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過去の中学入試で数多くの学校が出題してきた定番作品のひとつである短編集『泣けない魚たち』の著者・阿部夏丸氏の最新作です。
人口500人の日ノ島(ひのじま)を舞台に、仲間のピンチを救うために、海で集めた物や生き物をネットで売ることを始めた少年少女たちが、仲間への思いや、将来への夢を抱きながら成長して行く姿を描いた本作品も、来年度入試で多くの学校が出題する可能性が高いです。
阿部夏丸氏の作品はこれまでも多く出題されており、先に挙げました短編集『泣けない魚たち』からの作品が、本郷中2004年度、浅野中2009年度、恵泉女学園中2007年度、栄東中2009年度、専修大学松戸中2010年度、東京女学館中2004年度などで、短編集『父のようにはなりたくない』からの作品が、武蔵中2003年度、成城中2004年度、西武学園文理中2004年度、大妻多摩中2004年度などで、『見えない敵』が、暁星中2005年度、大妻中野中2007年度、カリタス女子中2004年度などで出題されてきました。
≪主な登場人物≫
セイ(本作品の主人公。小学校6年生の男子。名古屋の学校でいじめに遭ったことがきっかけで、5年生の春に日ノ島に引っ越してきた。)
タクミ(セイの親友で、ムードメーカー的存在。家は食堂を営んでいる。)
ミナミ(セイの同級生の女子。絵を描くことが得意。)
カイト(セイの同級生の男子。漁師である両親を事故で亡くしてから、祖父の漁の手伝いをしている。)
アカリ・ルカ(セイの同級生の女子)
ユズル(タクミの9歳違いの兄。金髪で粗暴な外見をしている。セイたちがネットショップを始める手伝いをする。)
≪あらすじ≫
セイは、同級生であるカイトが、事故で亡くなった両親が残した借金の返済ができないと、担保としている家を売らねばならず、本土の施設に入れさせられてしまう可能性があることを知ります。ミナミの発案で、同級生たちが一丸となって、カイトの家の借金返済のために海で集めた物や生き物をネットで売ることを始めます。タクミの兄・ユズルの助けもあって、売り上げは順調に伸びていたのですが、彼らの行動を誹謗中傷する匿名のネットでの書き込みが多数寄せられることになります。
本作品の中学受験的テーマは、「心の成長」です。主人公セイの成長の過程だけでなく、その成長の原動力となっているのが「恋心」であり、成長のきっかけとなるのが「心の痛みと向き合うこと」であるという点を的確につかめるかどうかがポイントになります。また、涙が意味することの理解もしっかりとつかみとりましょう。
ネットへの書き込みに心を痛めるミナミを励まそうとしていたセイが、ミナミの置かれた状況と過去にいじめに遭っていた自分の姿を重ね、その痛みと苦しみと向き合い、心を解放させて行く過程が描かれた場面です。
まず、セイがミナミに対して抱いてる心情を、文書中の言葉からつかんで行きましょう。セイの家をミナミが訪れた際の以下の表現、
ミナミが涙を流していることを知った際の以下の表現、
そして、セイが自分が過去に受けたいじめと、その時に抱いた心情をミナミに明かしたことを後悔する場面での以下の表現、
これらの表現から、セイがミナミに対して恋心を抱いていることがわかります。セイの行動から、単なる友情ではない、それ以上の強い感情を抱いていることは、迷わず(特に男子の生徒さんは照れることなく)おさえておいてください。恋心を抱いているミナミだからこそ、助けたい、心の重しを取ってあげられるような言葉をかけてあげたいと強く思っていいながら、それができないでいるセイのもどかしさを表す言葉を探すことになります。場所としては、セイが自分の過去について語る前になります。そこで、以下の表現が正解を見つけるうえでの大事なヒントとします。
セイのもどかしさを的確に表したこの部分の後、セイはミナミに言葉を投げかけます。
この部分にある「無力」という言葉が、セイの状況を表しているとわかります。
抜き出し問題の中でも、今回のような短い語句を見つけるとなると、難しさはより一層になります。2字の言葉など、文書中に溢れるほどありますので。そこで、闇雲に探すのではなく、今回であれば「もどかしさ」といった人物の状況を表す表現をもとに、言葉や行動に目を行き届かせるようにしてください。
無力
P.258の14行目「それをきいたとたん、こらえていた涙があふれでた。」とありますが、このときのセイの様子を説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.ライバルと思っていたタクミにまで自分のつらい過去を知られてしまったことがくやしく、情けない気持ちになっている。
イ.恋心を寄せるミナミが優しい言葉を投げかけてくれたことが嬉しく、過去のつらく苦しい思い出から解放されている。
ウ.自分の過去を理解してくれていた友人がいることに喜びを感じ、その気持ちに甘えようと心に決めている。
エ.自分のことを心配してくれる友人の優しさを知った嬉しさで心の緊張から解放され、感情をおさえられなくなっている。
中学受験の物語文では、人物が涙を流す場面で、その心情を問われることが多くあります。悲しさやくやしさが原因であること、あるいは例えばチームが勝利した際の喜びや達成感があって涙を流すことはもちろん多くあります。特に先日まで開催されていたオリンピックなどのスポーツでは、そうした涙を多く見ることがあるでしょう。
ただ、涙を流すきっかけに安心感や解放感があることを、ぜひともおさえておいて頂きたいのです。例えば迷子になった子どもが寂しさや怖さに襲われながらも、必死に涙をこらえていたのが、無事に親と出会えた瞬間に、その安心感から、堰を切ったように泣き出す、といった場面を重い浮かべて頂けるとわかりやすいでしょう。安心感を抱くこと、心の緊張から解放されることで、それまでおさえていた感情があふれ出す、といった場面は、多く出題の対象となります。涙のきっかけを、悲しさや喜びといったシンプルな感情のみに限定しないように気をつけてください。
この場面でセイが涙を流したきっかけは、親友のタクミが自分のことを心配してくれていたこと、さらにタクミがそれをセイに悟られないようにする優しさに触れ、心が解放されたことにあります。
選択肢のうち、アの内容は文章中に書かれていませんので、まず消去しましょう。イにはセイのミナミに対する恋心が表されていますが、ここではタクミが自分のことを気にかけてくれていたことを知った途端に涙があふれていますので、ミナミへの恋心よりもタクミへの心情を優先すべきとなります。ウについては、タクミの気持ちに対する喜びは含まれていますが、後半の「甘え」が不適切です。甘えられることは、「きいたとたん」に泣き出すことの動機にはなりません。心のストッパーがとれてしまったセイの状況を正しく表しているのは、エとなります。
エ
まず大きなヒントとなるのが、直前にある以下の部分です。
ミナミと同じ気持ちということは、セイもすっきりした気持ちでいるとわかります。
それでは、なぜセイがすっきりしたのか。それは問題に該当するセイの言葉、「泣くのもいいもんだ」から、涙を流したことによるのは明らかです。では、なぜ涙を流すことですっきりできたのでしょうか。≪予想問題2≫の解答、そして、P.259の2行目から6行目に注目してください。いじめを受けても泣くことはなく、同情されても泣かないように心に決めていたセイにとっては、友人たちの優しさに触れ、心を解放できたことで、過去の心の痛みとも向き合い、素直に自分の心のままに涙を流すことができたのだと理解できます。
まずは問題該当部の近くに目をつけて、そこから「なぜ」を重ね、文章中からヒントを得ることで、物の言葉や行動の背景を的確につかむようにすると、一見難しそうな記述問題でも、正しく解答を作れるようになります。
自分を心配してくれる友人たちがいるという安心感を得て、過去と向き合うことができ、心のままに涙を流すことができるようになったことに喜びを感じている。(73字)
予想問題3題を通して、セイの気持ちが以下のように変化し、そして心が成長して行く過程をおさえておきましょう。
ここではセイの心の成長にスポットを当てましたが、本作品にはそれ以外にも、セイとカイトの友人関係の変化、タクミと兄ユズルの兄弟関係の変化といった中学受験物語文の重要テーマとなる人間関係の変化が描かれています。
また、いずれは島を出て行くことが運命づけられている少年少女たちが将来の夢を語り合う場面も、同じ世代のお子様方には、ぜひ触れて頂きたいところです。
海辺をはじめとした島の風景描写が美しく、文章を読んで情景をイメージする練習にもなります。ネットショップでの商売に取り組む主人公たち迎える奇跡的なエンディングは涙なくして読み進められないほどに胸が熱くなります。
中学受験の物語文読解のテキストとしてはもちろん、心を豊かにする読み物としても、多くの中学受験生の皆さんに触れて頂きたい一冊です。
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