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amazon『17歳のサリーダ』実石沙枝子(講談社)
今年度の栄東中(A東大)で出題された『物語を継ぐ者は』の著者・実石沙枝子氏による成長物語の傑作です。親友と自分へのいじめを放置した学校をやめた女子高校生の新菜(にいな)が、ふとしたきっかけで出会ったフラメンコの世界に魅了され、フラメンコの歌手である青年ジョージやダンサーである玲子先生との心の交流を経て、自分の進むべき道をつかみ取って行く姿が描かれています。
今年度入試でも多く見られた、「他者理解」+「自己理解」という最重要テーマが描き込まれおり、特に「挫折からの再生」という、これも今年度入試で出典となった多くの作品で題材となったテーマが、読み手の心をわしづかみにしながら突き進むストーリー展開の土台となっています。
主人公・新菜が苦しみの中から未来をつかみとって行く姿が、フラメンコの圧倒的な躍動感に満ちた描写と合わせて表され、物語を楽しみながら、テーマ学習を進めることができます。また、中学受験物語文における高難度の表現技法「象徴的存在」が使われていることもあり、来年度入試では、男子校・女子校に関わらず上位校から最難関校まで幅広い学校での出題が予想される一冊です。
「象徴的存在」につきましては、バックナンバー『中学受験国語の新定番「象徴的存在」とは何だ!?』にて詳しく解説しておりますので、ぜひご一読ください。
≪主な登場人物≫
畑村新菜(はたむらにいな:静岡に住む高校2年生の女子。幼稚園から小学四年生までバレエを、中学入学からは中高一貫校の部活でチアをやっていた。親友と自分が受けたいじめに対して放置していた学校をやめて、目標もないままに暮らしていたが、偶然出会ったフラメンコの世界に足を踏み入れる。)
才原譲司(さいばらじょうじ:通称「ジョージ」。プロのカンタオール(フラメンコの歌い手)の男性。偶然出会った新菜に声をかけ、フラメンコの世界へと誘う。)
有田玲子(ありたれいこ:フラメンコ舞踏家で、スクールの先生としてフラメンコを教えている。)
早川英美里(はやかわえみり:新菜の親友で、新菜は「ミリちゃん」と呼んでいる。高校一年時にいじめを受けたことで深く傷つき、父親の単身赴任先である福岡に転居する。新菜とは手紙を交わしているが、精神的な苦痛から回復できないでいる。)
田代樹梨(たしろじゅり:新菜の同級生であり、早川英美里、新菜へのいじめの主謀者。新菜が通っていた学校には中学受験では合格することができず、高校から入学してきた。)
島原先生(しまばらせんせい:新菜が所属していたチア部の顧問の先生)
≪あらすじ≫
畑村新菜は学校でいじめにあう親友の早川英美里(ミリちゃん)をかばったことで、ミリちゃんが学校を去ってから、次のいじめの標的となります。いじめの首謀者である樹梨になぐりかかろうとしたところケガを負いますが、学校側が真摯に事態を受け止めようとしないことを知り、学校をやめる決断をします。
目指すべきものもないままに日々を過ごしていた新菜は、洋食レストランのコックであるジョージがギターを奏で、ガロティン(フラメンコの歌)を歌っているところに遭遇したことがきっかけとなり、玲子先生がフラメンコを教えるスタジオに見学に行くことにします。そこで即興でジョージのギターに合わせて踊る新菜を見た玲子先生は、新菜に強くフラメンコを始めることを勧め、新菜も次第にフラメンコの世界に魅了されて行くのでした。
※テーマについては、バックナンバー「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。
この作品は2大重要テーマの「他者理解」と「自己理解」のどちらをも題材としています。新菜が周囲の人物との関係を変化させて行く過程、特に自分を救ってくれたジョージが同級生だった同性の男性に、かなわぬ想いを寄せていることを受け止め、ジョージへの理解を深める過程では「他者理解」、そして新菜がフラメンコと出会い、自らの可能性を見出して行く過程では「自己理解」の要素が色濃く表されています。
今回のメルマガでは、「挫折からの再生」という「自己理解」に含まれるテーマの中でも特に頻出度の高いものが扱われた場面について取り上げます。
この「挫折からの再生」をテーマとする作品では、過去の失敗や、心に深い傷を負った主人公が、自分に向き合うことで再生して行く過程で心を成長させるといった姿が描かれるケースが典型ですが、本作品で新菜がフラメンコとの出会いを通して、つらい過去に向き合い、その呪縛から心を解放させて行く過程はまさにそのパターンがあてはまります。
新菜の心を沈めていた要素とはどのようなものか、その苦しさから解放させるきっかけとして、ジョージのどのような言葉が新菜に響いたのか、といった自己理解を深めるきっかけと過程をじっくりと読み解いて行きましょう。
新菜が、自分の知らないうちにエントリーされていたダンスフェスティバルに参加することになり、会場で樹梨と再会し、挑発されたことで激しい怒りと心痛を感じる場面に始まり、その場を立ち去ろうとするもジョージの説得でとどまり、かつて自分が所属したチア部の前でフラメンコを踊り切り、新たな一歩を踏み出すきっかけを得るまでの様子が描かれた箇所です。
新菜がジョージの言葉から何を受け取り、過去に向き合う覚悟を持つことができるようになったのか、その心境の変化を的確に読み取って絵行きましょう。また、新菜の心情を象徴的に表す表現を見逃さないように注意しましょう。
解答のポイントは「荒療治」という言葉の意味を踏まえ、ここでの新菜の状況にどのように当てはまるのか、正確に把握し、説明することにあります。
まず、「荒療治」という言葉の辞書での意味ですが、「患者の苦痛などかまわず、手荒く治療すること」(Oxford Languages)とあります。この定義における「患者の苦痛」とはもちろん新菜の苦痛であり、その苦痛が何かについては、問題該当部の前に、新菜と、かつていじめの首謀者であった樹梨が会場のトイレで偶然出くわす場面を読むことで理解ができます。
樹梨は全く悪びれることもなく、むしろ新菜を挑発する言葉を次から次へと繰り出します。その言葉の詳細については割愛しますが、その場を走り去る新菜に樹梨は以下のような言葉さえ投げつけます。
この場面での樹梨の言動には、傍観者である読者の立場でも、まさに新菜の言葉通り、「内臓が沸騰しそうな」憤りを感じてしまうほどに、容赦ない悪意と心の深い闇が見られます。物語に感情移入し過ぎて、樹梨への怒りから正しい読解が滞ることがないように気をつけましょう。
こうした仕打ちを受けた新菜の姿を見ると、「荒療治」の言葉の意味にある「患者の苦痛」が、いじめられた過去を思い起こすことである点はすぐに把握できるでしょう。
それでは、「手荒く治療する」とある「治療」とは何を指すのでしょうか。
ここでは、激しく憤り、会場を去ろうとする新菜に、ジョージがかけた言葉から、解答の要素を抽出して行きましょう。
樹梨と会い、悪意に満ちた言葉の数々を投げつけられたことを新菜から聞かされたジョージは以下のような言葉を新菜に伝えます。
注目すべきは、このジョージの言葉に対する新菜の反応が以下のようなものであったことです。
ジョージの言葉は相手を選ぶもので、何と言われても樹梨に立ち向かう意志が持てない人物が聞いても、響くことはなかったかもしれません。
それに対して新菜は悔しさを感じ、怒りを別のエネルギーに換えることができています。ここからは、ジョージが新菜と過ごした時間の中で新菜が心の奥底に強さを持っていることを把握している様子がうかがえます。
新菜とジョージが心の奥底でつながっていることは、この後に続く以下の部分からも読み取ることができます。
最後のジョージの言葉には思わず拍手をしてしまうほどの爽快感があり、また、言葉は乱暴でもしっかり新菜の心に寄り添ってくれるという深い優しさを持つジョージの人柄がにじみ出ています。
そして「一人でステージに上がるのではないと思い出した」という言葉に、新菜にとってジョージが、孤独から抜け出させてくれる大事な存在であることが表されています。
こうしてジョージの言葉を追うことで、ジョージや新菜の母親、そしてこの場面には登場しませんが、新菜にダンスフェスティバルに参加することを強く推した玲子先生が、新菜に施そうとする「手荒い治療」の中身が見えてきますが、より決定的な言葉が、これより後に示されています。
この後、新菜はステージに立ち、見事なフラメンコを披露し、観客席からの「噴き出すような拍手」(P.111の10行目)に包まれます。
新菜の「さあ見ろ、見せつけてやる。これが高校をやめたはぐれ者の、今だ。」(P.111の1行目から2行目)という心の叫びから始まる、見開き2ページのフラメンコの場面は、読んでいて一気に血流が上がるような圧倒的な迫力に満ちています。本書を読み始めて、なかなか気持ちが乗らない場合でも、どうかこの場面までは読み進めて頂きたいと強く願います。新菜が新しい自分をつかみとって行く様子が表された、物語全体の中でも重要な意味を持つ、圧巻の名場面です。
踊り終えて、ジョージとの会話を交わした最後に、新菜は以下のような言葉を発します。
ここに、「荒療治」の真意が表されています。いじめを受けた過去の呪縛にとらわれている新菜を解放させたい、いじめを過去のものとして、新たな一歩を踏み出して欲しい、という母親、ジョージ、玲子先生の想いがあると読み取ることができるのです。
以上から、「心の苦痛」は、「かつて自分をいじめた樹梨と再会すること」、そして、「手荒く治療する」は、「いじめられた過去に向き合い、いじめが過去のものであると考え方を変えること」として解答を作ってみましょう。
親友と自分をいじめた樹梨と再会してつらい想いをすることがあっても、ダンスフェスティバルを、いじめを過去のものとして、新たな人生を歩めるように考えるきっかけを得るための場とすること。(90字)
この問題で問われているような、「一見関係がないと思われるが、実は登場人物の心情・人間関係などを象徴的に表しているもの」は「象徴的存在」とも呼ばれます。例えば、友人との別れを終えた主人公が見上げた空が美しい夕焼けだった、といった場面での「夕焼け」に、友人と別れたことの悲しさ、あるいは2人の将来(明日)が晴れやかなものになるといった意味が暗に示されている、といったパターンで表されるものです。
こうした象徴的存在が中学受験の物語文で出題対象になるケースが、麻布中や学習院女子をはじめとした、物語文出典に定評のある学校で多く見られます。麻布中の2023年度『タイムマシンに乗れないぼくたち』(寺地はるな)では、主人公の草児が孤独感から解放される様子が、それまで甘いと感じなかったコーラの甘さを感じられたという変化を持って表されており、「コーラの甘さ」が主人公の心情の変化を象徴的に示していました。
この問題では、ダンスフェスティバルでフラメンコを踊る前には、会場で樹梨に会ってしまうのではないかという不安から沈みこんだ気持ちでいた状態から、≪予想問題1≫で取り上げたような、会心の踊りを披露して、過去の呪縛から解放された状態へと変化した新菜の様子を象徴的に表す存在を答えることになります。
先に正解をご紹介すると、「富士山」となります。
まずは、今回【出題が予想される箇所】とした部分の冒頭、新菜がジョージの運転で会場に向かう場面で、以下のように富士山の様子が表されていることを確認しましょう。
「荒々しい」や「威圧感」という言葉に、富士山を見る新菜が緊張感と追い詰められた気持ちに支配されている様子がうかがえます。
それに対して、フェスティバルが終わり、ジョージと帰途につく新菜の目に映った富士山は、以下のように表されています。
荒々しかった富士山が淡いピンクに染まり、表情がやわらいでいるように見える、といった対句のような表現技法を通して、新菜の心情が、晴れやかに解放されていることが伝わってきます。
象徴的存在は、この問題での富士山のように「変化」を表すことが多くあります。「やわらぐ」という言葉には緊迫感がなくなるという変化が表されていますので、この言葉だけでも富士山を解答として見つける大きなヒントになります。
ただ、この問題でも富士山が最初に登場してから再登場するまで、本にして13ページも離れているように、象徴的存在は本文中の離れた箇所に置かれることが多いです。それだけに、一度問題を読み終えてから、改めて本文に戻って探すとなると、多くの時間を割いて、結局見つけられない、というケースが起こりがちです。
本文を読んでいる時から、「同じものが出てきた」と気づいた際には線を引くなどマークをしておいて、そのものについての表現の違いを比較できるようにしておきましょう。また、そうした気づきができるように、普段から一見関係がないと思われるものが本文中で複数回出てくることがないか、強く意識する習慣を身につけておいてください。
この問題の解答とは別になりますが、新菜の心情の変化をより深くつかみとるために、注意して頂きたい箇所があります。
新菜がフラメンコを踊っている際中の以下の部分です。
フラメンコに身を委ねることで、マイナスの感情を一気にプラスに変換させて行く、まさに新菜にとって「過去になるべきものが、過去になった(P.1141の13行目)」ことを体感する瞬間となります。物語全体でも大きな分岐点になる部分ですので、見逃さないようにしてください。
富士山
今回ご紹介した部分から後、新菜はフラメンコの技術を向上させて行くと共に、ジョージやミリちゃん、そして自分をいじめた樹梨との関係を少しずつ変化させて行きます。
その中でも、自分を孤独から救い出してくれたジョージの過去、同性の男性に深い好意を寄せていることを知った新菜が、ジョージの心に寄り添い、ジョージが過去の自分に向き合い、そこから再生のきっかけを得るための行動をサポートする、といった物語後半の展開には、新菜が「他者理解」を深める様子を見ることができます。
「他者理解」を経て、自らの過去に向き合い、「自己理解」を深めることで成長し、そしてまた「他者理解」を深める、といったテーマ構成は、まさに近年の中学受験物語文の黄金パターンを学習するうえで格好の教材と言えます。
そして何より新菜がフラメンコを踊る場面は、踊りが終わった瞬間に思わず拍手をせずにはいられなくなってしまう程の臨場感、迫力に満ち満ちています。フラメンコの専門用語も多数出てきますが、それが気にならない程に、心の底から楽しめる描写に出会うことができます。
新菜をはじめ、ジョージや玲子先生、そしていじめの首謀者である樹梨にも、それぞれに抱える過去や苦難がしっかりと描かれていることで、人物たちに対する洞察を深めることもできます。
魅力的なキャラクター設定に、臨場感に満ちたフラメンコの描写、そしてページをめくる手が止まらなくなるようなストーリー展開を楽しみながら、中学受験物語文の重要テーマを深く学習することができる、まさに稀有の一冊です。
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