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中学受験の国語で大人向けの文章が多く出されることは、これまでもこのメルマガで何度かお話してきました。実際に入試問題の出典を見てみると、論説文で出題されているほとんどの文章が「新書」で出版されている作品からのものになります。こうなると、中学受験に挑む小学生のお子さんにも、新書をぜひ読むように薦める必要が出てきます。
そうは言っても「新書なんて難しいし堅苦しいし、もともと本を読まないうちの子には無理」と思われる親御さんも多いと思います。新書の歴史は1938年創刊の岩波新書に始まりますが、その理念は「現代人の現代的教養を目的」(「岩波新書を刊行するに際して」岩波茂雄より)であるとのことです。そうなると小学生が読んで吸収できない内容が多々出くるのは当然のことでしょう。2003年に発刊されベストセラーとなった養老孟司の『バカの壁』、今年最も売れた本である阿川佐和子の『聞く力』はいずれも新書ですが、売れたからお子さんが読める本だとは言えません。新書が小学生に難しすぎるというのはもっともなことです。
ただし新書はテーマが明確に決まっていますので、そのテーマがお子さんの趣味嗜好に合うものであれば、意外と読み進めるのに苦労しないかもしれません。自分の好きなテーマについて一冊でも読破すれば、「自分は大人が読む新書を読んだんだ!」という達成感から他の新書にも手を伸ばすきっかけをつかみ、いずれはサピックスや日能研に行く道すがら、あるいは休み時間に新書を読むようになるかもしれません。大事なのは入り口、きっかけです。
そこで今回は中学受験に挑むお子さんにお薦めの新書を3冊紹介します。岩波書店のジュニア新書のような読者の対象年齢を下げたものではなく、すべて大人向けの新書です。お子さんのモチベーションをアップさせるためには、知的な背伸びをすることがとても大事なので。スポーツ好きな男子や、スイーツ好きな女子など、生徒さんのタイプによって選べるように、できるだけテーマやテイストの異なるものを挙げています。少しでもお子さんが新書に触れるきっかけになればと思っています。
テレビなどにも多数出演しているスポーツジャーナリストの二宮清純が、プロ野球選手を「職人」としての魅力から紹介している内容です。目次が、「1番センター福本豊(元阪急ブレーブス)、2番セカンド松井稼頭央…」と選手が打順・守備位置で構成されているところがまず目を引きます。時代を問わずに選出しているので、お子さんが知らない選手もいるかと思いますが、例えばお子さんに「4番サードは誰だと思う?」などと聞いてみると、一気に関心が高まって、本書を読み始めるきっかけになるかもしれません。
本書の一番の魅力は、選ばれる職人が選手だけではなく、投手コーチ、スカウト、フロントからアンパイアまで、野球に関わる様々な人物にまでわたることで、野球の世界の奥深さを感じられることにあります。
例えば投手コーチの職人として紹介されているのが、元阪急ブレーブスの投手で、現在は東北楽天ゴールデンイーグルスの投手コーチとして活躍している佐藤義則です。野球好きなお父様でしたらご存知かと思いますが、現役時代には最優秀防御率、最多勝利も獲得し、1995年には40歳でノーヒットノーランも達成した名投手でした。現役引退後は、オリックス、阪神、北海道日本ハムで投手コーチとしてチームの優勝にも貢献し、現在は球界有数の投手コーチと言われています。現役時代から酒豪で有名な佐藤コーチですが、選手育成となると、とてもきめ細やかな視線を走らせていることが文面から伝わってきます。投手のヒザの踏ん張りにこだわる理由などが紹介されていますが、極めて論理的で明解です。現在はメジャーで活躍するダルビッシュも北海道日本ハム時代に佐藤コーチの指導を受けており、その経験から東北楽天のマー君こと田中将大に「佐藤さんについていけば間違いない」とアドバイスしたそうです。
テレビで試合だけ見ているだけでは気づかない、表舞台を裏で支える仕事があることを知り、その仕事を極める職人たちの言葉に触れることで、物事を多面的にとらえるという中学受験で求められるものの見方が身に付く効果が望めます。選手たちの言葉がそのまま引用されているところが多いですが、地の文はしっかりした日本語で書かれていますので、お子さんが読むのに全く問題ありません。野球に限らずスポーツ好きのお子さんにはぜひ触れてほしい一冊です。
多くのお子さんが大好きなディズニーですが、『白雪姫』や『ピノキオ』などのディズニークラシックスと呼ばれるアニメーション映画の中で古典童話を原作にしている作品には、もとになったものからずいぶんとテイストが変えられたものがあります。本書の言葉を借りると、「原作となった古典童話は、アニメーション映画のストーリーと異なり、残酷で暴力的で、しばしば猟奇的で倒錯的ですらある」とあります。本書はそうした原作のあるディズニー映画のいくつかを題材に、原作を解説したうえで、そこにディズニーがいかに夢と感動を込めていったのかを紹介しています。
例えば『ピノキオ』の章。映画では無邪気な性格で描かれるピノキオですが、イタリアのカルロ・コッローディによる原作『ピノッキオの冒険』では、自己中心的で、なまけもので、愚かで、また恩知らずといったかなりブラックなキャラクターとして描かれています。映画で重要な役割を担うコオロギのジミニーは、原作ではピノキオに親身な忠告したことが仇となり、ピノキオの手によりハンマーで撲殺されてしまいます。また、原作のピノキオは追いはぎにあって縛り首にあったり、遊びほうけてロバになって海に沈められてしまいそうになるのですが、こうした場面はかなりリアルに残酷に描かれているそうです。それでも読者達は、悪いことばかりするピノキオに対して、身から出たサビと感じることが多かったとのこと。映画で流れるあの名曲『星に願いを』があまりに不釣合いな世界です。
こうした原作と映画のギャップを見ることは楽しくもありますが、大事なことは原作でピノキオが愚かに描かれ、残酷な場面が多いことの背景に何があるかです。作者のコッローディーは、人間はわがままで浅はかで頑迷な動物なので、相当痛い目にあわない限り、自分の愚かさや罪に気がつかないという人間観を持っていたそうです。またこの作品が書かれた当時のイタリアは独立戦争とエチオピアとの戦争の中間時にあったため、イタリア人は身近なところで戦争による残虐な場面をいくつも見ていたそうです。そんな時代だからこそ、うわべだけの建前や人道主義ではなく、現実が本来残酷であることを訴えなければ読者には響かなかったと本書では説明されています。
今回紹介する書籍の中では最も大人向けの要素が色濃いですが、その分語彙を増やせますし、何より意外な発見にいくつも出会える楽しさがあります。物事を深く理解するには表面的な理解にとどまらずその背景にまで目をやる必要があること、ひとつの作品を作り出すのに、製作者達がどれほどに苦労するかを知ることもできる内容です。ちなみに本書の序章の一部が、世田谷学園中学校の2007年度第1次国語で出されました。
かなり残酷な描写もあり、また「死体愛好」や「誘う女」など刺激の強すぎる言葉もありますので、まずは親御さんが読まれてから、お子さんに見せられるところを抜粋した方がよいかと思います。お子さんの知的好奇心を刺激するのにお薦めの一冊です。
自由が丘のパティスリー「モンサンクレール」のオーナー・パティシエである辻口博啓に、ライターの浅妻千映子がインタビューした内容がつづられているので、文体はほとんど口語体で進みます。そのため非常に読みやすいのですが、文章構成や語彙に気をつけて読み進めることを求められる論説文対策にはなりません。それでも、一流と呼ばれる人物がそこに至るまでに精神的、肉体的な戦いをどれほど積んできたかを見ることができる点で、お子さんの人間観を養成する目的で充分に活用できると思います。
本書の目次を見ると、ショートケーキ、シュークリームとプリン、ショコラなど、ケーキの名前がずらりと並んでいます。基本的には辻口氏がどのようにケーキや焼き菓子を作っているかが紹介されています。例えばモンブランについて、「絞り出してあるマロンクリームは、バタークリームにマロンペースを合わせ、そこにラム酒を利かせた大人っぽい味。中は生クリーム。このクリームには、一切砂糖を加えていません。純粋に、フワッとした生クリームの味だけです」など、ケーキづくりを経験したことのあるお子さんでしたら、読み入ってしまうでしょうし、ケーキを食べることが好きなだけでも、想像するだけで楽しくなってしまうような文章が散りばめられています。手書きの挿絵もあるので、お子さんはワクワクしながら読めるでしょう。
そんなケーキづくりの紹介に織り交ぜて、これまでの辻口氏の半生が語られています。今では世界一のパティシエとも呼ばれていますが、コンクールで優勝するまでには知られざる苦労がいくつもあり、実家の和菓子屋が経営危機に陥ったことで、パティシエの道を断念しなければならない状況になったこと、修業していた店を辞めることになり、工事現場で日雇いの肉体労働をした時期があったことなど、華やかなケーキの世界とはあまりにかけ離れていますが、それらを辻口氏が乗り切れたのは、自分の道を極めたいという強い意志があったからこそだと強く思わされます。受験という試練に立ち向かっているお子さんにも、辻口氏の半生は強いメッセージになるのではないでしょうか。ちなみに辻口氏は高校時代にテニスで県の三位に、極真空手では黒帯のひとつ手前の茶帯まで進み、応援団長もしていたとのことで、強靭な精神力は強靭な肉体に宿ることを改めて思い知らされます。
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