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amazon『17シーズン 巡るふたりの五七五』百舌涼一(講談社)
中学受験の物語文で短歌・俳句・詩を題材として扱う作品はこれまでにも多く出題されており、その代表格が短歌を通した中学生女子たちの交流を描いた、こまつあやこ『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』で、2019年度入試で栄光学園中、海城中(第1回)、桐朋中(第2回)、鎌倉女学院(2次)、早稲田実業など、上位難関校をはじめ多くの学校で出題され大きな話題となりました。
その他にも、森埜こみち『わたしの空と五・七・五』が鴎友学園女子中(2019年度第1回)などで、森谷明子『南風吹く』が大妻中(2018年度第1回)、品川女子学院(2018年度第1回)などで出題され、2022年度の桜蔭中では高柳克弘『そらのことばが降ってくる 保健室の俳句会』が出題されました。
これらの作品に共通するのは、物語に出てくる中高生たちが、短歌や俳句を通して自分の新たな一面に向き合い、他者への理解を深めて行く過程が描かれている点で、そこにはSNSを通じた手短な会話が蔓延する現代の状況に流されず、心を込めてつむぎ出された言葉がいかに重要であるかを強く認識して欲しいという中学校の国語の先生方の意向が色濃く反映されていると考えられます。
また、鷗友学園女子中で出題された『わたしの空と五・七・五』と、桜蔭中で出題された『そらのことばが降ってくる 保健室の俳句会』では、どちらもクラスで自分の居場所を見出せない主人公が俳句と出会い、友人関係を変化させ新たな自分の姿を発見して行く姿が描かれていました。俳句を通して自分の考えを言葉にすることで、自己理解を深めて行く人物の姿が題材とされているところから、言葉の持つ力を信じて欲しいという中学校からのメッセージが強く感じ取られます。
今回ご紹介する作品もまた、小学校の頃に上手く言葉を発することができなかったために他者との交流に強い不安を抱き、心を閉ざしてしまった主人公の中学生女子が、俳句と出会い位、自己を取り戻して行く様子が丁寧な筆致で描かれており、上記にご紹介した作品と多くの共通点を持ちます。物語の中で幾度となく出てくる俳句に人物たちの想いが深く込められていて、その心情を読み取る過程が、物語文を読解する力だけでなく、俳句を鑑賞する力をも養成してくれます。
言葉の持つ強さ、俳句を通して成長して行く人物の姿を描き切った本作品は来年度入試で多くの中学校の注目を集めること必至です。読みやすい文体で書かれていますので、女子難関校を中心として、幅広い学校で出題される可能性が非常に高い一冊です。
≪主な登場人物≫
松尾音々(まつおねね:中学2年生の女子。小学1年生の時に吃音を指摘されたことがきっかけで話すことへの不安から言葉を発しなくなり、吃音は治ったものの小学校に通えなくなってしまう。中学進学を機に引っ越しをするが、中学校でも教室でほとんど声を発することなく、数少なく話す時には常に「五・七・五」の口調となる。)
天神至(てんじんいたる:音々の同級生の男子。クラスのムードメーカーとして人望が厚く、学級委員を務めている。学校の俳句部に所属していて、俳句に対する音々の稀有な感性を認めて、俳句部に勧誘するようになる。)
小林一(こばやしはじめ:音々の通う中学校の国語教師で、俳句部の顧問。校外で「句会」を催している。)
≪あらすじ≫
中学2年生の松尾音々は、小学1年生の時に自分の吃音を指摘されたことがきっかけとなり、言葉を発することを恐れ、小学校に通えなくなりました。中学進学時に引っ越しをしましたが、通っている中学でもほとんど話すことのないままに日々を送っています。
ある時、クラスの体育祭のスローガンを決めることになり、音々が作った「奪えない この青い春 何人(なんびと)も」という俳句型のスローガンが選ばれます。そのスローガンが音々によって作られたことに気づいた学級委員の天神至は、音々を校外で開催されている句会に招き、さらに学校の俳句部に勧誘したのでした。
※テーマについては、メルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。
この作品の中学受験的テーマは「挫折からの再生」です。「自己理解」に含まれるテーマの中でも特に頻出度の高いものです。この「挫折からの再生」をテーマとする作品では、過去の失敗や、心に深い傷を負った主人公が、自分に向き合うことで再生して行く過程で心を成長させるといった姿が描かれるケースが典型ですが、本作品の主人公・音々が俳句との出会いを通して、つらい過去によって閉ざした心を解放させて行く過程はまさにそのパターンがあてはまります。
音々が俳句と出会うきっかけとなったのが、クラスメートであるの天神の存在です。音々とは対照的なタイプの彼が強引とも見えるアプローチで音々を俳句部に誘い、そこで句を作る楽しみに出会えたことで、音々の才能が一気に開花して行きます。そして、共に過ごす時間を重ねる中で、音々が天神の過去を知り、理解を深めて行く様子には、重要テーマ「友人関係」のエッセンスが多分に含まれています。
音々が天神をはじめ、周りの人物に支えられながら、俳句の魅力に惹き寄せられ、徐々に自らを解放し、話す言葉も変えて行く過程をじっくりと読み解くことは、「挫折からの再生」という重要テーマを深く理解する貴重な機会となります。
また、本作品には俳句に関する基本知識が散りばめられているだけでなく、俳句が人物間の重要なコミュニケーションツールになっている様子が描かれており、中学校の国語の先生方の注目度を大いに高める要素が満載です。
音々が天神に導かれて、学校の俳句部に入部を決めてから、天神に「吟行(ぎんこう:俳句や短歌、詩を詠むための題材探しに出かけること)に誘われるまでの様子が描かれた章です。
天神や顧問の小林先生とのやりとりを通して、音々が俳句の世界に魅入られながら、新たな生きる道を見出して行く過程、その中で音々の中で天神への想いが大きくなって行く変化を、音々の言葉から的確に読み取ることがポイントです。
P.64の15行目からP.65の1行目に「みんなが知らない天神くんを知っている。それがなんだというのだ。自分には関係のない話だ。音々はそう自分に強く言い聞かせた。」とありますが、このときの音々の様子を説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.クラスの誰もが知らない天神くんの表情に触れられたことに優越感を抱き、舞い上がってしまっている自分の気持ちをおさえようとしている。
イ.自分が天神くんに強い恋心を抱いていることを自覚しながらも、天神くんがそれに応えてくれるはずがないため、諦めるしかないと思っている。
ウ.天神くんの真の姿を見て、はじめて心を許すことができる存在と出会えたと感じたが、それが思い過ごしであり、また傷つくことになると考えている。
エ.天神くんの他では見せない表情を見られたことで、天神くんとの心の距離が縮まったことに戸惑い、その状況を受け入れられないでいる。
クラスのムードメーカーで、人気者である天神くんの「普段見せない表情のオンパレード」(P.64の11行目から12行目)を目にした音々の反応について答える問題です。この場面での音々の姿には、恋心にも近い、自分でコントロールできない感情が表されていますが、こうした感情の読み取りが中学受験生、特に男子の生徒さん達にとって鬼門とも言える読み取り困難なものとなります。大人の皆さまからすれば容易に答えられる問題ですが、ここではじっくり音々の心の動きをひも解いて行きましょう。
まず、音々という人物がどのようなキャラクターとして設定されているのかについて確認します。同じ言葉で表された心情でも、その人物の性格や考え方によって意味するところが大きく変わってきます。心情を読み取る際には、必ずキャラクター設定について確認する習慣を身につけておきましょう。
音々がどのような人物かを知るにあたって、ヒントとなる以下の表現があります。
部活動や友だちと過ごす時間が費やされることの多い夏休みに、家族以外に会いたくないというところから、音々が他者との付き合いを遮断している様子がうかがえます。
さらに読み進めると、音々の本心を以下の部分から読み取ることができます。
この部分から、音々が本心では友だちと過ごす夏を楽しみたいと思っていることがわかります。自分の気持ちに素直に向き合えない音々の言葉には、読んでいて胸をしめつけられるような傷みがにじみ出ています。
本心では夏を楽しみたいと思いながら、他者とのつながりを拒んでしまう。音々がこのように本心を押さえつけている要因とは何なのでしょうか。先へ少し読み進めると、その内容が表されています。
ここで出てくる「あの子」について、物語の後半にその素性が明らかになりますが、この段階ではどのような人物なのかが明らかにされていません。ただ、今回出題が予想される箇所とした部分で、その人物の以下の言葉が、音々の回想として出てきます。
詳しい人物像が明らかにされなくとも、この人物の言葉に音々が深く傷つき、その苦しみに今も囚われていることがわかります。このつらい思い出を「上書き」して、「あの子」の呪縛から解放されなくてはいけないと音々は強く思っているのです。
こうして読み通すことで、音々が過去にある人物から自分の話し方を指摘されたことが心の傷となり、友人と過ごすといった楽しい時間を持とうとする意志を抱けなくなっている、という状況を踏まえることができます。
それに対して、天神至はどのような人物として描かれているでしょうか。俳句部に入ることを決めた音々に対して、顧問の小林先生が天神至に関するエピソードとして、「超イケメン」である天神に告白した女子部員たちがことごとくフラれてしまい、退部していったことを明かします。
学級委員で常にクラスの中心にいて、女子からの人気も高い天神と、クラスではほとんど話すことのない音々。対照的なタイプとして2人が描かれていることを踏まえて、問題該当部での音々の様子を探って行きます。
問題該当部と同じような思いを、その直前に音々は吐露しています。
問題該当部での「強く言い聞かせた」そしてこの部分での「慌ててそれを打ち消した」という表現に、恋心にも通じる、自分の心情がコントロールできていない状態が示されています。
ただ、ここで音々が天神に確かな恋心を持っていると決めつけることはできません。もちろん自分とは正反対のタイプでありながら、強いパワーで自分を俳句の世界へと誘ってくれる天神が音々にとって大事な存在になっていることは明らかなのですが、それがイコール恋であるとまで確定できない要素があります。それが、音々が「夏の思い出」を上書きしたいとした部分の直前の、以下の表現に含まれています。
友だちかどうかもわからない相手に確かな恋心を抱いてると解釈するのは、やや飛躍し過ぎになってしまいます。物語全体を通せば、この後に音々が恋心を抱いていると読み取ることができる表現も出てきますが、この問題該当部の時点では、はっきりと恋心と決める要因が足りません。
それでも、音々が自分の抱いている感情が恋心であると自覚できていないと考えることはできます。いずれにしても、これまで家族以外の他者との関わりを一切閉ざしてきた音々にとって、それが恋であるかどうかに関わらず、大事に思う相手との距離感が縮まることに、戸惑いを感じ、その想いを受け入れられないでいると読み取ることができるのです。
そのうえで、選択肢を見てみると、音々が恋心を自覚しているとするイは不適切となります。アについては、音々が優越感を抱き、舞い上がっているとまで言い切れるだけの要因は文章中に表されていませんので、当てはまりません。ウについては、音々が傷ついてる理由が思い過ごしによるものかどうかは、この時点では明らかではありませんので、答えとして選ぶことはできません。よって、正解はエとなります。
エ
P.71の12行目に「中庭の木々に反射した太陽の光が、シュワシュワとサイダーみたいに弾けていた。」(傍線Aとします)とありますが、この問題文では「サイダー」が様々な役割を担っています。「サイダー」の役割について説明した以下の文の空欄ア~ウにあてはまる言葉を、アは問題文の中から3字で抜き出し、イは10字以内、ウは80字以内でそれぞれ考えて答えなさい。句読点も一字として数えます。
季語として使われる「サイダー」は、音々が俳句の( ア )と、天神くんと小林先生の( イ )を知るきっかけとして使われており、傍線Aでは、( ウ )を象徴するものとして使われている。
文章中で複数の役割を担う存在がテストで出題対象となるケースはとても多く、その中には特に麻布中で多く使われる、「人物の心情の変化を象徴する存在」といったパターンも見られます。麻布中2023年度の寺地はるな『タイムマシンに乗れないぼくたち』での、コーラの味の変化などがこのパターンに該当します。
この文章の中で「サイダー」は、俳句部に入った音々に渡された「俳句歳時記」の中から、音々が最初に選んだ季語とし出てきます。この季語を用いてまず音々が作句し、それに応えて天神くん、小林先生がそれぞれにアレンジを加えて句を作るのですが、この場面では言葉の選び方ひとつで句によって表現されるイメージが大きく変わって行くことが端的に示されています。
問題のアに入る言葉ですが、抜き出し問題では該当する言葉が含まれるおおよその範囲を定めて探す流れが鉄則となります。ただし、入試問題でも模試の問題でも、抜き出し問題には難問が多く、答えを探すのに時間がかかった挙句に見つからないというケースが多く発生してしまいます。時間がかかりそうな場合は、早期に問題を抜かす判断を下すように心がけましょう。
この問題では、「サイダー」を使った句を3人が作る場面に、音々の俳句に対する考え方が表される可能性が高くなりますので、その範囲に絞って探してみると、以下の一文が見つけられます。
ここから、アに入る三文字が「奥深さ」であるとわかります。直前にある「俳句の」という言葉が解答のヒントになるため、この言葉は何とか見つけたいところです。
その直後に以下のような、イを答えるヒントとなる、音々の言葉があります。
「サイダー」という季語を見てすぐに句を作り出した音々に対して、天神が「一瞬の閃きをすぐ音にできるのは僕もすごいと思ったよ」(P.59の6行目)と言ったように、音々の俳句に対する感性は優れたものですが、その音々をもってしても、天神くんと小林先生の作句のレベルは高いものだったのです。
イにあてはまる解答をつくるにあたって、「すごい」という曖昧な言葉が使えないことは明らかです。音々がすごいといった2人の作句レベルの高さを、解答としてふさわしい言葉で答える必要があります。ここでは、「作句能力の高さ」か「作句技術の高さ」といった言葉が妥当であり、具体性を持たせるには、後者の方がより良いでしょう。
ここまでは問題の難度も低く、スムーズに解答できる内容ですが、ポイントはウに入る表現です。サイダーを季語として音々が最初に作った句では、「気が抜けたサイダー」という表現で、サイダーの弾ける印象は使われていませんでした。それに対して、問題該当部(傍線A)でのサイダーは「太陽の光が、シュワシュワとサイダーみたいに弾けて」と、明るく軽やかなイメージを喚起させるものになっています。
このことから、傍線Aでサイダーという言葉を使った音々の心情は、他者とのつながりを絶っていた状態とは異なり、明るく前向きになっていると読み取ることができます。そこで、傍線Aの直前を見てみると、音々の心境の変化が、はっきりと表されている以下の部分があります。
俳句との出会いによって、それまで前に進む気持ちになれずに日々を過ごしていた自分が、新たに歩むべき道が見えた、と前向きな気持ちを抱くことができるようになった音々の姿が表されています。この部分だけで解答を作ることもできますが、制限字数を踏まえ、音々の変化をより克明に説明するには、前に進めないでいた音々の状態にまで触れた方がよいでしょう。
≪予想問題1≫でも取り上げましたが、音々が心を閉ざすきっかけとなったのは、「あの子」の言葉です。先にも挙げました音々の「いつまでも「あの子」に囚われていてはダメだと。」(P.71の4行目から5行目)という言葉に集約されるように、それまでのつらく苦しい過去にいつまでも囚われずに、前に進みたいという音々の強い想いが、シュワシュワと弾けるサイダーの様子に込められていると考えられます。
解答方針は定まりましたので、制限字数に合わせて解答を作って行きます。
ア:奥深さ
イ:作句技術の高さ(7字)
ウ:天神くんに誘われ、俳句と出会えたことで、それまでつらい過去に囚われていた自分と決別し、新たな人生を歩んで行きたいと思えるようになった音々の前向きな気持ち(76字)
今回ご紹介した箇所から後、主人公・音々は様々な困難に直面しますが、天神や小林先生をはじめとした周りの人々の優しさ、そして俳句への深い想いに支えられて、前へ前へと進んで行きます。クライマックスの俳句甲子園の場面では、時間を忘れてページをめくってしまう程に物語のスリリングな展開に引き寄せられて行きます。
そして終盤にかけて天神の過去が明かされたところで物語は一気に深みを増し、怒涛の勢いでラストへと向かって行きます。音々たちと共に駆け抜けるように物語を読み終えた時には、何とも清々しい多幸感に包まれることに気づかされるのです。
五・七・五の口調で話す音々の言葉も、読み進めるうちに俳句と同じようなリズムの美しさが感じられるようになり、音々への感情移入が促されます。美しい言葉にあふれた物語の世界に没入することで、人物たちの心の成長をゆっくりと読み取りながら、俳句が織りなす言葉の響きをじっくりと鑑賞することができます。
読みやすい文体で、言葉の持つ強さ、挫折から再生して行く主人公の姿がじっくりと描き込まれています。6年生はもちろん5年生のお子様にもぜひ読んで頂きたい貴重な一冊です。
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