しているのが、散歩から帰った時の以下の言葉です。
玲が母親の実家を、居心地の悪い場所ではなく、また帰ってくる場所と思うようになったと読み取ることができます。
玲の心の動きについて一連の流れをまとめてみると、以下のように表すことができます。
あとはこれを答案としてまとめます。字数制限がない際には、文章がまとまりのないものにならないように十分に注意して臨みましょう。
初めの順調という言葉は、母親の実家が居心地の悪い場所であることを隠すための言葉であったが、ひいおじいちゃんから長靴をもらったことで家族の絆を感じられるようになり、メモ帳をもらったことで、ひいおじいちゃんが自分を子ども扱いせず、一人の人間として扱ってくれることを知った。そのことで、母親の実家が自分にとって帰るべき場所であると思えるようになり、順調という言葉が本心から発せられるようになった。
今回ご紹介した短編以外にも本作品には人物達が心を交流させて行く過程が細やかに描かれた短編がいくつもあります。特に時間があればぜひ読んで頂きたいのが、最初に掲載された『一九五八年 立春』です。今回ご紹介した『二0二二年 立春』から60年以上も前にさかのぼった時代を舞台としたこの短編では、若かりし頃の藤巻博士と、後に妻となるスミとの出会いが描かれています。戦後13年が経っていながら、まだ戦争の残した暗い影が残っている時代の空気感が、日々の生活の中に漂う香りと共に伝わってくるような美しい表現の数々に出会うことができます。特に、多くの言葉を交わすことがない藤巻博士とスミが次第に心の距離を縮めて行く過程を追うことは、心情理解の練習になります。『二0二二年 立春』につながるような出来事もあり、連作短編ならではの読書の楽しさを味わうこともできます。
この優しい輝きに満ちた連作短編集は、静かで淡々としていながら人物達の心情の変化がていねいに込められた多くの美しい表現に触れる機会を得られる、読解力を向上させるための極上の教材とも言える稀有の一冊です。
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