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タイトルにもなっている「ヨンケイ」とは、陸上の四継(よんけい)、つまり100メートル×4リレーのことです。本書は東京都島嶼(とうしょ)部に属する大島を舞台に、リレーに挑戦する四人の男子高校生の姿を描いた青春小説です。
リレーや駅伝のように、バトン・タスキをつなぐ陸上競技は、これまでも中学受験の物語文読解の題材として多く扱われており、例えば、瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』が品川女子学院中・専修大松戸中(どちらも2014年度)など、三浦しをん『風が強く吹いている』が浦和明の星中(2009年度)・頌栄女子学院中(2018年度)など、まはら三桃『白をつなぐ』が桐朋中(2017年度)など、と大変多く出題対象になってきました。
もとより部活を舞台とした作品は出題対象になりやすい上に、駅伝やリレーは個々の走者がそれぞれに抱える悩みや葛藤にスポットがあてやすいことで、作問がしやすい一面があります。
本作品も四人それぞれを主役とした四編の作品からなる連作短編の構成となっています。兄やライバルに抱く劣等感や、過去の出来事で受けた心の傷がいやせない焦りなど、まさに中学受験の国語で多く扱われる心情が描かれた本作品は、来年度入試で注目されること必至です。
≪主な登場人物≫
受川星哉(うけがわせいや・高校一年生、400メートルリレーの第一走者)
雨夜莉推(あまやりお・高校一年生、400メートルリレーの第二走者)
脊尾照(せおあきら・高校三年生、400メートルリレーの第三走者)
朝月渡(あさつきわたり・高校三年生、400メートルリレーの第四走者)
酒井春(さかいはる・高校一年生、100メートルハードルの選手)
受川空斗(うけがわたかと・星哉の兄で、かつての陸上部のエース)
佐藤先生(陸上部の顧問・部員からはサトセンと呼ばれている)
≪あらすじ(第一章・「一走 受川星哉」≫
高校一年生の受川星哉は、陸上部の400メートルリレーの選手ですが、エースが務める二走には選ばれず、その二走にバトンをつなぐ一走を担うことになります。同じ高校陸上部のOBである兄や、二走の雨夜に自分の走力が及ばないことを自覚し、いら立ちを募らせていた星哉は、練習でのバトンの受け渡しの失敗がきっかけで雨夜を激しく責め、そのことで二週間の部活への出入り禁止の処分を受けることになります。
本作品全体のテーマは、「心のつながりと成長」ですが、今回ご紹介する第一章では、「葛藤と向き合い、そこから成長する姿」が中学受験的テーマになります。
本章の主人公である星哉の言葉には、陸上を、走ることを深く愛するが故の悩みや苦しみがストレートに表されています。その心の声や、兄や部員たちとの会話から、星哉がどのように葛藤に向かい合い、そこから心の成長のきっかけをつかんで行くのかを読み取りましょう。
いずれも第一章「一走 受川星哉」に含まれる場面です。前半は、星哉が中学校時代に兄と比べられ、また同学年の雨夜との力の差を痛感し、苦しんだ過去を回想する場面、そして後半は、兄との会話からリレーにかける思いが変化するきっかけを星哉がつかむ場面となります。
まずは以下の言葉に星哉の葛藤が表されていますので、しっかりおさえておきましょう。
このように、他者と自分を比べて劣等感を抱いている星哉が、この後の兄との会話を通して、どのようにして気持ちを変化させるのかを正確に読み取ることがポイントになります。
本来であれば漢字や平仮名で表記される言葉が、敢えてカタカナ表記で表されている際に、その表現上の効果について説明を求められることがあります。効果としては、言葉を受け取った人物の中でその言葉が意味よりも音として響いていることが表現されるケースが多いです。場面によってその表現効果は様々なものがありますが、特に多いのが、言葉がその人物にとって聞きなれないものであったり、受け入れられないものであるといった、「違和感」が強調されているというパターンです。
その効果を読み解くには、他の箇所に表された人物の言動から、言葉の内容がどのように受け止められたのか、に注目する必要があります。
ここで注意したいのは、闇雲に人物の言動を追ってしまわないようにすること。制限時間のあるテストでは場所探しに時間をかけ過ぎることは、時間があれば正解できるはずの他の問題での得点のチャンスを逸すことにつながってしまいます。これは抜き出し問題にも共通しますが、問題文から解答のヒントとなる箇所を探す際には、「誰のどのような気持ちを追えばよいのか」をしっかり定めてから取りかかるようにしましょう。
ここでの「誰」はもちろん星哉です。そして気持ちですが、問題になっている「ソウジャナイ」と「チガウ」はどちらも「他者との違い」を表しています。そこで先にご紹介したP.43の14行目から16行目、「俺と兄は違う…」の部分に着目してください。
その直後の以下の箇所に、星哉の言葉で自らの気持ちが説明されています。
解答にするには、ほぼ上記の箇所をそのまま使って、あとは制限字数に合わせれば完成です。
兄との違いは心のどこかでわかっていたけれど、認めることができないという気持ち。(39字)
選択肢を見る前に、まずは解答の方針を固めましょう。方針なしにいきなり選択肢を見てしまうと、迷いばかりが生じて、かえって時間のロスにつながってしまいます。
まずは「見透かす」という言葉の意味に注意しましょう。goo辞書によると「表面に出ていない物事の真相を見抜く。見破る。」とあります。星哉自身が兄に「真相を見抜かれている。見破られている。」と感じていることから、ここでは、星哉が発する言葉と本心に異なるところがあり、その本心の方を兄に見透かされたと感じているということになります。
物語文読解では、このように言葉の意味を正確に把握しておくことが、大変有効な解答のポイントになります。
では、星哉の言葉と本心はどのようなことについて異なっているでしょうか。そのヒントとなる箇所を探していきましょう。
まずは問題該当部の直後の以下の部分です。
ここに星哉の本心が集約されています。兄や雨夜への劣等感から、自分が二走の雨夜の引き立て役であるという考えに固執していてはいけない、という星哉の気持ちが読み取れます。さらに以下の箇所にも、星哉の本心が表されています。
リレーのことをけなす自分に嫌気がさしている星哉の様子から、言葉とは裏腹に星哉にとってリレーが決して「どうでもいいもの」ではないことが理解できるのです。
言葉ではどんなにリレーを否定していても、本心ではリレーに向き合おうともしている。そんな星哉の心の底にある思いが、兄の「無性に走りてえって思うんだ」の言葉を受けた、星哉の以下の言葉から読み取れます。
以上から星哉の本心が、走ることが好きであるという思いは強く抱いており、だからこそ一走がエースの前座である、という気持ちは捨てなくてはいけないと思い始めている、というものであることが読み取れます。
そこで選択肢を見てみましょう。まず兄と一緒の時間を過ごしたくないとは文章中に書かれていませんのでアを消去、自分の走りが「犠牲」というのは表現として不適切なためエを消去、という段階までは早めに到達しましょう。イに「本心では」という言葉がありますが、二走を走ることが走ることへの愛情を捨てることにはつながりませんので、イも消去できます。よって答えはウとなります。選択肢問題では今回のイのように、正解につながるような言葉を含ませて、解答者を混乱させるものがあります。言葉に引きずられることなく、文章の真意をしっかりつかむようにしましょう。
ウ
中学受験の物語文で、いわゆる「部活もの」が多く出題されるのは、競技に取り組む人物たちが成長して行く様子が端的に描かれているからという点があります。学校の教室や家庭とは異なり、例えば野球部であれば打撃力や守備力、音楽部であれば演奏力など、目に見える技術的な成長と並行する心の成長が描かれていることが多くあるのです。そして何より、同じ目的に向かう部員たちと時に苦しみを分かち合い、時に激しくぶつかり合いながら、互いに成長を遂げて行く、そうしたコミュニケーションを通じて個々が成長していくという過程が、物語文読解の題材として使われやすいという点があります。
本作品も、ご紹介した箇所以外にも、四人それぞれが抱える葛藤が、細やかに描かれている場面が数多くあります。
リレーメンバーそれぞれの成長と相まって、チームとして徐々に成熟して行く過程を読み込んで行くことで登場人物たちへの感情移入が進み、終盤には臨場感たっぷりにリレーのクライマックスを楽しむこともできます。
何よりも、物語文読解の教材としてだけでなく、登場人物の心の葛藤や成長を疑似体験することでお子様の心の成長を促すことができる一冊です。
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