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amazon『金木犀とメテオラ』安壇美緒(集英社)
思春期ならではのプライドと嫉妬に苦しみながら成長していく少女たちの姿を描いた本作は、来年度中学入試で出題される可能性が高い傑作です!最近の上位難関校では、ネガティブな心情を的確に描く作品が多く出題される傾向にあります。特に海城中をはじめ、男子校で女子ならではの複雑な心情が容赦なく問われることが多くあります。男子女子を問わず、本作のような、読んでいる側にも人物たち心の痛み、切なさがダイレクトに伝わってくるような作品にぜひ触れておきましょう!
北海道に新設された中高一貫の女子校が舞台となります。東京からトップの成績で入学してきた宮田佳乃と地元の成績優秀者である奥沢叶がメインとなって物語は展開します。12歳の入学したての頃の宮田と奥沢それぞれの視点で描かれる2編と、17歳になった2人の様子が描かれる1編の3部で構成される作品です。
マイペースな性格のため人とぶつかることの多い宮田と、誰もが認める美貌とそつのなさで優等生としての位置を確立する奥沢。対照的な2人は言葉にはださないものの、互いを強く意識し合います。個性的なクラスメイト達と夜中に校則を破って流星群を見に出かけたり、祭りに着ていく浴衣の話で盛り上がったりと、どこの女子校でも見られるような光景が描かれますが、その根底には常に、宮田と奥沢のプライドと嫉妬が混然とする強い気持ちが貼りついています。このネガティブな心情に突き動かされてしまう少女たちの姿がリアリティに溢れる描写でつづられていきます。
来年度入試で出題可能性の高いポイントについて最後に説明しますが、その前に、宮田と奥沢の「家族についての描写」と「対人関係についての描写」の2つのポイントから取り上げていきます。
最近の中学受験の国語で出題される物語文では、子供に対して身勝手な対応をしてしまう大人の姿が描かれることが多く、例えば今年の入試の開成中と海城中で出題された『君たちは今が世界(すべて)』(朝比奈あすか著)でも、子どもに寄り添う姿勢を見せない大人たちの姿が描かれていました。
宮田と奥沢はそれぞれに家族の問題を抱えています。宮田は母親を亡くし、東京で父親と二人で暮らしていましたが、父親は東京の学校に進学したいという宮田の意志を取り合わず、寮生活のできる北海道の新設校への進学を勝手に決めてしまいます。そんな父親を宮田は常に見下しています。
そして亡くなった母親から厳しくピアノの練習をしつけられていたことにより、宮田が心に深い負担を負っている点も物語の後半に描かれています。
一方の奥沢は母親と二人暮らしで経済的に余裕のない生活を送っています。母親は妻子ある男性と付き合い(刺激的な表現はありません)、資金的な援助を母娘ともに受けています。そんな生活に嫌気がさしながらも、学校でも家でも、家庭への嫌悪感は表面的には一切出さないように奥沢は優等生を演じきっているのです。奥沢にとっては、宮田に対する対抗心だけでなく、地獄のような家庭から一日も早く自立して出て行くことが勉強のモチベーションになっています。
家族に対して強い嫌悪感を抱いている点で宮田と奥沢は共通しているのですが、寮生活を送っていて父親との接点が少ない宮田に対し、自宅から通学する奥沢には逃げ場がなく、さらに学校ではそんな家庭環境が誰にも知られないように、懸命になって笑顔の優等生を演じる奥沢の心の傷みが作品のいたるところからにじみ出ています。
人物が置かれた環境にまで目を行き届かせることが、人物の言葉や行動の意味を読み取るうえでは不可欠となりますので注意しておきましょう。
2人は学内の成績で常に1位2位を争っており、周りから一目おかれている点でも共通しています。ただ、マイペースな宮田と、そつのない優等生の奥沢との間に、周辺の人物との対人関係に違いがあることは読み取っておきたいところです。
周りに合わせることをしない宮田は、12歳の頃は奥沢以外の同級生との軋轢がありました。それでも自分を慕ってくる森みなみとは親友関係を築き、また奥沢の言葉に「入学当初は人とぶつかることが多かった宮田も、いつの間にかその性格を周囲に受け入れられていた。」とあるように、宮田自身は変わることがないながらも、自然にコミュニケーションが成り立ってきたことがわかります。
また、物語の後半で勉強とピアノで自分を追い詰めたあまりに心身ともに崩れてしまった宮田に対して、寮母の杉本や同室のクラスメイトなどが救いの手を差し伸べる場面が描かれています。
こうした頑なな人物が次第に周りに受け入れられ、心を溶かしていく過程は中学受験の国語でも見られることの多いケースですので、しっかり変化を読み取って頂きたいのですが、ここでぜひ注目して頂きたいのは、一方の奥沢の対人関係の方なのです。
明るい笑顔を振りまき、心に強く根付いている母親への憎悪と宮田への嫉妬心を一切表に出すことのない奥沢には、自分の苦しみを吐露する相手がいません。唯一心を許し、恋心を抱く理科の教師に対しても、自然な笑顔にはなれますが、心の内を明かすことができない。自ら孤独の深みに進んでしまう奥沢の姿が全編を通じて描かれています。
誰とも軋轢がないようにコミュニケーションを築き上げてきた奥沢であるのに、それが故に真に理解されない孤独な場所に立ち続けている。その奥沢の心の闇に唯一気づいているのが、嫉妬の対象である宮田であるという皮肉な状況が鮮やかに描かれていることが本作品の魅力であり、本作を国語の読解力を培うための貴重な教材たらしめているのです。
この奥沢が12歳の頃に宮田に対して抱いていた心情が色濃くにじみ出ている場面があります。この場面が来年度の中学入試で出題対象となる可能性が高くありますので、次に詳しく見てみましょう。
※来年度入試で出題可能性大の場面です。
P.132の4行目からP.137の5行目までの場面には、嫉妬にかられ苛立ちに支配される奥沢の姿が端的に表されています。
クラスメイトから浴衣を買いに行くのに誘われ、断りきれずにいる奥沢に対し、宮田が「買わないよ、いらないし…」の一言で誘いを一蹴した場面。
ここでなぜ奥沢は宮田の言葉に傷ついたのか。その理由はP.136の12行目以降に見つけることができます。奥沢は欲しい浴衣があったのですが、母親の恋人からの支援を受けなければそれを買うことができない。そのことを「想像するのも嫌だった」奥沢の心情が以下のように語られます。
本心では自分の言いたいことを言いたい、優等生を演じずに生活がしたい。それでも現実には「何の問題もない女の子」を演じ続けなければいけない自分がいる。現状に苦しむ奥沢から見た宮田の姿が次のように語られています。
頑なに本心を隠していきている自分と、何の執着もなく自然に生きている宮田を比べて、自分の行動に恥ずかしさを感じ、否定された気持ちになったことで奥沢は傷ついたのだと言えるでしょう。
実は宮田もまた、奥沢への嫉妬にかられ、奥沢に負けまいと成績に執着していることが、作品中のこれより前に描かれています。そうした他人の思いにまで考えが及ばず、頑なになっているからこそ嫉妬にさいなまれる奥沢の姿は、まさに12歳の少女であるからこそとも言えるでしょう。そんな等身大の人物が深い悩みを吐露するこの場面は、読んでいてもつらくなる程に切なく美しく、来年度入試でも出題対象になる可能性が非常に高いと考えます。奥沢の心の声をゆっくりと追って、ネガティブな感情に苦しむ人物の言動を深く読み取る練習としてください。
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