No.1457 GW読書にぜひ!ページをめくる手が止まらない、個性的なキャラクターが魅力的な書籍4選

【はじめに】

 2024年度本屋大賞を受賞した『成瀬は天下を取りにいく』。大きな話題となった作品ですので、すでに読まれた方々も多いかと思われますが、ヒロイン、ヒーローという既存の言い方がまるで当てはまらない、他に類を見ない圧倒的な存在感を放つ「成瀬あかり」という人物が、我が道を突き進む姿を描いた傑作です。本作品の詳細については後に触れますが、滋賀県大津市に住む成瀬は、幼い頃から何ごとも飄々とこなし、小学校、中学校と環境が変わっても、周りの目を一切気にすることなく、マイペースに生きる女子です。

 その行動は常人の想像の域を遥かに超え、中学二年生の夏に閉店の決まった西武百貨店大津支店に毎日通い、最後の1か月の営業の様子を中継するテレビ番組に毎日映り込むと宣言し、それを実行して見せたかと思えば、その直後には幼なじみの島崎みゆきとコンビを組んで、漫才の大会「M-1グランプリ」の予選に出場。極めつきは、高校の入学時に髪を剃って坊主頭で登場と、奇想天外という言葉では収まらない行動を次々に起こす成瀬ですが、当の本人は至極当然のように、飄々と行動し続けるのです。

 そんな成瀬の姿は読み手にインパクトを与え続け、気がつくと成瀬が自分の中に生きているような感覚になり、ページをめくる手が止まらなくなってしまいます。まさに読みだしたら止まらない魅力に満ちた作品です。

 この作品が今年度の中学入試において、豊島岡女子学園中、栄東中(東大特待Ⅰ)、中央大附属中などで出典となりました。その中で豊島岡女子学園中の問題では、成瀬のキャラクターについての詳しい説明がないまま、独特の話し方をする成瀬が髪を切った経緯を説明するという、初見の受験生にとっては何が起きているのかすぐには理解できない場面が出題対象となりました。ここには、限られた情報からその人物像を探る力を試すという豊島岡ならではの高レベルな要求が見て取れます。

 ただ、豊島岡が『成瀬』を出典とした理由が、単に読み取りづらい物語を出題しようというものだけとは思えません。そこには、豊島岡から受験生に向けての強いメッセージが込められていると考えます。

 強い個性の持ち主であり、自分の決めたことは周りの目を一切気にせず行動に移し、それに固執することなく、続ける意味がないと判断した場合には、あっさりと辞めてしまう。そんな成瀬の行動は、ともすれば周りの目を気にするあまりに自分の考えを持てないままになってしまう、同調圧力にとらわれがちな今の世に対するアンチテーゼであり、受験生に対しても、成瀬のような生き方に触れて欲しいという豊島岡の矜持、プライドがあると感じられるのです。豊島岡が『成瀬』を出題したことで、今後、他の学校でも、既成概念にとらわれない人物の姿を描いた作品が出題される可能性が高まるとも考えられます。

 そこで今回は、『成瀬は天下を取りにいく』、そしてその続編である『成瀬は信じた道をいく』を含め、成瀬あかりのような周りの目を気にせずに我が道を進む人物、既成概念にとらわれない設定の人物の姿を描いた作品を4編ご紹介します。どの作品も、読み始めたら止まらない面白さに満ちています。まずは入試に出る出ない、という観点は捨てて、作品の世界に入り込んでみてください。今回ご紹介する作品に登場する人物たちが奔走する姿は、中学受験生の皆さんの心に強く響くことでしょう。このGWが皆さんにとって、貴重な読書体験を積む時間となることを祈っています。

『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈(新潮社)

amazon『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈(新潮社)

【対象学年】

5年生以上

【ここがポイント!】

 本作品は、6つの短編から成る連作短編集です。【はじめに】で触れました通り、主人公の成瀬あかりは周りの目を気にせず、自分がやりたいと思ったことを徹底的にやり抜き、そこに必要性を感じなければあっさりと辞めてしまうといった独特のキャラクターとして描かれています。あまりに突飛な行動に周りにいる人々は驚きますが、気がつけば成瀬の行動に触発され、影響を受け、ものの見方、考え方を変えて行きます。栄東中(東大選抜Ⅰ)で出題された最終問題も、成瀬の同級生である大貫かえでの心境の変化を問うものでした。幼なじみの島崎みゆきをはじめ、成瀬と関わった周りの人々が変化して行く背景には、それらの人々がどこかで成瀬のようでありたいという想いがあると思われます。

 そんな成瀬ですが、周りを一切受け付けない孤高のキャラクターとして描かれているのではありません。島崎を漫才に誘ったり、大貫を伴って東京の西武池袋本店に行ったり、競技かるたの全国大会で知り合った男子高校生を大津の名所に連れて行く際には労を惜しまなかったりと、むしろ世話焼きとも思える行動を見せるのです。集団で群れることはしないけれど、他者を拒絶することもない。他者との接し方にも自分の考えを突き通すところが、成瀬の魅力のひとつとなっています。それが顕著に表されているのが、最終章の「ときめき江州音頭」です。

 本作品に収録された6つの短編のうち、5編が島崎をはじめとした他者の目線で成瀬の姿が語られるのですが、この「ときめき江州音頭」では成瀬自身の目線で物語が進行します。この最終章で成瀬は、島崎が親の転勤のため、大津を離れることを知り、大いに動揺します。揺るぎない個性の持ち主である成瀬が、親友の転居がきっかけとなり何をやっても上手く行かない日々を送ることになるのです。このギャップがまた成瀬の魅力を引き立たせます。唯我独尊のように見えて、島崎と離れ離れになることを受け入れられない成瀬の姿には、まさに中学受験物語文の重要テーマ「友人関係」のエッセンスが凝縮されており、豊島岡女子の出題対象にもなっていました。

 物語が予想もつかない展開を見せる本作品を読み始めると、次に成瀬はどのような行動を起こすのかが気になり、気がつけば作品の世界にすい込まれて行きます。その世界の中心にいる成瀬という人物の行動を追い、その個性を読み取って行く過程は、中学受験物語文において人物の特徴を読み取る際に不可欠な力の養成にもつながります。ぜひ成瀬の勇姿に魅入られる体験を存分に味わってください。

『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈(新潮社)

amazon『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈(新潮社)

【対象学年】

5年生以上

【ここがポイント!】

 『成瀬は天下を取りに行く』の続編で、本作品も5つの短編で構成される連作短編集となっています。この続編においても成瀬の推進力は止まることなく、前作に匹敵するストーリー展開の面白さを満喫することができます。

 前作の最終章のような、成瀬自身の目線で物語が進行する章はなく、すべての章が島崎みゆきや成瀬の父親、そして新たに成瀬と出会った人々の目線で語られます。かといって成瀬の存在感が薄まることはなく、前作の髪を剃るといった驚天動地の行動を起こすことまではありませんが、時に愛する町をパトロールして回り(もちろん自主的に)、時にスーパーマーケットのアルバイトとして万引き犯を追い、そしてついには「びわ湖大津観光大使」に就任するなど、その常人の想像を遥かに超えた行動力は如何なく発揮され、周りの人々に強烈な影響を与えて行きます。

 そんな成瀬の存在感を端的に表したのが、共に観光大使となった篠原かれんという人物の「わたしは成瀬をただの変なやつだと思っていたけれど、この安心感はなんだ。」(P.146の3行目)という言葉です。周りの目を気にすることなく、揺らぐことなく個性を発揮し続ける、成瀬であり続ける成瀬という存在が、出会った人々の心で大事な位置を占めていることがこの言葉に集約されています。

 そして、最終章で物語は、まさに連作短編ならではのクライマックスを迎えます。それまでも十分に独特の存在感を放ちながらも、バイプレーヤーとして立ち回っていた(成瀬本人の意志ではなく、あくまで読み手の印象として)成瀬が、最終章で一気に暴走を開始します。読んでいて、これぞ成瀬!と妙な感慨にひたり、その暴走に吸い寄せられて行きます。詳しくここで書くことはできませんが、絶妙な語り口と、人物の登場のさせ方が心憎い程に絶妙で、まさに『成瀬』ならではのフィナーレにふさわしいとんでもないラストが待ち構えています。

 そして、本作品もまた来年度の中学入試で出典となる可能性が高いと言えます。特に、成瀬に憧れる小学4年生の北川みらいを主人公とする第1章「ときめきっ子タイム」の[P.28の10行目からP.37の16行目]、そして上述の篠原かれんを主人公とする第4章「コンビーフはうまい」の[P.139の7行目からP.149の8行目]は、多くの中学校の先生方が出題対象として注目する可能性が高く、要注意です。

 前作と同様に読み終えた頃には成瀬への愛情がさらに深まります。そして前作以上に、成瀬に出会った人々の考え方の変化、生き方の変化が鮮明に表されていて、他者とのつながりが自己理解につながるといった中学受験物語文で頻出のパターンを、楽しみながら学習することができます。本作品から読み始めても十分に楽しめますが、やはり成瀬の個性を踏まえたうえで本作品に臨んだ方が断然楽しめますので、まずは前作から読まれることをおすすめします。

『武士道シックスティーン』誉田哲也(文春文庫)

amazon『武士道シックスティーン』誉田哲也(文春文庫)

【対象学年】

5年生以上

【ここがポイント!】

 対照的な2人の女子高生が、剣道を通してその絆を深めて行く姿を描いた青春小説です。実写映画化され、この後に『武士道セブンティーン』、『武士道エイティーン』、『武士道ジェネレーション』とシリーズ化された人気作品です。

 まず目を引くのが、勝負に徹底的にこだわり、負けることは斬られることとまで考える磯山香織という女子のキャラクターです。武蔵を師と仰ぎ、教室では片手で『五輪書』を熟読しながらもう片方の手で鉄アレイを握り、常に剣道のこと、相手を打ち負かすことばかりを考えて行動する香織の姿は、周りの目を気にすることなく行動する点で、成瀬に近い印象を覚えます。物語の後半で、自分の剣道との向き合い方に限界を感じ、傷つき、心がおぼつかなくなる程に揺らいでしまうのも、剣道への想いが強いが故のことで、周りに流されて信念がぐらついたためではありません。深く傷つき、揺らぎ、そこからはい上がる香織の姿こそが本作品の大きな魅力となっています。

 そして一方の、勝負へのこだわりを微塵も見せないながらも、時に強敵を倒す、つかみどころのない強さを持つ西荻早苗という女子もまた、いたって普通の女子高生に見えて、実は強い個性を持ったキャラクターとして描かれています。中学時代の対戦で早苗に敗れた香織に激しくライバル視され、香織にどんなに厳しく罵倒されても、時に暴力を振るわれても、まるでじゃれるように香織につきまとう早苗の、のんびりとしたマイペースぶりは、もはや「呑気」の域を超えており、読んでいる側が脱力してしまうほどのものです。「のんびり」もここまで突き通されると、成瀬のパワーに匹敵するのではと思えてしまう程です。

 剣道のスタイルも香織とは全く異なり、香織に『お気楽不動心』と称される受け身からゆるやかに攻撃するものなのですが、早苗本人も意識しないままに気がつけば強敵を倒して行く試合の描写には爽快感を味わうことができます。

 早苗に剣道で敗れたことを屈辱とする香織が、やがて自分の中の壁にぶつかり、早苗との心の交流を経て再生して行く様子は、まさに中学受験物語文の最重要テーマ「他者理解」と「自己理解」を鮮やかに描いたものとなっており、さらに早苗が勝負にこだわらなくなった理由となる、早苗と父親の関係が描かれることで、物語は「家族関係」というテーマをも内包し、一気に深みを増して行きます。

 香織と早苗という対照的な2人の関係が深まる様子を、2人が剣道に打ち込む姿を通して描かれて行く過程は、読んでいて胸が熱くなり、時に涙腺が強く刺激されるものです。個性的なキャラクター、ワクワクするようなストーリー展開、そして中学受験的テーマが根底にしっかりと存在する本作品は、エンターテインメントとして楽しみながら読解力を養成することもできる傑作です。ぜひ本作品の世界観を楽しんでみてください。

『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦(角川文庫)

amazon『ペンギン・ハイウェイ』森見登美彦(角川文庫)

【対象学年】

5年生以上

【ここがポイント!】

 第31回日本SF大賞を受賞し、アニメ映画化もされた作品です。小学4年生とは思えない考え方、言動をくりだす主人公アオヤマ君の、周りに流されず我が道を突き進むキャラクターが際立っています。

 小学4年生にして、世界について研究を重ね、それをノートに記録するという日々を送る主人公のアオヤマ君。物語はそんなアオヤマ君の「ぼくはたいへん頭が良く、しかも努力をおこたらずに勉強するのである。だから、将来はきっとえらい人間になるだろう」(P.5の1行目から2行目)という言葉から始まります。アオヤマ君は歯科医院に勤める、自由奔放で謎めいた「お姉さん」についても研究を続けていましたが、ある日、町に急にペンギンが現れるようになります。お姉さん、ペンギン、そして「海」という物体の謎をアオヤマ君と仲間が明かして行く過程が、息もつかせぬスリリングな描写で展開して行きます。

 SFエンターテインメント小説として、ストーリー展開の面白さは言うまでもありませんが、何といってもアオヤマ君の突き抜けたキャラクターに引き寄せられて行きます。

 クラスメイトで常に暴力的に周りを制圧して行くスズキ君から悪質な嫌がらせを受けても、「ぼくが困れば困るほど、彼らはますます楽しい。それならば、ぼくが困らなければ困らないほど、彼らはますます楽しくなくなるはずだ」(P.169の9行目から11行目)と、理論的に考察して、一切動じないといった姿に象徴的に表されるように、アオヤマ君の理知的な行動は、同調圧力という概念を軽く一蹴してしまう爽快感に満ちており、成瀬に通じる圧倒的な強さが感じられるのです。

 そんなアオヤマ君のキャラクターに魅入られながら、物語は中盤以降に急展開し、アオヤマ君とその仲間たちが町を守るために行動するスリリングな姿が描かれ、一気にクライマックスへと向かって行きます。物語の高揚感を支えているのが、躍動的で美しい風景描写の数々です。アニメ化されるのもうなずける程にダイナミックな描写に触れることは、物語文を解き進める際に不可欠な、イメージを喚起する力の養成にもつながります。

 さらにアオヤマ君と仲間たち、とくに敵視していたスズキ君との関係の変化には「友人関係」という重要テーマが含まれており、またアオヤマ君が親友のウチダ君と「死」について語らう場面など、読み手に哲学的なテーマについて考えさせる要素も散りばめられています。

 後半に物語が大きく展開し始めてからは、まさに時間を忘れてしまう程に、作品の世界に没頭してしまう魅力に満ちています。主人公のキャラクターに引き寄せられながら読書の楽しみを満喫し、読み終えた時には大きな多幸感が得られる傑作です。

 われわれ中学受験鉄人会のプロ家庭教師は、常に100%合格を胸に日々研鑽しております。ぜひ、大切なお子さんの合格の為にプロ家庭教師をご指名ください。

メールマガジン登録は無料です!

頑張っている中学受験生のみなさんが、志望中学に合格することだけを考えて、一通一通、魂を込めて書いています。ぜひご登録ください!メールアドレスの入力のみで無料でご登録頂けます!

ぜひクラスアップを実現してください。応援しています!

ページのトップへ