No.1074 少女たちの心のぶつかり合いを描いた注目作!『家族セッション』辻みゆき(講談社)予想問題付き!

amazon『家族セッション』辻みゆき(講談社)

 赤ちゃんの時に病院ですり替えられたという衝撃の事実に直面した3人の少女たちが、互いへの理解を深め合いながら、新しい生き方を探し求めて行く物語です。深刻な事件がきかっけにはなっていますが、少女たちが時にはぶつかり合いながら、様々な人々との出会いを通して成長して行く姿が優しくあたたかな文体で描かれています。人物たちの心情が交錯する様子が繊細な表現でつづられており、来年度入試で注目を集める可能性がとても高い作品です。
 著者・辻みゆき氏の作品ではこれまで、『あの日、そらですきをみつけた』が、学習院中等科の2019年度で出題されています。

【あらすじ】

≪主な登場人物≫
千鈴(ちすず:中学一年生の女子。両親と妹と暮らしている。)
姫乃(ひめの:千鈴のクラスメイト。裕福な家庭に育つ。大地に好意を寄せている。)
菜種(なたね:千鈴のクラスメイト。父と兄、弟の四人で暮らしている。)
大地(だいち:菜種の幼なじみの男子。)
ヒロ子(ひろこ:姫乃の祖母。家を継ぐ者を厳しく育てることを信条としている。)

≪あらすじ≫

 千鈴、姫乃、菜種の3人は、中学に進学する春に、それぞれの親から「赤ちゃんの時に病院ですり替えられていた」という事実を知らされます。3人ともに、育ててくれた親と、血縁のある親が異なっていたことを知るのです。これまで通りの家庭での生活を続けるか、血縁のある親のもとで暮らすことにするかの選択をするために、それぞれの家で「ホームステイ」をするという親たちからの提案を、3人は受け入れます。ホームステイは、千鈴が菜種の家で、菜種は姫乃の家で、そして姫乃は千鈴の家で行うことになります。戸惑いと葛藤を抱えながら、3人はそれぞれの家族と暮らす時間を重ねて行くのでした。

【中学受験的テーマ】

 本作品の中学受験的テーマは、「心のぶつかり合い」です。作品全体のテーマは「家族愛」であり、「少女たちの成長」ではありますが、中学受験の物語文として特におさえておきたいのが、3人の少女が感情をぶつけ合いながら、そこで相手の心情を理解して行く、という過程です。自分を育ててくれた親と、自分を産んだ親が異なるという事実は、もちろん中学生になったばかりの少女たちがすぐに受け入れられるものではありません。そんな厳しい状況にあるからこそ、彼女たちは時に励まし合い、そして感情をぶつけ合いながら、互いの心の内について深く考えるようになるのです。3人の言葉や表情をしっかり見つめて、心の動きをつかみとりましょう。

【出題が予想される箇所】
P.148からP.178の第五章「夏。そして」の以下の部分
・P.158の9行目からP.169の9行目

 初めは親たちが勧める血縁のある家のもとでの生活に、一致団結して反対いた3人ですが、ホームステイを重ねるうちに、それぞれの家の人々への愛着がわき、一方で、自分の家でホームステイをする相手への嫉妬が生まれてきます。上記の箇所では、耐え切れずに互いの感情をぶつけ合ってしまう3人の姿が描かれています。

≪予想問題1≫
P.164の1行目から2行目に、
「『わたし、ずるくない』
わたしだけは、ずるくない―千鈴は、本当はそう言いたかった。」
とありますが、なぜ千鈴は「わたしだけ」と言わなかったのか、その理由を25字以内で説明しなさい。句読点も一字として数えます。
≪解答のポイント≫

 ここでもしも千鈴が「わたしだけ」と言った場合を考えてみましょう。ずるくないのが自分だけだとすると、他の人物がずるいことを暗に認めてしまうことになります。そうならないように、「だけ」という言葉を千鈴が省いたのは、その人物をかばうためであったとわかります。それでは、その人物とは誰を指すのでしょうか。
 問題該当部の前で、姫乃がまず菜種のことをずるいと責め、その後に千鈴にも矛先を向けて、ずるいと言い放っています。そのことからも、千鈴がかばおうとした相手は、自分以外で姫乃に責められた菜種である、とわかります。問題該当部の後にある、以下の部分も解答の根拠になります。

ところが。ところが、だ。
「わたしも、千鈴ちゃんって、ずるいと思う。
なんと、そう言ったのは菜種だった。(P.164の3行目から5行目)

 菜種本人からずるいと言われたことに千鈴が驚いている様子からも、千鈴がかばおうとしていたのが菜種であると確かめられます。
 字数が少ないので、無駄な言葉は省き、菜種を「かばう」や「守る」といった言葉を入れて、解答を完成させましょう。
 この問題のように、文章中の表現を説明する際に、そうでない場合であればどうなるか、を踏まえると容易に解答が作れるケースがありますので、実践してみてください。
 この問題の段階では、千鈴は菜種をかばおうとするだけの冷静さを保っていました。それが、姫乃との言い合いが熱を帯びてくるうちに、千鈴は我を忘れてしまうようになるのです。そうした千鈴の状況をつかんで解答に臨むのが、次の≪予想問題2≫です。

≪予想問題1の解答≫

姫乃にずるいと責められていた菜種をかばうため。(23字)

≪予想問題2≫

 

P.167の14行目から15行目に、
「蝉時雨は、大音声で降りそそいでいる。にもかかわらず、一瞬周りの音が消えた気がする。」とありますが、ここでの千鈴の様子を説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。

ア.姫乃に責められたことがきっかけとはいえ、姫乃を深く傷つける言葉を言ってしまったことに後悔している。
イ.一方的に自分をずるいと決めつけた姫乃を黙らせる言葉を発したことに興奮し、勝ち誇った気持ちにひたっている。
ウ.むきになって、姫乃を責める言葉をひたすらに言い並べ終えたところで興奮状態が一旦おさまり、我に帰っている。
エ.どんなに点数稼ぎをしても菜種にかなわない姫乃の力の無さを責めてしまい、自分が我を忘れてしまっていたことに気づいた。

 

≪解答のポイント≫

 ≪予想問題1≫の後に、千鈴は姫乃と激しく言い合います。自分の家でホームステイしていた姫乃が、家で無礼な振る舞いをしていることに不満を表した千鈴に対して、姫乃が放った「嫉妬しないでよ」の言葉に、千鈴は以下のように強く反応します。

「嫉妬?!」
その言葉にはじかれたように、千鈴は言い返す。(P.167の1行目から2行目)

 言葉の終わりにある「?!」、そして「はじかれたように」という言葉が、千鈴が激しく動揺し、怒りを感じていることがわかります。
 ここから千鈴は冷静さを失ってしまいます。そして問題該当部の直前、P.167の10行目から12行目で、千鈴は、姫乃の家の両親が姫乃よりもホームステイしている菜種のことを好きになっている、と激しく責めます。その直後に、本来そこにある喧噪が止んだような感覚を千鈴が抱くようになるのです。
 解答のヒントとなるのは、問題該当部の後の以下の部分です。

千鈴は、瞬間的に「勝った」と思い、でもすぐ、その直後に「しまった」と思った。後悔の気持ちで、大きななにかがのしかかる。ごめん、そうじゃない、そんなことあるわけない。
あるわけないから、ただ言い負かすためだけに、言ってしまった。(P.168の1行目から3行目)

 ここから、千鈴が言ってはいけないことを、ただ姫乃を言い負かしたいという欲求にかられて言ってしまったことを深く後悔している様子が読み取れます。では言ってはいけないこととは何であったのか。
 姫乃の以下の言葉からそれが見えてきます。

わたしの親は、パパとママだけだから。(P.166の10行目)

 ホームステイをしていても、自分にとってはこれまで育ててくれた親こそが本当の親である、と強く自分に言い聞かせているのは、姫乃だけでなく、3人に共通していることです。姫乃の気持ちがわかるからこそ、ホームステイしている菜種の方を好きになっているとは、決して言ってはいけないことであると、千鈴は十分にわかっていたのですが、姫乃を言い負かしたいという気持ちが高まってしまったために、あえてそのことに触れてしまいました。自分が言われたら傷つくとわかっている言葉を、あえて選んで姫乃に向けて発してしまった。それほどまでに千鈴が我を忘れていたことがわかります。その直後に、聞こえるはずの蝉の鳴き声までもが聞こえなくなるような感覚、それは、千鈴が我に帰っている様子ととらえられます。我に帰ったからこそ、姫乃に対して抱いた勝利の感覚をすぐに打ち消し、深い後悔の念にとらわれてしまったと考えられるからです。時間にすればほんの数秒のことですが、その中でも激しく揺れ動く千鈴の心情をしっかり追って行きましょう。
 選択肢の中で、まず姫乃に勝ったと感じたことのみが記されているイが消去できます。また、エについては、言ってはいけないことの内容に、姫乃の育ててくれた親への気持ちが入っていないために不十分となります。アの前半は正しいのですが、まだ問題該当部では後悔するには早すぎます。まず興奮状態で勝ったという実感を得、我に帰ってすぐに後悔にさいなまれる、という気持ちの時間的な流れを間違わないようにしましょう。よって、答えはウです。

≪予想問題2の解答≫

≪予想問題3≫
P.162の14行目(A)と、P.169の3行目(B)に、どちらも姫乃が菜種に言った「わたしの代わりに、うちの子になりたくなった?」という言葉がありますが、この違いについて、「Aは、…に対し、Bは、…」のかたちで説明しなさい。
≪解答のポイント≫

 同じ言葉ではありますが、(A)、(B)それぞれの言葉を発する姫乃の状況に違いがあります。その違いをつかめれば、決して難しい問題ではありません。
 (A)の姫乃の言葉の直後に、以下の表現があります。

挑発するように言う姫乃に、菜種は抵抗した。(P.162の15行目)

 ここから(A)での姫乃の言葉の目的は、本当に姫乃の家の子どもになりたいかどうかを確かめることよりも、菜種を挑発することにあったと言えます。
 それに対して(B)の言葉の直前には、以下のような姫乃の様子が表されています。

不安そうな目で菜種を見て、おそるおそる聞いた。(P.169の1行目から2行目)

 ここで姫乃を不安にさせた要因となる、菜種の以下の言葉と表情があります。

「パパとママは、姫乃ちゃんのことが一番好きだよ。」(P.168の12行目)
菜種は、どこか悲しい……というより、切ない表情をしている。(P.168の14行目)

 この部分だけ取り上げると少し紛らわしいですが、ここでのパパとママは、姫乃を育てた両親を指します。菜種を挑発しようという興奮状態が冷めて落ち着きを取り戻した姫乃が、育ての両親が菜種よりも自分を大事に思っていることで、菜種を切ない気持ちにさせていると知り、菜種は本当は姫乃の家の子どもになりたいと思っているのではないか、その本心を確かめようとしていると、読み取ることができます。
(A)、(B)の言葉を発した姫乃の目的の違いを明らかにして、解答を作りましょう。

≪予想問題3の解答≫

Aは、菜種を挑発することを目的としているのに対し、Bは、菜種が本心では姫乃の家の子どもになりたいと思っているかどうか確かめることを目的にしている。

【最後に】

 赤ちゃんの頃にすり替えられたという事件が発端になっていることで、重い内容の作品と思われてしまうかもしれませんが、その重さに偏り過ぎていないところが本作品の大きな魅力です。衝撃的な事実を突きつけられた少女たちですが、それがきっかけで、同じ境遇に置かれた相手のことを深く理解するようになります。また、新しく出会ったそれぞれの家族との関係を次第に深めて行く過程は、優しくあたたかな時間として描かれており、読んでいて希望が強く感じられるものです。物語文の心情理解の教材として秀逸であるだけでなく、強く前を向く少女たちの心のやりとり、それを見つめる大人たちの姿が、読み手の心に柔らかな明りを灯してくれる貴重な一冊です。

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