No.1209 直木賞受賞作品!来年度入試で注目必至の短編集『夜に星を放つ』窪美澄 予想問題付き!

amazon『夜に星を放つ』窪美澄(文藝春秋)

 今年度上半期の直木賞受賞作品です。ミステリー作品を含め大人向けの内容がほとんどの同賞受賞作品が中学受験で出題されることは多いとは言えません。それでもこれまで、ねじめ正一氏の『高円寺純情商店街』(1989年上半期受賞)が早稲田中(2005年度)や東邦大東邦中(2004年度)などで、石田衣良氏の『4TEEN』(2003年上半期受賞)が海城中(2004年度)、渋谷教育幕張中(2004年度)などで、西加奈子氏の『サラバ!』(2014年下半期受賞)が海城中(2016年度)などで、そして恩田陸氏の『蜜蜂と遠雷』(2016年下半期受賞)が栄東中(2019年度)などで出題されてきました。
 今回ご紹介する『夜に星を放つ』も基本的には大人向けの短編集ですが、最後に収録された『星の随(まにま)に』は小学四年生を主人公にした家族の物語であり、頻出テーマ「心の成長」を描いたまさに中学受験向きの内容となっています。物語文読解の重要なエッセンスも含まれており、来年度入試で注目必至の作品です。

★『星の随(まにま)に』(P.183~220)

【あらすじ】

≪主な登場人物≫
(そう:小学四年生の男子。両親が離婚してから父親と再婚相手の渚さんと暮らしている。中学受験をするために塾に通っている。)
父さん(想の父親。カフェを経営しているが、コロナ禍で厳しい経営状態にある。)
母さん(想の元の母親。想の父親と離婚してからは一人で暮らし、看護師の仕事をしている。三か月に一度、想と会うことができる。※このメルマガでは「母親」とします。)
渚さん(なぎささん:想の父親の再婚相手。産まれたばかりの子供・海(かい)の子育てで疲れ切ってしまっている。※このメルマガでは「渚さん」とします。)
佐喜子さん(さきこさん:想と同じマンションに住む年配の女性。東京大空襲で家族を亡くしている。長く連れ添った夫を亡くし、マンションで一人で暮らしながら、東京大空襲の時の夜空の絵を描いている。)
中条君(ちゅうじょうくん:想の友人で同じ塾にも通っている。想と同じく両親が離婚し、父親と離れて暮らしている。)

≪あらすじ≫
 両親の離婚後、小学四年生の想は父親とその再婚相手・渚さん、生まれたばかりの弟の海と一緒に暮らしていますが、まだ渚さんを「母さん」と呼ぶことに抵抗を覚えています。想は学校から塾に行く間に、一度家に戻るようにしていたのですが、ある日からマンションの部屋に入れなくなってしまいます。海の世話に疲れ切った渚さんが鍵を閉めたまま眠ってしまっていたためです。そんな想を見かねた同じマンションの住人の佐喜子さんは、想を自分の部屋に招き入れ、部屋の鍵が開くまでの時間を過ごすように言います。佐喜子さんと会話を重ねるうちに、想は佐喜子さんが東京大空襲で家族を失い、その時に見た夜空の記憶を絵に描いていることを知ります。

【中学受験的テーマ】

 この短編の中学受験的テーマは「家族関係」、「心の成長」です。自分の本心を明かさないことを心に誓っていた主人公の想が、固まっていた心を解放させ、家族とのつながりを強く感じるようになるまでに心情を変化させて行く様子、心を成長させて行く過程を正確に読み取ることがポイントです。その際に、何がきっかけで変化が生じたかを、人物たちの言葉、表現の結びつきから的確につかむようにしましょう。

【出題が予想される箇所】
P.204の2行目からP.220の17行目

 想が母親と会って、自分の心の内を告げる場面から、物語の最後までの範囲です。佐喜子さんの部屋で過ごしてきた日々に終わりが来ることを知った想は、佐喜子さんからこれから生きて行くうえでの大切なメッセージを告げられます。その言葉を受けた想の心の中で起こる変化を見逃さないようにしましょう。

≪予想問題1≫

 

P.208の17行目に「まるで、わざと独り言のように言った。」とありますが、この時の想の様子について説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。

ア.ずっと母さんに会いたいと思っていたので、一緒にいられる時間があまりに嬉しく、これまで隠してきた本心が無意識のうちに出てしまって驚いている。
イ.自分の本心を唯一明かすことができる母さんに、一緒に暮らしたいという思いは伝えたいが、断られることが怖くてはっきりとは伝えられないでいる。
ウ.自分の本音を表に出すと母さんや父さんに迷惑がかかってしまうので、遠回しな言い方をして母さんがその真意を察してくれることを期待している。
エ.自分の本当の気持ちを母さんに伝えることは、かえって母さんを困らせることはわかっているが、それでも言葉にしたいという気持ちがおさえられないでいる。

 

≪解答のポイント≫

 まずは想という人物がどのように描かれているかを正しく把握しておきましょう。その判断基準となるのが、想が自分について語った以下の言葉です。

あのときから、僕の本当の気持ちなんて、大人たちには絶対に話さないと心に決めたはずなのに。(P.210の17行目からP.211の1行目)

 ここでの「あのとき」とは、両親が離婚して、母親と離れて暮らすことが決まったときを指します。それからの想は、一緒に生活する父親や、その再婚相手の渚さんに対して、自分の本心は明かさずに、余計な心配をかけまいとして行動するようになります。以下の言葉からも、そんな想の考えを読み取ることができます。

僕は不安になった。僕が母さんと暮らしたら、父さんはどうなってしまうんだろう?(P.210の7行目から8行目)

自分の本当の気持ちのままに動くことによって周りの人々に及ぼしてしまう影響に不安を感じてしまう想。そんな想が特に強く押しとどめてきた気持ちが、「母親と一緒に暮らしたい」というものでした。以下の部分には、想の母親に対する考え方が表されています。

母さんの顔を見ると、つい本音が出てしまう。なぜだか母さんを困らせたくなる。(P.210の17行目)

 常に大人に気を遣っている想が本音を明かせる相手、困らせたいと思うほどに甘えたい相手が母親であることがわかります。
 そんな母親と一緒に暮らしたいけれど、自分の気持ちを押し出してしまうと、父親にも母親にも迷惑がかかってしまう。それだけに「一緒に暮らしたい」という本心を母親に強く訴えることはできないが、それでも何とか伝えたい、そんな気持ちが想の心の内で高まっていると読み取れます。
 それを踏まえて選択肢を見てみると、まずアには正しいと判断できる部分がありません。選択肢のイの前半の部分は正しいですが、後半にある「断られることが怖い」という内容が本文にはありませんので不適切となります。選択肢を選ぶ際は、一見正しそうに見えても本文にその根拠となる表現がない場合には不適切となりますので、気をつけておきましょう。
 選択肢のウですが、想が発した言葉は決して遠回しではなく、内容自体は直接的なものです。母親が察するまでもなく、明確に伝わる言葉ですので、この選択肢も選ぶことはできません。「独り言のよう」が「遠回しな言い方」と誤った判断をしないように気をつけましょう。
 よって正解はエとなります。母親に本心を伝えたいという気持ちと、母親、さらには父親も困らせるのではないか、という気持ちの中で揺れ動き、母親に強く本心を訴えることができず、「独り言のように」なってしまう、といった想の様子が表されています。

≪予想問題1の解答≫

 

≪予想問題2≫
P.217の12行目から13行目に「渚さんのことを迷わずに母さんと呼べたのは、初めてだったかもしれない。」、P.220の17行目に「『母さん、おかえり』と言おう。僕は心の中で秘かに誓った。」とありますが、渚さんをお母さんと呼ぶことがうまくできなかった想が、このように感じるようになった変化について、その変化の理由にも触れながら150字以内で説明しなさい。句読点も一字として数えます。
≪解答のポイント≫

 登場人物の心情の変化は物語文読解で最も多く問われる内容ですが、正確に解答するためには、この問題のように条件になっていなくとも、何がきっかけで心情の変化が起きたのか、変化の理由について触れることが必要です。
 ここで気をつけておきたいのが、結びつきの強い表現(呼応する表現とも言います)を見逃さないことです。ここで言う結びつきとは、同じような内容をテーマとしながら、異なる意味合いを示した関係を指します。
 この問題を解くためには、2組の表現の結びつきを見つける必要があります。
 1組目は以下の2つの表現です。
 母親と会った際の想の心の声が以下のように表されています。

母さんと暮らせる未来があるかもしれない。そのことはうれしいけれど、その未来が来なかったときのことを考えるのが怖かった。(P.211の2行目から3行目)

 そして、物語の終盤に以下の表現があります。

母さんと暮らす未来が来るかどうかはわからない。叶わない未来かもしれない。だけど、もしその未来が来なくても大丈夫なように、僕はもっともっと強くなりたかった。(P.217の15行目から17行目)

 どちらも母親と一緒に暮らす未来について書かれていますが、前者ではその未来が実現しないことへの想の不安が表されています。
 それに対し後者では、仮に望む未来が実現しなかったとしても、それに耐えうる自分であろうと心に誓う想の姿が描かれています。
 明らかな想の変化、心の成長が見て取れますが、何がきっかけでこの変化が起きたのでしょうか。後者の表現のすぐ後に、その答えとなる以下の表現があります。

生きていればいいこともあるから。いつか佐喜子さんに言われたことが耳をかすめた。(P.217の1行目からP.218の1行目)

 ここで表される佐喜子さんの言葉は、想が佐喜子さんと最後の時間を過ごした際に、以下のように告げられたものでした。

「つらい思いをするのはいつも子どもだけどね。それでも、生きていれば、きっといいことがある。」(P.214の16行目からP.215の1行目)

 「生きていればいいこともある」と考えることで、未来に対してただ不安になるだけでなく、その時のあるがままを受け止めようという、強く前向きな気持ちを想が抱くことができるようになったと読み取れるのです。
 2組目の表現の結びつきは、佐喜子さんと交わした別の会話の中にあります。想から東京大空襲の際に星座が見えたかを聞かれた佐喜子さんは、以下のように答えます。

「炎の熱と熱さで星座もほどけてしまったんじゃないかしら」(P.212の12行目)

 それに対し、物語の終盤で以下のような想の思いがつづられています。

星と星とは見えない糸でしっかりと結ばれて、星座の形を保っている。僕の家族だって、きっと同じだ。(P.220の6行目から7行目)

 こちらは「星座の形」がテーマとなっている点で共通しています。前者では東京大空襲で生じた炎によって星座の形が溶けてしまったとされ、後者では星と星がしっかりと結ばれている、とされています。佐喜子さんが空襲で両親と妹を亡くしていることから、溶けてほどけた星座は、亡くしてしまった家族のことを表していると読み取れます。それに対し後者では、離れて暮らしてはいても家族が生きて結びついていることが表されています。一緒に暮らせない母親も、渚さんや海君も自分にとっては大事な家族である、と想が強く感じていることが読み取れるのです。
 佐喜子さんと過ごした時間で得た言葉が、想の心の中に変化を生じさせ、家族への想いを強くしたことがわかります。「家族の絆」を深く感じられるようになった想が、渚さんを本当の家族として感じられるようになり、「母さん」と呼べるようになった、と言えるでしょう。
 以上の内容で解答を作成しましょう。ここでは、2つのボリュームのある内容で構成しますので、文を2つに分けて解答を作ります。
 心情変化について答える際には、今回のように同じテーマについて書かれた部分を見つけ出せれば、変化の理由について正しく把握できることがあります。表現の結びつきには十分に注意しましょう。

≪予想問題2の解答例≫

佐喜子さんから「生きていればいいこともある」という言葉を聞かされたことで、母親と将来暮らせない不安から解放された。そして佐喜子さんとの会話を通して、離れて暮らしていても家族のつながりは守られると思えるようになったことで、家族の絆を強く感じ、渚さんのことを素直に母さんと呼べるようになった。(144字)

【最後に】

 冒頭でも触れました通り、本作品に収録された作品は基本的には大人向けで、特に一編目の『真夜中のアボカド』、四編目の『湿りの海』は大人の恋愛を描いており、小学生のお子様向けのものではありません。それでも16歳の少年の恋を描いた二編目の『銀紙色のアンタレス』、いじめに悩む中学生女子の元に事故で亡くなった母親の幽霊が現れる三編目の『真珠星スピカ』は、人物たちの細やかな心の動きがつづられていて、精神的に少し背伸びをした読書体験になるでしょう。まずは今回ご紹介した『星の随に』を読解のポイントを確認しながら読み進めてみてください。そして時間ができた時には、ぜひ二編目、三編目の作品も読まれてみてはいかがでしょうか。

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