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第23回ちゅうでん児童文学賞(2021年3月)で大賞を受賞した作品です(受賞時のタイトルは『真夏のトライアングル』)。同賞を獲得した作品ではこれまでにも、第21回(2019年3月)の『みつきの雪』(眞島めいり)が、学習院中等科(2021年度)や実践女子学園中(2021年度)、甲陽学院中(2021年度)などで、第22回(2020年3月)の『ベランダに手をふって』(葉山エミ)が、青山学院中等部(2022年度)などで出題されました。
千葉の町を舞台に、農家に生まれた6年生の野歩人(のぶと)と同級生たちが過ごす小学生最後の夏休みを描いたこの物語も、心の触れ合いやぶつかり合い、それらを通しての心の成長が美しい田園風景と共に描かれており、来年度入試で偏差値を問わず多くの学校が出題対象とする可能性が高い作品です。
≪主な登場人物≫
土田野歩人(つちだのぶと:農家に生まれた6年生男子。家業を継ぐことを両親に期待されている。親友のカモッチからはノビタと呼ばれている。)
川村ちとせ(かわむらちとせ:野歩人の同級生で、5年生の最初に転校してきたが、勝気な性格で野歩人をはじめ同じクラスの者たちに心を開こうとしない。母親を病気で亡くし、父親と二人で暮らしている。)
加茂原祐一(かもはらゆういち:通称、カモッチ。野歩人の親友で学年トップクラスの秀才。私立中学受験を目指している。)
≪あらすじ≫
6年生の野歩人は自分の住む町にクマゼミがほとんどいないことからクマゼミを自由研究の題材にすると決め、友人のカモッチと協力して研究を進めます。そんな中、クラスの中で心を開こうとしない川村ちとせもクマゼミを探していることを野歩人が知ったことで、野歩人と川村は共に過ごす時間を増やして行きます。野歩人の姉、明穂に勉強を見てもらったことから、川村は野歩人の家に度々訪れるようになり、野歩人は次第に川村が抱える家族の事情を知って行くのでした。
この作品には「友情」や「家族」など中学受験で頻出のテーマが多く含まれていますが、特に注意すべきテーマは「他者理解」です。主人公の野歩人が、川村の家族の事情を知ってから、川村に対する考え方を変化させて行く様子、一方の川村が野歩人の家族との心の触れ合いを通して、徐々に心を開いて行く様子をしっかりと読み取りながら、他者への理解を深めるためには、相手の置かれた環境に考えを及ばせることが重要である点を理解するとともに、家族ならではの複雑な心情のやりとりを把握できるように、登場人物たちの言葉の意味するところをじっくりと読み取るようにしましょう。
野歩人の住む町で開かれるお祭りの日と、その翌日に起きた出来事を描いた場面です。野歩人の家族はお祭りの日に川村を招待しますが、無断で娘を連れ出したと川村の父親が怒鳴り込んで来たことで、野歩人は川村のクラスでは見せない一面を目の当たりにします。その翌日、川村の父親が事故にあい、野歩人の母親は川村から父親の置かれた状況を聞き、酒に逃げてしまうに至る心情に理解を示しますが、野歩人はそれが納得できないでいました。
P.115の7行目に「縁側をふりむき、頭をさげた川村は、なにかいいたそうにかあさんを見た。」とありますが、このときの川村の気持ちを説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.酔いつぶれる父親と一緒にいることに限界を感じ、野歩人の母親に自分を父親から解放させるような行動を起こして欲しいと願っている。
イ.父親が酒に酔って手に負えなくなることはこれまでもあったので、警察に知らせるといった大ごとにして欲しくないと願っている。
ウ.父親が酔い過ぎて別人のような行動を起こすのは、自分にも責任があるということを野歩人の母親に伝えたいと思っている。
エ.父親が酔って手がつけられないような状態にあるのに、野歩人の母親が自分を助けてくれようともしないことに不満を感じている。
この問題を解く上でのポイントは、強い感情が込められた言葉や行動に引きずられて判断を誤らないようにすることです。
ポイントについて具体的に見て行く前にまずは消去すべき選択肢を選びましょう。イについては、川村が酔いつぶれる父親に反感を抱いていることは確かですが、後半の「大ごとにして欲しくない」についての描写が文章中にないので、不適切となります。また、エですが、野歩人たちに謝り続ける川村の様子から、不満という感情を読み取ることはできませんので、やはり消去すべきとなります。
残ったアとエのうち、アについて先程挙げたポイントが関わってきます。問題該当部よりも前、川村が浴衣を着させてもらった場面で、川村が感情を抑え切れずに以下の言葉を発して涙を流してしまうところがあります。
それまでクラスの中で孤立しようが構わずに強気の姿勢を見せ続けていた川村だけに、その涙には並々ならぬ想いが込められていることがわかります。そこで、この時の川村の想いの強さに引きずられると、選択肢のアが正しいように思えます。
ここで注意すべきは、問題の場面で川村が父親に対してとった行動です。酔いつぶれる父親に厳しい言葉を投げかけますが、その後には父親の腕をつかんで起こし、道へと連れて行きます。こうした父親を見捨てようとしない川村の行動からは、父親との関係を絶ちたいという気持ちは読み取れません。
川村が涙した場面は父親がいない時であり、父親と一緒にいる時と同じ感情でいるとは限らない、と考える必要があるのです。強い想いが込められた表現が必ずしも解答につながるとは限らないことに気を付けてください。
また、父親を連れて去る川村の心情は何とも複雑に見えますが、親子の間の感情とは短絡的に判断できない、一筋縄ではいかないものとして表されることを念頭に置いておきましょう。だからこそ、入試でも多く出題対象となると言えるのです。
問題に戻って、もう少し先まで読み進め、川村の父親が事故で病院に運ばれた場面に着目しましょう。川村の父親が酒を飲み過ぎてしまう原因などを、野歩人の母親は川村から聞きます。それを野歩人に語る母親の言葉の中に、川村の父親に対する想いが以下のように表されています。
※「ちとせちゃん」は川村の下の名前です。
この言葉から川村の父親に対する想いが読み取れます。もちろん川村の心の中には父親と二人きりの生活に感じるつらさはありますが、父親を孤独にしてしまったことの責任も感じているという重要な一面があることから、選ぶべき選択肢はウとなります。
ウ
この問題のような、異なる人物の発言を通して表現の内容を導き出す問題を解く際には、共通する意味を持つ言葉や、言い換えられた言葉を的確に見つけ出すことがポイントになります。そのためにも、言葉そのものだけでなく、その言葉を発する人物が置かれた環境や考え方に共通する点がないか、注意深く見るようにしましょう。
ここで野歩人とカモッチが話題にしているのは、酔って別人のようになってしまう父親が川村を傷つけているという点についてです。川村の父親の気持ちに理解を示した母親の言葉に納得できない野歩人に対して、カモッチが発した言葉が問題になっています。
野歩人の母親とカモッチの言葉を見比べることで、その共通点は見えてきますが、ここで大事なのは、よりわかりやすく表現された方を先に見た上でもう一方を見た方が、理解が進めやすくなるという点です。順番で言えば野歩人の母親の方が先ですから、ついそちらから見てしまいがちですが、カモッチは野歩人の母親の言葉を踏まえて自分の意見を述べていますので、カモッチの言葉の方がより内容を端的にまとめている可能性が高くなります。
実際に言葉の分量も、野歩人の母親よりもカモッチの方が短く、また読み手の皆さんにとっても大人の言葉よりも同じ年代の人物の方が、よりわかりやすいという点もあります。そこでカモッチの言葉を見ると、以下の表現が見つけられます。
この表現をもとにカモッチが述べている言葉の中身を読み解くと、「大人であっても子供であっても同じく、自分にとっての故郷、居場所がないことは生きて行くうえで大きな不安につながる」といった内容になります。
それを踏まえて野歩人の母親の言葉を見てみると、後半に以下のような表現があります。
まさにカモッチの言う、故郷、居場所がないことによって生まれる不安が表現されています。野歩人の母親はそうしたことを踏まえて、自分にとっての居場所が見つからない川村の父親が大きなストレスや不安を抱え、さらに≪予想問題1≫で取り上げたように、娘が取られたような気がしてしまったことで強い孤独感も抱くようになり、酒に逃げてしまったのではないか、と考えていると読み取れます。
以上の点を踏まえて、制限字数が短いのでポイントをしっかりまとめて言葉を選び、解答を完成させましょう。
故郷や自分にとっての居場所と思えるものがないことは、それだけで不安や孤独感を抱く原因になってしまうということ。(55字)
受験生の皆さんにとって等身大の登場人物たちが過ごすひと夏の出来事が、とても読みやすい文体で書かれていますので、5,6年生はもちろん、読書好きの4年生もスムーズに読み進められる作品です。描かれる人物像や彼らが発する言葉はシンプルでありながら意味するところは深く、それらの表現をしっかりと読み取ることは中学受験頻出のテーマへの理解の深化につながります。特に主人公のクラスメイトである川村ちとせが、閉ざしていた心を次第に開いて行く過程は中学受験で頻出の「変化」が顕著に表されたサンプルと見ることができ、また彼女が心を閉ざしてしまう要因に家族の事情があることを、川村自身の言葉、他者の言葉からしっかり汲み取ることで、「家族関係」という重要テーマへの考え方の幅を大きく広げられます。その中でも川村が物語の終盤に発した以下の言葉は読み手の心に突き刺さってきます。
重い響きを持った言葉で、共感を持って理解することは難しいかもしれませんが、様々な家庭環境に置かれた子供たちの姿を描いた作品が出題対象となるケースが多く見られる最近の入試傾向を考えると、こうした言葉に触れておくことは、物語文の読解力アップのために欠かせない経験となります。
全編で157ページとボリュームも少なく、薄い本でありながら、多くの重要テーマを含む貴重な作品です。この夏休みにぜひ読まれてみてください。
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