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これまで『木工少女』が栄東中(2012年度)、桐朋中(2013年度)、昭和秀英中(2016年度)などで、『その角を曲がれば』が神奈川大附属中(2019年度)などで出題されてきた、濱野京子氏による本作品は、小学6年生男子が友人関係の中で揺れ動く姿が繊細なタッチで描かれており、来年度入試で多くの中学校からの注目を集めることが必至です。読みやすい文体で書かれていますが、他者を理解することの難しさやそれを成し得た時の喜びを、人物のちょっとした表情の変化や言葉から読み取る力が求められる、中学受験国語の読解力を養成する高レベルな読解テキストとして、貴重な一冊です。
≪主な登場人物≫
佐合理一郎(さごうりいちろう・小学6年男子。成績優秀で感情をあまり表に出さないタイプ。“リイチ”と呼ばれている。)
堀川海空良(ほりかわみそら・理一郎と同じ学校に通う小学6年女子。マイペースで理一郎とは会話がかみ合わないことが多い。)
中上大智(なかがみひろと・小4の2学期まで理一郎と同じクラスだったが、転校先で不登校になっている。)
木平亜梨子(きひらありす・理一郎とは幼なじみで現在は同じクラス。ぶっきらぼうなタイプのため、周りからは恐れられている。)
由希ちゃん(ゆきちゃん・理一郎の母親の妹で、理一郎にピアノを教えている。)
≪あらすじ≫
理一郎は合理的な考え方をする両親の影響もあり、無駄なこと認めず要領よく何事もこなすタイプの小学6年生男子です。ピアノを習っている由希ちゃんの家の近くで、同じ学年の海空良と出会い、そのことがきっかけで、小4まで同じクラスで転校した大智と再会します。同じ学校だった頃、自分の理解を超えた行動をとる大智に対し、どこか劣等感を抱いていた理一郎は、大智が転校先で不登校になっていることを知ります。その後、海空良に引っ張られるままに大智を含めた三人で過ごす時間を増やして行く理一郎は、自分とは全く異なるタイプの二人と過ごすうちに、彼らとの心の距離が縮まるような、言葉では説明できないような感覚を味わうようになります。
この物語の中学受験的テーマは「友人関係」です。合理的な考え方をする主人公・理一郎が自分とは異なるタイプの海空良、大智と過ごす時間を通して、自分の心境の変化を自覚しながら自分があるべき姿を見つめ直して行く過程、そしてそこに幼なじみの亜梨子との心の交流がどのように影響しているのかを読み取ることがポイントになります。また、中学受験の文章で多く出てくる典型的な考え方にとらわれず、文章に素直に向き合い、人物の性格を正しく把握する読み方が必要となります。
前半は理一郎が母親に内緒で海空良、大智とハイキングに行く場面、後半はその事実を知った母親と衝突した理一郎が、亜梨子が会話を交わす場面です。海空良、大智と過ごした時間、幼なじみの亜梨子との会話を通して、理一郎の心の中にどのような変化が生まれたのかを、文章中の表現から正確に読み取りましょう。
P.150の2行目に「よろこんでいいのかな……。」とありますが、このときの理一郎の様子を説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.大智を以前に助けたという記憶が曖昧で、海空良とはそもそも会話がかみ合わないので、二人の言葉が心に響いて来ない。
イ.せっかくハイキングにきて、同じ時間を過ごしてきたが、大智と海空良との間の心の距離を縮められないため、素直に喜べないでいる。
ウ.自分でも気づかなかった長所を大智と海空良に言い当ててもらって嬉しいのだが、それを表情に出すことに照れくささを感じている。
エ.勉強ができて、何事も要領よくこなせる点を大智や海空良が認めてくれるが、そんな自分はつまらない人間なのではないかと思っている。
この問題を解くうえで気をつけるのは、問題該当部の近くだけを見て解答を決めないという点です。読解問題を解くうえで、まずは問題該当部の直前直後から解答のヒントを見つけることはもちろん大事ですが、必ずしもすべての問題がその解答パターンで攻略できるとは限りません。解答のヒントが見つからない場合には、視野を広げて探し出すことが必要になります。そこで闇雲にヒントを探していては時間が足りなくなります。問題該当部とつながりが深い場面に目を行き届かせることをしっかり意識しましょう。
問題該当部の直前までの表現のみを見てしまうと、選択肢のアやイのように、理一郎が海空良と大智に対して打ち解けないでいる状態を重視してしまいますが、直後の以下の表現を読むと、理一郎が二人との時間を楽しんでいたことがわかります。
あえて時間のかかる道を選んだのは、少しでも長く三人で一緒にいたいという気持ちの現れと受け取ることができます。さらに、それに続いて、三人が声を合わせて歌う『パプリカ』の詞の以下の一節が出てきます。
理一郎が海空良と大智と過ごした時間を良い思い出として心に刻み付けていることが読み取れます。ここから、理一郎が海空良と大智との間に心の距離を感じていることを表す選択肢アとイは選べなくなります。
選択肢のウですが、普段からあまり感情を表に出すことのない理一郎の性格から考えると、「照れくささ」というのは当てはまりそうに思えます。ただし、それを裏付けるような理一郎の言葉や表情が見つけられないため、根拠が弱くなってしまいます。
そこで、後半の文章に目を向けてみましょう。亜梨子との会話の中で、理一郎が海空良と大智と行ったハイキングについて振り返る部分があります。その中に、今回の問題を解くうえで大きなヒントとなる以下の表現が含まれています。
そのまま選択肢エの内容と一致する表現です。海空良と大智と過ごす時間は楽しく、彼ら二人に対して反感を持つことはなく、むしろ二人といることで自分に何が欠けているかが見えてきた、といった気持ちが強いために、理一郎が二人の言葉に素直に喜べないでいると読み取ることができるのです。よって正解は選択肢のエとなります。
今回の解答の流れのように、まずは問題該当部の近くを見てヒントを探し、解答の根拠が見つからないと判断した場合には、すぐに他の関連する部分に目を移す、その一連の過程をできるだけ短い時間で進められるように、視野を広める意識を強く持っておきましょう。
エ
まずは理一郎がどのような性格の人物であるのかを確かめるために、他の人物が理一郎についてどのように表現しているか、言葉を探って行きましょう。まず理一郎が「要領が悪いし、よけいなことばっかする(P.160の14行目からP.161の1行目)」と考えている海空良の以下の言葉です。
そして、亜梨子が言う以下の言葉も理一郎の性格を知るうえで大きなヒントになります。
この言葉は「わからない」という問題該当部の表現が含まれていることからも大きな意味を持ちます。同じく亜梨子の言葉から以下の部分も気をつける必要があります。
これらの言葉から、理一郎の性格を端的に表した語句こそが、問題で指定されている「合理的」です。ここで注意して頂きたいのが、この「合理的」が文章中で出てくる以下の部分です。
物語文でも説明文でも、合理的という言葉が出て来た際に、「合理的にばかり考えていると、大事なものを見逃してしまう」といった内容のように、合理的のマイナスなイメージが強調されることが多くあります。そうしたよくある考え方に引きずられてしまうと、「合理的に考えて構わない」、と合理的のプラス面を感じ取っている理一郎の言葉が理解しづらくなります。国語の読解は文章で書かれた内容を読み取ることですので、先入観や固定観念は持たず、素直に文章に向き合うように心がけましょう。
≪予想問題1≫にあったように、自分がつまらない人間ではないか、と自信が持てずにいた理一郎は、自分とは全く異なるタイプの大智に対して、「うらやましいっていうか、すごいなって」(P.160の10行目)という想いを抱いていました。それが亜梨子との会話を通して、合理的に考えることが自分らしさであると自覚し、自信が持てたことで、「自分と他人の違い」を素直に受け入れられるような心の余裕が生まれた、と考えることができます。そして「だれかとかわりたいなんて考えない。やっぱりあたしがいい」(P.165の9行目から10行目)と言う亜梨子の、これまで知らなかった一面を知ったことで、わからなかったことを知る楽しさを感じられるようになった、と読み取ることができるのです。
問題ではそうした考え方に理一郎が至ることができた理由が聞かれていますので、理一郎が亜梨子との会話を通して、自信が持てるようになった部分を字数に合わせて説明するようにしましょう。
亜梨子との会話を通して、合理的に考える自分らしさを認められるようになり、自信が持てたことで、わからないことも受け入れられる心の余裕が生まれたから。(73字)
この作品の特徴のひとつは、主人公・理一郎の人物設定にあります。友人関係や心の成長を描く物語の多くが、主人公が出会う人物の方に強い個性があり、それに影響されて主人公の考え方が変わったり、また友人関係の深まりとともに、強い個性を持つ人物にも変化が起きて、互いの距離を縮めるといったパターンで描かれます。その点で、この作品の主人公・理一郎が「合理的な考え方」を強く持っているという設定は独特で、さらに本文でも触れました通り、マイナスなイメージで描かれることの多い「合理的な考え方」が、最終的には理一郎を支えるプラスの要因として表されるという特徴的な描写が、作品全体の大きな魅力になっています。そうした人物設定に対応するためには、先入観や固定観念を捨てて、素直に文章に向き合う姿勢が求められ、その姿勢を身につける意識を培うことこそ、読解力を大きくアップさせる要因になります。読みやすい文体で、約180ページとボリュームも少なめですので、5年生・4年生のお子様にもぜひ読んで頂きたい作品です。
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