中学受験的「モンスターズ・インク」の見方

 今回はディズニーとピクサー製作のアニメーション映画のひとつ、モンスターズ・インク(ピート・ドクター&デヴィッド・シルヴァーマン&リー・アンクリッチ共同監督)を中学受験的に観るポイントをご紹介します。2002年に公開されたこの映画は、ピクサー映画の中でも「大人が観て感動できる作品」のひとつとして高い評価を得ています。多くの方がご覧になっていると思いますので、ストーリーを含めた詳しい映画の内容は割愛します。なぜこの映画が大人も楽しめるものなのか。そのポイントとなるいくつかの要素を見てゆくことで、この映画が極めて質の高い「国語の教材」になることがお伝えできると考えています。

 今回の分析を踏まえて、ご覧になったことがあるお子さんとも、ぜひもう一度『モンスターズ・インク』を一緒にご覧になってみてください。

【サリーの変化】

 この映画の最大のポイントは、主人公のモンスター・サリーが、思わぬきっかけで出逢った少女ブーと過ごす時間を通して、初めは警戒心のみを抱いていながらも、次第にブーへの愛情を抱き、彼女のために我が身の危険も省みずに奮闘するまでに変わってゆく姿に、観ている側が感情移入してしまうところにあります。

 こうした人物(この映画ではモンスターですが)の心情の変化は、いうまでもなく中学受験の物語文読解での頻出パターンです。この映画ではそうした深い情感をともなう変化が、とてもわかりやすく表されていますので、その変化をしっかりと追ってみましょう。

 まず、サリーの心情の変化をより鮮明にするために、この映画では巧妙な設定がなされています。映画を観た方はすぐにピンとくるでしょうが、サリーをはじめモンスター達は「人間の子供は極めて危険な存在で、触れると死んでしまう」と思いこんでいるのです。そのことはブーに初めて逢ったサリーが激しく狼狽する様子にはっきりと表されています。子供を脅して悲鳴をあげさせることを仕事にしているモンスター達が、たったひとりの可愛らしい少女の出現にうろたえ、パニックを起こしてしまうところが、この映画の面白さのひとつと言えるでしょう。

 ではサリーはどのようにブーへの気持ちを変化させてゆくのでしょうか。サリーの家にかくまわれたブーは無邪気に絵を描き、それをサリーに見せます。そこにはサリーとブーが手をつないで立っている姿が描かれています。その絵を見たサリーの表情に注目してください。そこには恐れも警戒心もない、素直に絵に引き込まれる表情が映し出されています。その後、サリーがブーを寝かしつけるのですが、そこでのサリーの表情が次のポイントになります。親友のモンスター・マイクに「あの子は危険ではない気がする」と打ち明けるように、次第にブーへの警戒心が解けてゆく様が見て取れます。そもそもサリーの仕事はベッドで寝ている子供達を脅して悲鳴をあげさせることにあるので、子供は攻撃の対象だとも言えるでしょう。それが同じくベッドに寝ているブーに対して真逆の心情を持つことがサリーの表情に現れています。眠りにつく前にブーは、サリーのライバルのランドールに脅されたことを明かします。それを聞いたサリーは、自分が安全であることを告げ、ブーが眠るまで見守ってあげるよ、と言い聞かせます。あくまで目的はブーを早く寝かしつけること、悲鳴をあげて、追っ手にブーの存在が見つからないことにありますが、そこから自然と「ブーを守る」気持ちがサリーの中に芽生えてくるのです。

 それから一気にサリーとブーの距離が縮まりますが、そこは映画を見ながらしっかり把握しておきたいところです。会社のトイレでブーが流れてしまったと誤解するサリー、ゴミと一緒にブーがつぶされてしまったと誤解するサリー、大人の皆さんはこうした誤解が、サリーがブーを大事な存在と感じていることの表れだとわかりますが、お子さん達は、その狼狽する姿のおかしさに気をとられてしまいがちです。ぜひここでのサリーの心情をしっかりと伝えてあげてください。

 さらにサリーの気持ちの変化を示す大きなポイントがあります。「ブー」という名前です。サリーは少女に「ブー」という名前をつけます。そのことに対して親友マイクが「名前なんてつけてしまっては愛着がわいてしまう」と警告をしますが、その言葉通り、サリーは愛着以上の気持ちをブーに対してすでに抱いているのです。

 その後ランドールのたくらみで、サリー、ブーとマイクに危機が訪れます。不覚にもブーの前で、仕事でしている脅しの顔を見せてしまい、ブーにすっかり恐れられ、さらにランドールと悪事でつながっていた社長により、人間の世界に追放されてしまいます。そこでドアから人間界に放り出された瞬間にサリーが発した叫びは「ブー!」でした。

 モンスターの世界から追放されることが、どれだけ厳しいことかは映画の前半にもマイクによって伝えられます。さらに追放された場所が、吹雪に荒れる極寒の地。共に追放されたマイクの言葉の通り、まず自分の立場を考えるべきところですが、それよりもブーの身を案じるところに、サリーの中でどれだけブーが大事な存在になっているかが込められています。

 そして物語はラストに向かいますが、ここからは視点をブーに切り替えてみたいと思います。

【ブーとの触れあい】

 ここでポイントにしたいのは、ブーが映画の前半から着ぐるみ姿になることです。会社に潜り込むために、サリーはブーをモンスターの姿に変装させるのですが、これがどう見ても出来の悪い、ブサイクなモンスターの着ぐるみです。ともすれば、その姿のおかしさが先立って、大事なポイントを見逃してしまいがちですが、ブーがこの着ぐるみ姿になることにはいくつかの意味があるのです。

 まずはブーの可愛らしさが増長される効果です。ブーは手足がすっぽり覆われて、顔もフードのようなもので隠されます。おのずと動きがぎこちなくなるのですが、それでも無邪気にバタバタと動き、走り回ります。もともとブーはまだまともにしゃべれる年齢ではなく、その可愛らしさはもっぱら動きと表情で表現されるのですが、着ぐるみで表情が隠れ、動きがぎこちなくなることで、よりその可愛らしさが際立って見えます。そうした視覚的な効果がこの変装には託されていると思われます。

 さらに重要なポイントは、ブーがこの着ぐるみを脱いでから表されます。物語上ブーが着ぐるみを脱ぐのは、空っぽの着ぐるみをマイクが持って追っ手をあざむき、その隙にサリーとブーの本体が逃げる、という設定によりますが、すべての問題が解決し、サリーとブーの別れが迫る場面になって、これまでブーが着ぐるみをしていたこと、そしてそれを脱いだことに大きな意味が現れてくるのです。
ブーを家に帰すことをサリーが告げる場面。ブーはサリーに歩み寄ります。そしてサリーがブーを抱き上げるのですが、二人が本当の意味で直接に触れ合うのは、実はこの場面が初めてなのです。

 ブーの登場シーン。サリーが自分の尻尾を抱きかかえるブーの姿を見て、二人の出会いとなりますが、この時のサリーは、子供に触れたら死んでしまう、と思い込んでいます。ですので、ブーに触れることを極度に恐れます。部屋にブーをかくまい、ブーへの気持ちに変化が少しずつ出てきても、まだ触れることはありません。一方のブーも、サリーにさわりはしますが、あくまで変わった動物にさわる、という興味関心でしかなかったでしょう。

 その後、会社内での様々なアクションを通じて、二人の心の距離は明らかに近づいてゆくのですが、それでも二人が直接触れ合うことはありません。ブーが着ぐるみ姿だからです。サリーはブーを終始抱きかかえて走り回りますが、それは着ぐるみを身にまとったブーであり、一方のブーも手足が着ぐるみの中ですから、サリーに直接触れることはありません。着ぐるみを脱いだ後、社長に追われるところで、生身のブーがサリーに抱きかかえられる場面がわずかにありますが、この時の二人の意識は、追ってくる社長に集中していますので、お互いを思う余裕はなかったと思われます。

 二人は一切触れ合うことがないままに、お互いへの思いを深め、そして別れの時を迎えるのです。この場面で初めてサリーは生身のブーを、サリーへの思いを持って抱きかかえます。初めて触れ合うのが、別れが決まった場面とは、大人の恋愛映画でもなかなか見られない皮肉で上質な設定です。ブーの着ぐるみは、その設定を作り出すための効果的な道具になっていると言えます。

 ここでぜひチェックして頂きたいのですが、サリーに抱きかかえられたブーは、サリーの毛をほんの少しなでます。とても愛おしそうに。これまでは変わった動物の毛でしかなかったものが、大好きなサリーの毛に変わった瞬間だと言えるでしょう。

 そして、ブーの寝室での別れの場面。ここでは、前にブーがサリーのベッドで寝てしまう場面といくつかの行動をダブらせることで、より情感を深める効果が見て取れます。前の場面では、ブーを寝床に連れてゆくのに、サリーは直接ブーに触れることを避けて、スナック菓子で誘導していました。それが後の場面では、思い切りブーを抱き上げています。

 また、サリーがベッドの中のブーに別れを告げると、何かを察知したブーがサリーの手をそっと触れます。前の場面ではブーの手がほんの少し触れただけで、サリーはパニックになっていました。ブーとの時間を通じて、これほどまでにサリーは変わったのです。だからこそサリーがブーを抱きしめる別れの場面に深い心の触れあいが見て取れるのです。

 『モンスターズ・インク』にはその他にも、サリーとマイクの友情など、心の触れあい、移り変わりを表す場面がふんだんに溢れています。また物語の構成も秀逸ですので、例えばサリーが、悲鳴よりも笑いのエネルギーが大きいことに気づいたきっかけはどこにあったのか、などをお子さんと話し合ってもよいでしょう。お子さんが何を感じたのか、ぜひゆっくり話させてあげてください。そのことで、この映画が単なる感動的な映画ではなく、お子さんにとっての極めて良質なテキストへと変わってゆきます。

 最後にひとつ、問題を挙げてみます。「映画の終盤でサリーがブーを家に帰す場面と、ラストでサリーが再度ブーの部屋を訪れる場面で、どちらもブーのドアのランプが点灯するところが大きく映し出されます。同じランプの点灯ですが、どのような共通点と違いがあると考えられますか。説明しなさい。」共通点については、もともとドアランプにはどのような役割があったか、それがこのふたつの場面ではどのような効果を持つものに変わっているか、に注目してみてください。

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