No.1300 頻出作家が食卓をテーマとした様々な人間模様を描いた傑作短編集!『ゆうべの食卓』角田光代 予想問題付き!

amazon『ゆうべの食卓』角田光代(オレンジページ)

 『対岸の彼女』や『八日目の蝉』といった人気作品で知られる角田光代氏による短編集です。中学入試の出典としても角田氏の作品の人気は高く、『キッドナップ・ツアー』鎌倉女学院中(2004年度)、渋谷教育幕張中(2006年度)、渋谷教育渋谷中(2006年度)、法政第二中(2022年度)などで、短編集『さがしもの』に収録された作品が洗足学園中(2006年度)、桐朋中(2016年度)、大宮開成中(2020年度)などで出題され、他にも多くの作品が、海城中、聖光学院中、白百合学園中などの難関校で出題されてきました。2023年度も『タラント』海陽中等教育学校で出題されています。
 本作品は食卓をテーマに、様々な家族関係や友人関係を描いた11編の作品から成る短編集です。最近の中学入試では、頻出作家による大人向けの短編集が出題対象になる傾向が強く、角田光代氏の短編集ともなれば多くの中学校の先生方が注目されること必至でしょう。本作品は複雑な家庭環境や人間関係、大きな挫折から再生するような展開はなく、日常のほんのささやかな出来事を題材として、登場人物の細やかな心情の変化が描かれている点で、上位難関の女子校で出題される可能性が高いと言えます。

 収録された短編の中から、今回は小学五年生女子の友人関係を描いた『それぞれの夢』を取り上げます。他の短編の多くが大人を主人公としている中で、受験生の皆さんにとって等身大である人物の心情が描かれていることからも、本短編が出題対象となる可能性は高いでしょう。

★『それぞれの夢』(P.75~96)

【あらすじ】

≪主な登場人物≫
田口莉帆(たぐちりほ:小学五年生の女子。二年生の頃からスイミングスクールに通っており、そこで知り合った同学年の朝倉すずとスイミングの後に買い食いすることを楽しみにしている。)
朝倉すず(あさくらすず:莉帆と同学年で同じスイミングスクールに通っている。裕福な家庭に育ち、私立の学校に通っている。)

≪あらすじ≫
 小学五年生の莉帆はスイミングスクールの帰りに、同じスクールに通っているすずと買い食いをしながら、将来の夢などを話す時間を楽しんでいました。莉帆は買い食い防止のためにおこづかいを持たされていなかったのですが、いつもすずが気前よく莉帆の分まで買って分けてくれています。同じ学年でも私立の学校に通い、どこか大人びたすずに、莉帆はほのかな憧れを抱いています。

【中学受験的テーマ】

 本作品は収録された短編によって描かれる世界観が様々ですが、今回取り上げる『それぞれの夢』では「友人関係」がテーマとなります。同じ学年でありながら、自分には想像もつかないような夢を抱き、大人への恋心を語るすずの姿に触れた莉帆が抱く、憧れと戸惑いが混ざり合う心情を正確に読み取ることがポイントとなります。物語自体は大きな事件が起こることがないだけに、ちょっとした表情や言葉から、莉帆の心のほんの微かな揺れ動きを的確に把握する必要があります。端麗な文章が流れるように展開して行くため、つい大事な表現を見逃してしまいがちですので注意して臨みましょう。近年の入試で出典となることが多い大人向けの短編作品を読み解くには、この短編のような、細やかでさりげない表現に満ちた物語に多く触れておくことが効果的な対策となります。短い作品ですが、じっくりと読み解いて行きましょう。

【出題が予想される箇所】
P.76の1行目からP.89の9行目

 莉帆とすずがスイミングスクールの帰りにお互いの将来の夢について語る場面と、莉帆がすずから大人の男性に抱いている恋心を明かされる場面を含みます。将来の夢について自分には想像もできない世界について語るすずとの違い、さらには恋などはまるで実感がなかった自分とすずとの違いに戸惑い、焦る莉帆が、すずに対してどのような印象を抱いたのか、そしてすずが垣間見せた子供らしい表情に、莉帆がどのように反応し、心の落ち着きを取り戻して行ったのかを的確に読み取って行きましょう。

≪予想問題1≫

 

P.84の15行目からP.85の1行目に「大勢の大人たちが足早に駅に向かって歩いている。すずも彼らに交じって急に足早に立ち止まっていくような気がして、莉帆は焦る。」とありますが、ここで莉帆が抱いたすずへの印象を説明した以下の文の空欄に入る四字の語句を、この後の部分から選んで書き抜きなさい。

 すずが□□□□に感じられた。

 

≪解答のポイント≫

 抜き出し問題ですが、抜き出すべき部分がどこにあるのかをすぐに探し始めるのではなく、まずはここでの莉帆の心情を整理しておきましょう。心情の理解を踏まえずに抜き出す場所を探すのは、コンパスもなしに深い森の中で出口を探すようなもので、ただ時間ばかりが過ぎることになりますので注意しましょう。
 問題該当部の最後に「莉帆は焦る」とあるように、すずから英会話学校の外国人教師に恋をしていると告げられた莉帆は、驚き、戸惑っています。問題該当部の直前にある以下の部分にも、莉帆が明らかに動転している様子が表されています。

莉帆は何か言いたいが、言うべき言葉が見あたらない。(P.84の15行目)

 この後の部分にある以下の部分からも、莉帆にとってすずが語る恋心が現実味をもって受け止められなかったことがわかります。

学校のクラスでも、だれがだれを好きになるという話は飛び交っているが、すずの恋、そんなのとはまったく違う気がする。(P.85の11行目から12行目)

 自分には想像もできない感情について語るすずに対する莉帆の焦りは、問題該当部の直後に莉帆がとった行動にも現れれています。すずが想いを寄せる相手が、すずの好きな「お餅」を知っているかどうかを聞いた莉帆に対して、すずが冷静な回答を返した後に以下のような表現があります。

餅のことなんか言った自分が、馬鹿みたいに思える。(P.85の9行目から10行目)

 ここでの自分が「馬鹿みたいに思える」という心情は、劣等感を抱いた人物の様子を表す際に多く使われますので、注意しておきましょう。
 このように、大人への恋心を抱くすずと自分との間に大きな違いを感じてしまった莉帆が、すずは自分とは全く別の世界に行ってしまったと感じていることが読み取れます。それが問題該当部にある、駅に向かって足早に歩く大人たちの中に紛れて、大人の道を進んで行くすずの姿として表されているのです。後は、ここから後の部分にある、「自分からすずが離れて行ってしまうと莉帆が感じている部分」を探せばよいことになります。
 先を読み進めてみると、コンビニで買ったおでんの餅をほおばったすずが満面の笑みを見せた場面で、莉帆の以下のような想いが表されています。

日に日に遠い存在になっていくように思えたすずが、自分と同じ十一歳の女の子だとふいに実感して、莉帆はうれしくなる。(P.89の3行目から4行目)

 最後の「実感して、莉帆はうれしくなる」という部分がこの問題を解く上での最大のヒントになります。それまでの自分との違いをすずに感じて戸惑い、焦る莉帆の姿と対照的に喜びに包まれている莉帆が描かれていることから、そこにつながる前の部分に注目してみましょう。喜びや安心といったプラスの感情を抱けたからこそ、それまでの負の感情を抱いていた自分を振り返る端的な言葉が近い部分に出てくるという構成は、多くの物語で見られるものです。そこで、同じ文章の前半を見ると「遠い存在」という言葉が見つかりますす。
 同じ意味合いを表す言葉が、人物の置かれた環境が対照的に変化した部分に出てくるというパターンは実際の入試問題でも多く見られます。抜き出し問題では、答えとなる部分をすぐに、闇雲に探すのではなく、人物の心情の流れをしっかりと把握したうえで探す方が、圧倒的に解答につながるヒントを見つけやすくなります。難問が多い抜き出し問題だからこそ、心情を深く理解するという工程を大事にしてください。

≪予想問題1の解答≫

 遠い存在

≪予想問題2≫
P.82の9行目から10行目までの、「中学生になっても、スイミング続けようね、すず。餅を食べ続けるために、がんばろうね」の言葉(A)と、P.89の7行目の、「六年生になってもスイミングやめないよね?」の言葉(B)はどちらも莉帆がすずに向けて発したものですが、(A)から(B)までに莉帆の心情はどのように変化したでしょうか。150字以内で詳しく説明しなさい。
≪解答のポイント≫

 (A)と(B)に共通しているのは、「スイミングを続ける」ことについて莉帆がすずに問いかけている点です。このように同じような趣旨で語られた言葉の違いや、それらの言葉が発せられる間に起きた人物の心情の変化は出題対象となることが多くあります。
 まずは(A)、(B)それぞれの場面での莉帆の心情について整理してみましょう。
 (A)が発せられた時点ではまだすずの恋心は明かされておらず、二人の話題の中心は将来の夢についてでした。(A)の直前に以下のような表現があります。

莉帆は尊敬のまなざしですずを見る。前から思っていたけれど、すずはすごい。(P.82の5行目)
自分の夢よりかっこいい気がする。(P.82の7行目から8行目)

 莉帆がすずに対して、夢に対する考え方でも自分との違い、を感じていることがわかりますが、「尊敬のまなざし」という表現が使われ、この直後にすずに対して、一緒にスイミングを続けようと語りかけていることから、この時点で莉帆がすずに対して焦りや戸惑いは感じていないと言えます。そうした負の感情を莉帆が抱えたままに、無理をしてすずにスイミングのことを話していると読み取れる描写は見られません。
 つまりこの時点ですずとの違いを感じた莉帆が抱いた心情は、「尊敬」「かっこいい」という言葉に象徴される素直な憧れであったと考えるのが妥当です。
 それに対し、(B)の時点での莉帆の心情の流れは、≪予想問題1≫で確認した通りです。恋という自分には想像もできない感情をすずが抱いていることに焦り、戸惑いを強く感じたものの、好物の餅をほおばって満面の笑みを見せたすずに、自分と同い年である実感が持ててたことで、焦りや戸惑いから解放された莉帆は喜びを強く感じるようになりました。
 一度は劣等感とも言える負の感情の対象としてすずを見ていたからこそ、改めてすずが自分の近くにいてくれる存在であると実感できた時の莉帆の喜びが大きいものであったことが、(B)の言葉の直後の「念押しするように訊く」(P.89の7行目)という様子にも表されています。
 さらに、(A)の言葉では「中学生になっても」であったのが、(B)の言葉では「六年生になっても」と学年がひとつ早まっているところに、一度は遠い存在に感じたすずをより身近に感じていたい、何でも話し合える友人どうしでい続けたいという莉帆の強い想いが巧みに込められていると言えます。ちょっとした言葉の違いの中に、人物の心情の変化が垣間見えるという抜群の表現効果を堪能できる貴重な場面です。
 この場面の最後にある以下の部分に、莉帆とすずが心のつながりを深めた様子が表されている点にも目を配っておきましょう。

二人は顔を見合わせてから、器のなかのたまごをひとつずつ、箸でつまむ。(P.89の9行目から10行目)

 言葉にしなくても二人の心が通じ合っていることが示されています。
 この問題は説明すべき内容が多く、そのため字数も150字と多めに設定しています。制限字数が多めになった際には、一文で無理にまとめようとせずに、読みやすい解答となるように、文章を途中で切ることを考えて解答を構成しましょう。また、満面の笑みを見せるすずについての説明は、「子供らしさ」という言葉で端的にまとめるとよいでしょう。字数とのバランスの中で、端的にまとめる言葉はまとめ、説明すべき内容が多い際には文章を切るといった判断をスピーディーにできるように記述練習を重ねて行きましょう。

≪予想問題2の解答≫

 (A)の言葉をすずに伝えた時には、自分と違うすずに憧れを抱いていた。その後、恋心という想像もできない感情をすずが抱いていることを知って、焦りや戸惑いを感じるようになったが、すずが自分と同じ子供らしさを持っていることを知って、(B)の言葉を伝える時には、すずとの友情をより強く感じるようになった。(147字)

【最後に】

 先にも触れました通り、今回ご紹介しました『それぞれの夢』以外は大人が主人公である短編がほとんどです。それでも、美しく、巧妙に作り出された表現の数々は、ぜひとも中学受験生の皆さんに触れて頂きたいものばかりです。特に最終章の長く暮らした実家を処分する家族の物語が描かれる『私たちのちいさな歴史』は、来年度入試で出題する学校があっても不思議ではない傑作です。主人公が母親のつけていた家計簿を見つける場面や、新型コロナウィルスで変容した生活の中で、家族のあり方を見つけて行く場面では、煌めくような表現で登場人物の心がゆっくりと深まって行く様子がつづられています。どの短編も分量は多くありませんので、読んでみて面白そうであればぜひ読み続けてみてください。細やかな心の移ろい、やりとりが美しく散りばめられた一冊です。

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