No.1062 何気ない表現の中に中学受験的エッセンスが満載の傑作!『わたしのあのこ あのこのわたし』岩瀬成子(PHP研究所)予想問題付き!

amazon『わたしのあのこ あのこのわたし』岩瀬成子(PHP研究所)

 岩瀬成子の作品はこれまでも大変多く中学受験の出典になっており、ざっと見渡しても以下の学校などで出題が見られました。

『となりのこども』桜蔭中2006年度、洗足学園中2006年度
『アスパラ』(『くもりときどき晴れる』所収)駒場東邦中2015年度
『竹』(『100万分の1回のねこ』所収)聖光学院中2016年度
『地図を広げて』学習院女子中等科2019年度
『そのぬくもりはきえない』日本女子大学附属中2021年度

 ご覧のように、国語の問題レベルが高いことで定評のある学校での出題が目立ちます。
 そんな中学受験における重要作家の一人、岩瀬成子による本作品は、ほんのささいな出来事がきっかけで心が離れ離れになった五年生の女子2人が、互いへの理解を深め合い、友人関係を再構築して行く様子を描いた物語であり、来年度入試で注目を集めることが必至の傑作です。

【あらすじ】

≪主な登場人物≫
曽良秋(そらあき・小学五年生)
持沢香衣(もちざわかい・秋のクラスメイト、秋はモッチと呼んでいる)
佐伯くん(さえきくん・秋のクラスメイト、秋とモッチが好意を寄せている男子)
道夫くん(みちおくん・秋の父親、秋と母親とは別居している)

≪あらすじ≫ 
 小学五年生の秋は、父親からもらったビートルズのレコードを、友人のモッチの家に持って行きますが、モッチの弟にレコードを傷つけられてしまいます。秋はその責任が、弟を止めなかったモッチにあると思い始め、そこから次第に2人の心が離れ離れになって行きます。
※物語は、秋の言葉でつづられる章とモッチの言葉による章が交互に進む構成になっています。

【中学受験的テーマ】

 本作品の中学受験的テーマは、「友情」です。
 秋とモッチの友情関係がどのように変化して行くのかを、2人の言葉や行動から確実に読み取りたいところです。冒頭にレコードの事件が起き、秋とモッチの心の距離が離れて行くきっかけが生まれるところから物語が始まります。そこから、2人の関係が変わって行く様子がじっくり、ゆっくりと描かれて行くのですが、ともすれば見逃してしまいそうな人物たちの言動が、どのような気持ちの変化に結びついて行くのかを読み取ることが必要となります。

【出題が予想される箇所】
P.84からP.99の第7章とP.109からP.124の第8章

 いずれも秋の言葉でつづられる章です。レコードに傷がついた一件でモッチとの関係がギクシャクとしてしまったことから、自分にとってのモッチの存在がどのようなものであったか、自分が友人関係をどう築いてきたのかを振り返る中での、秋の心の移ろいが描かれています。
 ほんのささやかな言葉に込められた人物の心情をいかに的確に把握できるかがポイントになります。

≪予想問題1≫

 

P.88の1行目に「玉田くんのこのクラスで仲のいい人ってだれ?」とありますが、このときの秋の状況を説明した文として、もっとも適切なものを以下の4つから選んで記号で答えなさい。

ア.隣の席になった人とは必ず話をすると心に決めているため、玉田くんとの共通の話題になることを何とかして見つけ出したいと考えている。
イ.幅広い友人関係を持つ玉田くんの話を聞くことで、ギクシャクとした関係になってしまったモッチと仲直りするきっかけを得ようとしている。
ウ.モッチとの関係をどう改善して行けばよいのかがわからない中で、自分にとってモッチがどのような存在であるか考え始めている。
エ.自分の目的のみに会話を利用しようとする玉田くんの態度に憤りを感じ、玉田くんが聞いて困るような質問をしようとしている。

≪解答のポイント≫

 何気なく発せられたように見える言葉ですが、ここから秋のモッチに対する考え方の変化の兆しが見え始めていることを、しっかりつかみ取りましょう。
 秋の問いに玉田くんが答えた後の、P.89の12行目からP.91の1行目の部分で、秋は自分のこれまでの友人関係を振り返り、モッチが自分にとってこれまでにない存在であることを認識します。以下の2つの文にそれが表されています。

でも、そのあと放課後もいっしょに遊んだりする人は五年生になるまでほとんどいなかった。(P.89の14行目から15行目)
だれかの家に行って、いっしょに宿題をしたりする友だちって、モッチがはじめてだった。(P.91の1行目から2行目)

 玉田くんへの問いかけは、玉田くんから自分が求める答えを得ようとするよりも、自分の中でモッチとの友人関係がどのようなものであるかを確かめるためのものであったと考えることができます。そこで正解はウとなります。選択肢の中では、まずアとエはすぐに消去したいところです。イについては、まだこの時点では玉田くんの友人関係を秋が把握していないこと、モッチと仲直りするきっかけが欲しいのであれば、さらに一歩進んだ質問を玉田くんにすると考えられることから不適切となります。

≪予想問題1の解答≫

 

≪予想問題2≫
P.99の2行目、先生の「よくできました」という言葉は、秋にどのような思いを持たせる言葉であると考えられますか。40字以内で説明しなさい。
≪解答のポイント≫

 算数の授業で先生にあてられた秋が、黒板に小数計算の答えを書いた後の場面です。先生が発した、当たり前のような短い言葉ですが、そこに何か意味が含まれていないか、考えてみましょう。
 この章の最後の一行であることから、作者からの何かしらのメッセージが含まれている言葉であると深く印象付けられます。また、この場面はその前の行の、「先生が赤いチョークで三人の書いた答えに丸をつけた。」で終わらせることもできると考えられますので、あえて使われた言葉と考えられます。
 P.97の14行目「よかった、と思って…」から、正解した喜びを与えてくれる言葉、とも考えられそうですが、それであれば、先生の「よくできました」は、この場所の前後にあっても構わないことになります。
 先生の言葉がこの場所より後にあることから、先生の言葉により近い箇所に目を向ける必要があります。
 P.98の5行目から14行目に、秋から見た佐伯くんの人物像が描かれています。周りの目を気にせず、自分を貫き通す芯のあるタイプである佐伯くんに魅かれ、同じような強さを持ちたいと思いながら、それができずにいることを感じている秋。以下の言葉にその思いが集約されています。

佐伯くんにはあって、わたしにはないなにかがある。それは力のようなものだろうか。わたしにはわからなかった。(P.98の13行目から14行目)

 理想の自分からかけ離れたままでいる秋にとっては、小数の計算で正解であることよりも、モッチとの関係を戻せないでいる自分を肯定できない思い、もどかしさの方が強いと考えられます。そんな秋にとって、先生の「よくできました」は、その言葉通りの正解というよりも、逆に自分が「できていない」ことをより強く感じさせるものとして響いていると考えられるのです。先生にはその意志は全くありませんが、秋にとっては皮肉な響きをもって感じられた言葉であるとも言えるでしょう。

≪予想問題2の解答≫

正解という意味よりも、理想の自分になれていないことを強く感じさせる言葉。(36字)

≪予想問題3≫
P.114の8行目に、「胸の中に、黒い水がばあっとひろがっていく気がした。」とありますが、このときの秋の心情を50字以内で説明しなさい。
≪解答のポイント≫

 ここでは、問題該当部の近くだけで解答を作らないように注意しましょう。
 「黒い水」という表現からも、ここでの秋の心情が明るく前向きなものではないことはわかります。
 実はこの第9章では、問題該当部に至るまでに、秋のモッチへの思いは一切書かれていません。そこで第7章にまで戻ってみると、モッチの態度について、自分の考えを持たずに、笑ってごまかしている、と秋がいら立っている描写がありました。
 ここから「黒い水」という表現が、モッチを責めたい気持ち、と答えてしまいたくなりますが、すぐに判断してしまわないように注意が必要です。
 そう判断できない理由のひとつとして、この場面では、モッチの方が秋から目をそらしているということがあります。にこにこしてばかりで本心を明かさない、というこれまでのモッチとは異なる行動に接したことが秋に暗い心情を抱かせるきっかけになっているので、第7章にあったような秋がモッチを責めたいという気持ちは、適切ではなくなります。
 さらに、この「黒い水」という表現が再度現れる部分があります。保健室のベッドの中で問題該当部の場面を秋が振り返るところでの、以下の一文です。

だけど、急にわたしの胸の中に黒い水のようなものがひろがっていったのだ。(P.122の5行目)

 「だけど」と逆接の接続詞が使われていますので、その前の部分をヒントとします。そこには、「(大沢さんや木村さんが)ほんとにそんなに悪いことをしてるわけじゃない。」と、モッチをからかう女子たちの態度に、秋が一定の理解を示していることが記されています。
 それに対して「だけど」とつながっていますので、ここで秋が、大沢さんや木村さんとは異なる行動を、モッチにしなくてはならなかったと思っていると考えられます。
 そこで、P.95の13行目から14行目を見てみましょう。そこにある、モッチをからかう女子たちを注意した佐伯くんの行動に対して、秋が「もしかしたらわたしがいわなきゃいけないことだったんじゃないか」と思っている部分もヒントにすることができます。
 以上の点から、秋がモッチを助ける立場にいなければいけないのに、それを実行しなかったことを悔いている、と考えることができるのです。

≪予想問題3の解答≫

からかわれるモッチを助けなければいけないと思っているのに、行動に移せなかったことを悔やんでいる。(48字)

【最後に】 

 岩瀬成子の作品には、日常のほんのささやかな出来事が、さりげない表現でつづられる特徴があります。ともすれば見逃してしまいそうな、人物のちょっとした言葉や行動を見逃さない力が、受験生にあるかどうかを見極めるのに適していることが、岩瀬成子の作品が難関校で出題される理由のひとつと言えます。
 本作品も、例えばクラス内での激しいいじめや、部活での個性のぶつかり合いといった大きな事件が起こることはありません。ただレコードに傷が入ってしまった、というだけの出来事をきっかけに、2人の女子小学生の関係が微妙に移り行く様子が、ゆっくりとした時間の流れの中で描かれているのです。
 淡麗でありながら深い意味を含んだ表現の数々に触れることができるこの傑作は、お子様たちの国語読解力向上に必要な、表面的な解釈にとどまらず、一歩踏み込んで心情を読み取る力を鍛えるのに格好の題材となるでしょう。
 難しい語彙や表現は含まれていませんので、六年生はもちろん、五年生や読書が好きな四年生のお子様も無理なく読み通せる一冊です。

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