No.818 「故郷」「親子関係」を読み解く!『いつか、太陽の船』村中李衣(新日本出版社)

『いつか、太陽の船』村中李衣(新日本出版社)

 入試頻出テーマ「故郷」、「親子関係」を読み取る訓練に最適であり、生きる強さを知るきっかけともなる名作です。東日本大震災で被災し、北海道の根室に移住した家族の物語で、主人公の海翔(かいと)、その両親の心の再生を描いています。
 さっそく、2つの場面を通して描かれている「心の故郷」の持つ意味、そして子供が親を思って行動するという親子関係のかたちについて解説していきましょう。

【心の故郷に支えられること】

 海翔たちが住む家には、かつてベトナムからの研修生ビエンという女性が暮らしていました。そのビエンの妹ハインが海翔の家を訪れ、トイレに貼られたカモメの写真とビエンが残したメッセージを見る場面。ビエンが病気で亡くなったことを聞いた海翔が写真を持ち帰るようにハインに言いますが、ハインはそれを断り、次のように言います。

「姉は、この写真、フルサトにつれて帰りたいの気持ちもあったけど、またいつかくる、の気持ちもありました。だから、このままがいいです。お姉さんが残したままがいいです。」(P.80)

 フルサトが漢字やひらがなではなくカタカナ表記なのは、どの国に住む人にとっても故郷があることを強調するためと解することができます。ベトナム人のハインの言葉ですので、たどたどしい日本語ではありますが、かつて暮らしていたという意味での故郷とは別に、大切なものが残された「心の故郷」と言える場所があることが、ハインにとって大きな支えになっていることが強く伝わってきます。

 同じような内容が、海翔の母が急に行方不明になり、祖母の家にいたことがわかる場面でも表されています。
 海翔の母は、高校生の時に神戸の三宮で阪神・淡路大震災にあい、気仙沼に移り住み、そこでまた東日本大震災で被災し、根室にやってきました。行方がわからなくなった母が故郷に帰ったのでは、と推測する海翔たちでしたが、母が戻りたいと思う故郷が神戸なのか気仙沼であるのかがわからなくなってしまいます。結局、母がいたのはそのどちらでもなく、仙台に住む祖母のところでした。母にとって祖母の元が心の拠り所であったことが、祖母の次の言葉で表されます。

「ふみさん(海翔の母)がここさ戻ってきたくなったのは、あんまりがんばりすぎて、くたびれてぇ、そだな、なつかしいものに会いたくなったんだべ。それだけだ。」(P.124)

 この2つの場面を通して、実際に暮らしていた場所としての故郷だけでなく、思い出が残されている心の故郷というものがあること、それが心の支えになるということが描かれています。私たち大人からすればこれまでの経験から理解できることですが、小学生のお子様にはなかなか実感が持てないかと思われます。ぜひ本作のような良質な文章を通して、心の故郷というものがあることを感じとって頂きたいのです。

【母を思う息子の優しさ】

 仙台の祖母の家での場面で、もうひとつ注目して頂きたいところがあります。祖母と母、そして海翔が今は亡き祖父が営んでいた工場で、祖父が愛用していた機械を動かしながら祖父の思い出を語らい合う場面。工場に機械のモーター音が響く中、母が両親を亡くし、これまでの悲しみや苦しみを自分だけで背負い込み、そのことに疲れを感じてしまったことすべてを理解する祖母は、母に次のような言葉を投げかけます。

「おまえさんのことを嫁だと思ったことは一度もねえよ。ふみさんは、ここへ来た時から、大事な娘だ。娘だから、ここへ帰ってきたんだべ。」(P.130)

 この言葉を聞いた途端に母は堪らず号泣します。これまで一人で抱えてきた苦しみを祖母が受け止めてくれたことで、堰を切ったように泣き続ける母の姿を見た海翔の様子が、次のように描かれています。

 機械のモーターは、まだグイイイインと音を立てて回っていた。かあちゃんの泣き声を吸い込むように回り続けていた。海翔は、そのままスイッチを消さずにいた。(P.130)

 スイッチを「消すことができずにいた。」ではなく「消さずにいた。」とあることに注意してください。母の泣き声をかき消すように響くモーター音を海翔が止めなかったのは、どうしてよいのか戸惑っているのでも、母の泣き声を聞きたくなかったのでもなく、母を思う存分泣かせてあげたいという優しさから生まれた行動であることを理解してください。物語文で描かれる親子の関係は、必ずしも親が子を守り助ける立場にあるのではなく、この場面のように、子が親を思い行動する優しさが表現されることがあります。そうした親子関係を理解しておくことで、中学受験の国語で頻出のテーマである親子関係に対する見方をより深くすることができます。

 震災の被害を受けた人々のその後の姿を描いた作品ですが、決して重く暗いトーンで物語が展開するのではなく、強く明るく日々を過ごす人々の姿が軽快なタッチで綴られています。東日本大地震が起きてから間もなく8年半が過ぎようとしています。未だ癒えぬ悲しみの中にいる人々がいることを決して忘れてはいけないことを、本作を読むことで改めて深く認識することができます。震災の記憶を深く留めておくためにも、ぜひ多くの小学生の皆さんに読んで頂きたい貴重な名作です。

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