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日常、中学受験に向けて読解問題を解いているときに、小学生が読む文章としては、あまり見慣れない流れを持つ問題文に出会うことがあります。
「こういう話だったら、おそらくこのような結末になるだろう」という、予定調和的な読みをしていくと、むしろ主旨を見失ってしまうような、’パターン崩しというパターン’とでもいうべきユニークな出題文がそれです。
近年の中学入試や中学受験向けの教材などに採録された文章の中で、印象に残った問題について、述べてみたいと思います。
森林を守ろうという自然保護の根拠として、森林がわれわれの吸う酸素を供給してくれるという主張を掲げることは多い。だが、植物生態学の専門家にたずねてみると、植物も呼吸をし、酸素を消費する。植物の呼吸による酸素消費量と、光合成で植物が出す酸素放出量は、1対2の割合である。これに生長をやめた植物が微生物に腐って分解されるときに、微生物によって消費される酸素の量が1に相当することを考えあわせると、森林全体の酸素消費量と酸素放出量は、2対2になってつりあっている。となると、森林の酸素の供給と消費は、プラスマイナス・ゼロなのであって、森林を保護することの理由に酸素のことを持ち出すべきではない。さもないと「森林は酸素を出さないから、無くなってもいい」と足をすくわれかねないし、酸素を出さなくなった森林は用無しで、すぐさま伐採すべきものだということになってしまうだろう。森林が大事な理由はほかにもいくらでもあるのだから、森林の大切さを訴えるには、もっと正しい知識で理論を打ち立てていくべきだ。
旅人の私はアテネの街をたずねるが、いくら歩いても、ここはという場所がみつからず、私にとってアテネはのっぺらぼうの街のままだった。最初にアクロポリスの丘に登ったのがいけなかったのかもしれない。入場券を買い、門をくぐって歩き、ようやく丘の上に出ると、想像していた以上にはるかに巨大なパルテノン神殿が、いっきに視野に広がってきた。アクロポリスの丘は、注意深く荒らしたままにしてあるという気配が色濃く漂っていて、本当の意味の廃墟ではなかった。パルテノン神殿は間違いなく美しかったが、その姿は、信仰の地として生きるでもなく、廃墟として徹底的に生きるでもなく、ただ観光地として無様に生き永らえていることを恥じているようでもあった。
以上、2つの例をあげましたが、これらは、「環境」、「歴史文化遺産」という、中学受験の国語において最も出題されやすい代表的なテーマを扱った文章です。小学生達にもなじみの深い話題を扱っていながら、それでいて、子ども達がいつも読んでいるような話の流れとは、内容的に大きくことなるものを含んでいる文章でもあるのです。
多くの小学生にとって、めずらしい内容の文章を選んで出題する学校側の意図とは、一体どのようなものなのでしょうか。子ども達が自分のなかに知らずに持っている型とは、むしろ異なる筋の文章を読ませる問題というテストは、受験する子どもの読む力の強度と、しなやかさを測ろうとする試験の最たるものであると思われます。
国語の試験で試される文章読解能力とは、言葉を通じて自分にとってまだ知らない世界と出会っていく力にほかなりません。新しい論理や発想、自分がまだ持たないものの感じ方などを、言葉を通じて柔軟に自分のものにしていくという力を、子どもに未見の内容を読ませることを通じて、純粋に問いたいという出題者の意図が、強くあらわれているのが、パターン崩しというパターンの問題であると考えられます。
よく出題される話題についての文章を一通り経験して、話題となる事がらへの理解を深め、基本的な内容の問題で安定して得点できるところまで到達した生徒さんや、偏差値60台以上という高みをめざしていこうとする生徒さんは特に、よく出会うような内容と大きく異なる、一見すると意外な内容を物語っていく文章に注意を払っていく必要があるでしょう。
出題文があまり見慣れないパターンの文章であったとしても、受験する生徒さんの側からすると、絶対に譲れない自分の志望校の入試として出題されてくるのですから、確実に読みこなせるだけの揺るぎない実力をつけて受験当日にのぞみ、大切なチャンスを是非ともよい結果につなげていきたいものです。
それでは、こうした問題をも確実に解けるようにするために、具体的にどのような方法で力をつけていけば良いのでしょうか。まず重要なことは、お子様の読みあやまりを見つけた場合、単に正解を確認することに終始してしまうのではなく、なぜ誤ってしまったかを細かくたずねていくことで、お子様のつまずきの質を正しく判定してあげるということです。
ひとつには、知識面や読みの技術が足りないために、本文主旨がとらえきれなかったというつまづきが考えられます。そもそも、パターン破りというパターンの文章は、比較的レベルの高い文章によって現れやすいものですので、文章を構成している語彙や言い回しなども、平均的なレベルの問題文より難度が高いことが多いです。たとえば、文中で、「画一的な教育」「律儀な人」「気の置けない友だち」「たわいないいたずら」「おめおめとやってきて」「悪びれる様子もなく」「まことしやかな噂」といったような表現が出てくることがあります、これらの表現は、ふつうの小学生の生活では馴染みのない言葉です。しかし、入試では、この位の言葉であれば、語注が付されていないこともしばしばあるのです。
言葉の知識の不足が、論旨を理解するうえで妨げになってしまう面が強いのであれば、語彙を増やす学習が必要になってきます。そういった場合、たとえば、中学受験の読解に必要な言葉を集めた、GAKKEN「言葉力1200」というような本をお勧めしたり、こうした本に出てくる言葉を使って、短文つくりや言葉の意味を簡潔に書いてもらうミニテストを日々の授業に取り入れるなどすることもあります。継続的な学習を積み重ねていくことで、言葉数の不足は克服することができるのです。また、多少知らない言葉があっても、熟語であれば漢字の訓読みを組み合わせて語義を類推したり、文中にわからない部分が出てきても、自分に理解できる部分が近くにあれば、前後の接続詞などを手がかりにするなどして、負けずに文章を読みすすめていくという実践練習をつむことも有効でしょう。このような訓練をしておけば、同じ知識量を以ってしても、読みこなせる文章の幅は格段に広がっていきます。
ですが、知識的、技術的な側面とは異なる、心理的なつまずきがある場合もあります。たとえば、[2]の文章を読んだときに、あるお子さんが、「やっぱりそういう話だったのか!」ととても残念そうに言ったことがありました。よく聞くと、「筆者は、この遺跡はダメだということを言ってるんじゃないかと一旦は思ったものの、遺跡や神殿なんていうものが登場し、しかも、『美しい』とか、想像していたより『巨大』とか書いてあるのも見えて、それがあまり良くないなんていう感想をまさか筆者が言うわけがないと思い始めてしまった。すると、読んでいてもうわけがわからなくなってしまった。」というものでした。
つまり、そのお子さんは、はじめに読み取った内容のまま読み進めていけば、筆者がパルテノン神殿をマイナス的な評価で見ているという正しい内容に行き着いたはずなのに、自分の読みを信じることができずに不安になって、結局本文の主旨からそれていってしまったのでした。こうした、心理的なつまずきがある場合、有効な方策としては、読んだ文章において、どこまで自力で正しく読めていたのかを、明らかにしていくことです。きちんと読み取れた部分と、つかめなくなってしまった部分の境目に、赤ペンで本文にカギ括弧をつけて、子どもが流れを見失ってしまったところからもう一度、一文一文をかみくだくように、ゆっくりしたペースで一緒に読んでいくのです。
これまでの私の指導経験をふりかえって見ますと、「この部分はわかったけれど、この一文がわからなかったために、その先がわからなくなってしまった。」というように、自分がどこで文脈を捉えそこねたかを、人にしっかりと説明できるお子さんは、その後の学習において成績が大きく伸びていきました。逆に、「どこがわからないのかが、自分の中でもモヤモヤしてしまってよくわからない。」というような答えが返ってくるようなお子さんは、本文を一文一文追いかけていく自分の思考の働きを、自分の中でまだはっきりと意識できていないような段階にあると思われます。そのあたりを、自分で明確に意識できるようになってくると、ふとしたことで飛躍した内容を思い浮かべてしまうというようなミスも目に見えて減っていきますし、気持ちも安定してくるのです。
加えて、パターン破りの問題文にチャレンジするときには、普通の文章と内容的に違っている点を、大人が心の底から楽しんでいる姿を、まずお子さまに示していくことも必要です。未知の内容に触れることを喜びとする子どもがいる半面で、自分の予想を超えて展開していく文章を読むと、その意外性に圧倒されてしまったり、ストレスを感じさえしてしまう子どももいます。ですが、後者のような子どもも、心の底には、未知のことがらに対して、大人以上に興味をいだく性質を秘めているものです。大人がパターン崩しの文章を大いに面白がっている姿を示して、子どもの知的好奇心を刺激してあげ、未知の内容にこぎ出していく勇気にも働きかけていくことが望ましいと思います。子どもに理解できるような言い方で、問題文の持つ強いオリジナリティーをとらえ直してあげ、パターン崩しの文章が読者に与えてくれる読書本来の楽しみやわくわくするような読書体験を共に味わっていくうちに、自転車の補助輪が自然と取れる日がくるように、自分だけの力で幅広い内容の問題文に対応できるようになっていくのです。
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