中学受験的 中島みゆきの聴き方

中島みゆきと聞くと、「歌詞が暗い」「怨念めいている」などネガティブな印象を持つ親御さんも多いと思われます。『わかれうた』『ひとり上手』など、恋愛の暗の部分を取り上げた曲のインパクトが余りに強いからかもしれません。

一方で、中島みゆきの歌詞が高く評価されていることもご存知かと思います。それが一部のコアなファンにとどまらず、多くの識者からも賞賛されていることが、詩人としての中島みゆきの存在感を強く印象づけています。今回はそんな中島みゆきの曲の中から、中学受験の教材として取り上げたいものをいくつか紹介します。

中学受験の国語で詩を出題する学校は決して多くはないのだから、歌詞は教材にはなりえないのではないかと思われるかもしれません。ただし、ここで紹介する曲は単なる詩の教材ではありません。言葉の持つ美しさ、強さを感じるための教材です。そうした言葉への感覚を鍛えることが、文章を読解する力を培ううえでどうしても必要となるのです。

ドラマの主題歌として起用されて話題になりましたが、元は知人の結婚式に提供するために作られたそうです。そのため、結婚披露宴でこの曲が歌われるケースも非常に多いです。Mr.Childrenの桜井和寿や福山雅治など多くのアーティストがカバーしていることでも有名です。

この曲のサビの部分、「縦の糸はあなた 横の糸はわたし」とありますが、この二人は必ずしも男女とは限りません。ただ恋愛を歌っているのではなく、人と人との縁、つながりを糸で表現しているのです。ポイントは曲の最後にあります。

「縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合せと呼びます」

“しあわせ”が「幸せ」ではなく、「仕合せ」となっています。「仕合せ」を辞書でひくと、「めぐりあわせ。機会。天運。」とあります。同じ幸せでも、より偶然性が強い時に使われることがあるのですが、その偶然性が曲の冒頭に歌われているのです。

「なぜ めぐり逢うのかを 私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを 私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの 遠い空の下 ふたつの物語」

曲の最初と最後が見事に呼応していることを、お子さんに気づかせてあげてください。

ヘッドライト・テールライト

NHKの『プロジェクトⅩ〜挑戦者たち〜』の主題歌といえば『地上の星』ですが、そのカップリングとして発表され、同番組のエンディングテーマに使われました。この曲の3番は以下の通りです。

「行く先を照らすのは まだ咲かぬ見果てぬ夢
遥か後ろを照らすのは あどけない夢
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない」

ヘッドライトが照らすのは、果てない夢がある未来、テールライトが照らすのは、これまでの自分が抱いてきた、幼い頃の夢、その道中にいる人の歩みは止まらない、と解釈できます。

ライトとは暗闇を照らすものです。その暗闇とは、世間の中で目立たない存在を表すものでもあり、人が人生に迷う時であることを表してもいます。そんな二つの暗闇に光をともすものとして、ライトが象徴的な役割を担っているのではないか。そんな視点からお子さんと話し合ってみてはいかがでしょうか。

また、この曲の2番で、
「足跡は 降る雨と 降る時の中へ消え 称える歌は 英雄のために過ぎても」

とあります。この「降る時」ですが、本来は「経る時」と表記されるべきものです。「経る」は現代語ではヘルと読みますが、古文ではフル(ハ行下二段動詞「経(フ)」の連体形)と読みます。つまり、「降る」と「経る」が掛詞になっているのです。こうした言葉遊びのような表現にも注目してみてください。

ファイト!

今回紹介する曲の中で、最も壮絶な内容です。歌詞をお子さんに見せるときには、まず親御さんがよく見てから、一部のみを抜粋するなどの判断をしてください。CMで女優の満島ひかりがこの曲を歌っていることでも話題になっていますが、歌詞をよく見ると、私達がふだんファイトという言葉をいかに間違って使っていたかを思い知らされます。曲のサビは以下の通りです。

「ファイト! 闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ」

そのまま聴いていると明るい応援歌のようですが、生半可な応援ではないのです。そもそもこの曲が生まれた背景ですが、中島みゆきがパーソナリティを務めるラジオ番組に一人の女性から寄せられた投稿がきっかけになっていると言われています。その女性は経済的な理由で高校に進学できなかった。そうした境遇で受ける苦しみを中島みゆきに告げたそうです。

この曲は、以下の歌詞から始まります。
「あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている」

1番はその後に、大人に暴力をふるわれる少年、駅で通り魔的に突き飛ばされる子供など、世の中の闇とも言える光景が描写され、そしてそうした場面から逃げ出すことしかできない自分を「私の敵は 私です」と責めます。誰か責めるべき対象があることよりも、自分を責めることの方がずっとつらく、どうしようもないことと言えるでしょう。

どうしようもない現実を描写した後で、サビの「ファイト!…」と連なるのですが、この1番では、サビの意味がまだピンと来ません。冷たい水の中をのぼってゆけ、とは?

その答えが2番で表されます。
「暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
光っているのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく
勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの出場通知を抱きしめて
あいつは海になりました
ファイト!…(サビ繰り返し)」

魚たちがキラキラと輝いているのは、傷ついてはがれかけた鱗が揺れているせい。ここは、傷ついても体がぼろぼろになっても、とにかく前へ進め、抗いようのない現実に立ち向かうにはそれくらいの覚悟が必要である、ともとれます。

その後に出てくる「ファイト!」は1番のそれとは全く違う、より思い訴えが感じられます。3番、4番では曲中の人物に、さらなる厳しい現実が訪れます。地元から東京に出ようとしても、「薄情もん」と罵倒を浴び、夢かなわず、さらに女性として生きてゆくことのつらさを徹底的に感じさせられます。これでもか、と現実の厳しさを見せつけた後、最後に

「ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく
諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく
ファイト!…(サビ繰り返し)」

諦めずに立ち向かってゆくことで、東京などではなく、国境までも越えられる。生半可な覚悟では立ち向かえないが、それでも未来があることが歌われています。そうした変化に注意して、ぜひ聴いてみてください。

中島みゆきの特徴のひとつが、同じ言葉の繰り返しです。ここでもサビが繰返されますが、その訴えるものが、どんどん変わってゆくのです。同じ表現でも、その場面によって全く違うものになることは、中学受験の国語では頻出の出題パターンです。ファイトという言葉が、英語で「闘う」という意味であることを痛感させられる傑作です。

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