No.813 駒東2018、市川2016で出題!重要テーマ「孤独」を読み解く!『線は、僕を描く』砥上裕將(講談社)

amazon『線は、僕を描く』砥上裕將(講談社)

 人生経験の少ない小学生に「孤独」は理解しづらい概念ですが、中学入試はそこを突いていきます。今までも、駒場東邦中(2018)市川中(2016)など、深い孤独の中にある人物を描いた作品は数多く出題されてきました。そこで今回は、重要テーマ「孤独」の攻略に最適な作品をご紹介します!
 メディアでも多く取り上げられている話題作ですので、すでにお読みになった親御様もいらっしゃるのではないでしょうか。両親を事故で亡くした青年が水墨画の世界に出会い、水墨画を描くことで再生して行くという青春小説であり、紡ぎだされた表現の端々に悲しみと切なさと優しさが満ち溢れている傑作中の傑作です。
 ここでは、特に読み取って頂きたい2つの場面をご紹介します。

【孤独の共有が織りなす心の交流】P.144~165

 主人公の「僕」(青山霜介)が、水墨画の大家である藤堂翠山のもとに訪れる場面です。初めは僕のことを気にもとめていなかった翠山が次第に僕を受け入れていくその変化に注目してください。僕の行動とそれを見た翠山の反応は以下のように進んでいきます。

1. 亡くなった翠山の妻の仏壇にお参りをしたいと申し出る。
翠山 目を少しだけ開く。

2. もてなされたお茶を飲み、「美味しいですね」と声を掛ける。
翠山 驚いたように顔を上げ、少し微笑んでうなずく。

3.翠山 僕に改めて名を聞く。
4.翠山 僕のために水墨画を描く。

 1と2の僕の行動が翠山の心を動かし、僕を認めるきっかけになっていることがわかります。仏壇にお参りをする、お茶の感想を述べるといった一見当たり前の行動が、なぜ翠山の心に響いたのでしょう。
 数行後にある僕の言葉が、その理由を表しています。

翠山先生は僕らではなく、亡くなった奥様とお茶を飲んでいたのだ。僕にもその気持ちは何となくわかった。遺された人は、気づかれないように亡くなった人たちとの時を過ごしているのだ。

 共に愛する存在を失い、孤独から抜け出せないでいる者同士だからこそわかり合える心の交流、深い心のやりとりがほんのちょっとした行動や言葉を通して描かれていることに、ぜひ目を向けてください。
 さらにこの場面の最後で、翠山と僕がほとんど言葉を発しない理由が、僕の言葉でつづられています。 

聞き慣れたその声で、気づいてしまうからだ。自分がまだそこにいて、自分の本当の気持ちが、自分の語りや声の中にいつも潜んでいることに。

 孤独が深ければ深いほど、人はそこから容易には抜け出せない。自分の声を聞くことで、自分がまだ悲しみの最中にいることに気づいてしまうという強い不安を抱えている。こうした深い悲しみに満ちた表現があることをぜひ知っておいて頂きたいのです。

【孤独が作り出す相反する心情】P.197~203 

 僕は自分が両親を亡くしたことを初めて親族以外の他人に明かします。その相手が、師である篠田湖山の孫であり、自身も天才的な水墨画家である千瑛(ちあき)という女性です。
 当初は僕に対して敵対心をむき出しにしていた千瑛ですが、次第に僕の才能を認めるようになります。僕の過去を知り、深い孤独や悲しみと向き合うことが僕の作品をこの上なく美しいものとしていることを知った千瑛が、その手を僕の頬に触れさせる場面。そこでの僕の反応にぜひ注目してください。

千瑛の手が小刻みに揺れていたので、千瑛が震えているのだと思った。だが、本当に震えていたのは僕だった。僕は次の瞬間、やってくることも、言葉も何もかもを恐れていた。

 あまりに深い孤独の中に長くいたことで、そこから救い出そうと差しのべられた手にさえも不安を抱いてしまう。その手を拒絶できないからこそ、どうしたらよいのかわからなくなってしまう僕の姿は、孤独や悲しみがそれだけ深いことを物語っています。
 そして、千瑛は僕に次のような言葉を発します。

「あなたはもう独りじゃないわ。語らなくても、こうして描くものを通して、私はあなたを理解できる。私だけじゃなくて、私たち皆があなたのことを信じて、感じていられる。あなたはもう私たちの一員よ。」

 この言葉を受けた僕の姿が次のようにつづられています。

僕の震えはとまり、何かに耐えるように強く瞳を閉じた。千瑛にすがりついて泣き出したい気持ちを僕はずっとこらえていた。

 僕は何に耐えていたのでしょうか。震えがとまった、とあるように、千瑛の言葉が僕の心の中にしっかりと届き、安心感を生み出していることは確かです。その喜びと安心感で、泣き崩れてしまうことの方が自然にも思えますが、僕はそうした安心感に身を委ねることから必死に耐えています。この僕の心情につながるのが、P.201の中盤にある僕と千瑛が水墨画を眺めている場面です。千瑛と時間を共有する僕の様子が以下のように記されています。 

僕はもしかしたら、あの事故以来はじめて、自分の部屋でくつろいでいるのかもしれないと思えた。僕は思わず、その場に座り込んだ。なぜだかとても疲れてしまっていた。

 ここに僕が孤独から抜け出すことが大きな重圧をともなうものであることが表されています。それほどまでに僕の中に孤独が根深く棲みついてしまっていたのです。そんな僕にとって、千瑛の手から伝わってくる温もりや彼女の言葉に心を解き放ち、涙を流してしまうことが、自分を崩壊させてしまうことにつながってしまうという不安を抱いていると解釈できます。だからこそ安心感に浸ることから耐えていたと考えられるのです。
 こうした安心感と戸惑いという相反する心情が同居する様子は、中学入試でも問われることが多くあります。悲しく切ない場面ですが、ぜひじっくり心情表現を読み込んでください。
 
 物語の終盤(P.288)に以下のような表現があります。  

何もかもに投げ捨てられて、とても孤独だったはずなのに、とても孤独だったことがこんなにも広く大きな世界に繋がっていた。

孤独に向き合ったからこそ様々な人との心の交流が生まれた。孤独が希望にもつながるものであることを強く認識させられる一文です。

 水墨画にひたむきに打ち込む主人公の成長物語でもある本作は、中学受験に臨んでいるお子様方にこそぜひ読んで頂きたいこの上なく美しい物語です。

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