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amazon『いつか、あの博物館で。アンドロイドと不気味の谷』朝比奈あすか(東京書籍)
2020年度入試において、開成中、海城中(第1回)などで出題されて話題となった『君たちは今が世界(すべて)』、同じく2020年度の早稲田実業で出題された『人間タワー』、桐光学園(2023年度第3回)などで出題された『ななみの海』といった作品の著者、朝比奈あすか氏が、中学1年生の校外学習がきっかけで出会った4人の中学生たちが過ごす3年間を描いた群像劇です。
中学1年から3年までの3年間で起きた出来事を題材として、4人それぞれが主人公となる章で構成される、連作短編集のような形式がとられています。
4人が成長する過程が描かれる中で、「他者理解」という中学受験物語文の頻出テーマが扱われ、そこに、不登校や同調圧力といったいくつもの社会的テーマが混在する、テーマ学習を進めるうえで格好の教材となる一冊です。
いくつもの重要テーマを含み、また作問者にとって出題対象としやすい連作短編集に近い構成となる本作品は、来年度入試で多くの学校から注目を集めることが必至です。特に一見重要とは思えないようなさりげない描写の中に人物の深い思いを込めた表現を読み取る力が求められる点で、男子校・女子校問わず、上位難関校での出題が予想されます。
今回はこの作品の中から、清水陽菜という人物を主人公とした章、『中学三年 私たちが出会う新しい私たち 清水陽菜』を取り上げます。
≪主な登場人物≫
清水陽菜(しみずひな:バスケ部に所属しており、明るく活発で、クラスでは目立つグループの一員となっている。母と弟、妹の4人暮らしで、母の家事を手伝い、弟、妹の面倒も見ている。)
市川咲希(いちかわさき:音楽部に所属しており、フルートを担当している。おとなしく穏やかな性格で、引っ込み思案なところがある。)
安藤悠真(あんどうゆうま:制作部に所属しており、博学で勉強もできるが、思ったことをそのまま口に出してしまったり、その場の空気を読めずに行動してしまうところがある。)
長谷川湊(はせがわみなと:サッカー部に所属しており、スポーツ万能で素直な性格の持ち主。周りの者を引き込むパワーがある。2つ年上の姉は、起立性調節障害で朝に起きることができず、不登校になっている。)
≪あらすじ≫
清水陽菜は中学3年生の秋を迎える頃になり、クラスの雰囲気の変化に戸惑いを感じています。部活を引退する時期でもあり、また高校入試に関する話題が多くなることで、教室内にぴりぴりとしたムードが漂い始めている中で、進路が決められないことへの焦りを感じながら日々を過ごしていました。また、自分が属しているクラスのグループの中で見られる、他者を見下すような態度と、それに同化する雰囲気に違和感を抱くようになっています。
※テーマについては、メルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。
この作品の中学受験的テーマは「他者理解」です。物語の主要人物となる4人の中学生はそれぞれに問題を抱えており、例えば仕事で多忙を極める母親に代わって弟、妹の面倒を見ている清水陽菜は、わがままをくり返す弟への対応に頭を痛め、球技大会のチームリーダーとなった長谷川湊はチームをまとめることに悪戦苦闘します。また湊は不登校の姉との険悪な関係にも苦悩しています。
そうした状況の中で彼らは、相手の置かれた状況に目を向ける時間を持つことで、問題解決の糸口を見出して行きます。ここに「他者理解を通して心の成長を果たす」という、中学受験物語文の頻出テーマを見ることができます。
そして今回取り上げる、清水陽菜を主人公とした章では、「他者理解」の中でも特に頻出度の高い「友人関係」がテーマとなっています。同じ部に所属する友達との関係に疑問を抱いた陽菜が、自分とは異なるタイプの2人のクラスメイトへの見方を深める中で、真の友人関係のあり方を見直す過程が描かれています。詳しくは予想問題を通して掘り下げて行きますので、問題を解きながらテーマ学習を深めてください。
また本作品では、不登校、ゲーム依存、貧困、そして同調圧力といった社会的テーマも数多く扱われています。「他者理解」という頻出テーマを軸に、多種のテーマにも触れることのできる貴重な作品です。
中学3年生になって、陽菜がクラスの雰囲気の変化を感じ始める様子の描写から始まり、陽菜の高校入試へ向けて進路を決められない焦りや、同じグループに属する友達の言動に抱く違和感について描かれている場面です。
陽菜が咲希や悠真といったクラスでメイトへの思いを通して、「友人関係」についてどのような考え方をするようになっているのかを、的確に読み取るようにしましょう。
陽菜が自分と同じバスケ部の友達と一緒にいる時に抱く違和感の中身を説明する問題ですが、そのグループのどのような状態を指して陽菜が「不思議」に感じているのか、陽菜の思いをより鮮明につかむために、クラスメイトの市川咲希に対する陽菜の思いをつかむことがポイントとなります。
問題該当部にある「固定化されたグループ」とはバスケ部員たちで構成されるグループを指しますが、この「固定化」という表現について、陽菜は以下のように説明しています。
所属する部が同じであったり、趣味があったりする仲間たちと自然に一緒に過ごすようになることを指していますが、「身を寄せ合うようにして」という表現に、誰もがどこかグループに依存しながら集まっている印象を陽菜が受けていると読み取ることができます。
そして「固定化」という言葉の意味をより顕著に示しているのが、以下の表現です。
グループに属する人物それぞれの個性が消えて、グループとしてまとまった印象ばかりが強調されると受け止められる表現で、否定的なイメージも感じられますが、陽菜自身もグループに属することに安心感を抱いていることが、以下の表現に示されています。
グループとして行動することは、作品によっては「没個性」として否定的に扱われることもあります。ただ、陽菜の言葉の通り、同じ部に所属したり、趣味の合う友達と同じグループに属して過ごすことが楽であることは事実であり、中学生が自分が属するグループを通して自分の存在感を示すことに安心感を抱くのは、いたって自然なことと言えます。グループに依存することが、必ずしも否定的な意味合いのみを持つものでないと考えることができるのです。
こうした中学生ならではの本心、素の姿を表す言葉にリアリティがある点が、本作品の魅力のひとつとなっています。
グループに属することに居心地の良さと安心感を抱く陽菜ですが、一方で違和感も抱き始めています。その違和感を端的に表しているのが以下の部分です。
「ソウルメイト」については、陽菜の言葉で「転生前に親友だった相手」(P.187の10行目)、「『魂の片割れ』のような存在」(P.187の14行目)とあることから、共通の価値観を持ち、心から深く結びつくことのできる存在と解釈することができます。
陽菜が同じグループの友達を「ソウルメイト」と思うことができない理由として考えられるのは、友達の他者への接し方であり、以下の部分にその内容が示されています。
「階層」という言葉に端的に表されているように、グループの中でも特に自己顕示欲が強く、他者を見下ろす人物がグループのムードを決定していることを感じている陽菜ですが、そんな印象を持っていても、陽菜自身もそのムードに染まっている状況を自覚していることが、以下の部分に表されています。
まさに「同調圧力」と言えるような、集団を支配する空気に従わざるを得なくなるような雰囲気の中に、陽菜自身も身を置いていることを自覚しています。
ここまでで、陽菜がグループに対して抱く違和感の中身を概ねつかめますが、さらに詳しく探るうえで有効となるのが、市川咲希というクラスメイトと陽菜の関係です。
陽菜の咲希に対する思いを探ると、以下のような表現に行き着きます。
バスケ部の友達に対しては感じることできなかった「ソウルメイト」という関係性を、陽菜が咲希との間には感じている様子が表されています。
咲希に対して陽菜がそこまでの強い絆を感じている理由について、2つの部分から考えることができます。
1つ目は以下のような陽菜の直接的な言葉です。
もともとクラスの中でも属するグループが異なり、「周りの人たちは、陽菜と咲希の仲が良いことに、気づいていないだろう。」(P.186の3行目から4行目)と陽菜が語るようにタイプの違う咲希ではありますが、穏やかで優しく、人の悪口を言わないところに陽菜が好意を抱いているのは、それが同じグループに属する友達からは感じられない魅力であるからと考えることができます。
2つ目は、陽菜の家庭の事情を知る咲希が、球技大会の朝練への参加を強制するクラスメイトの長谷川湊に意見してくれたことを知った陽菜が喜びを感じたことを表す以下の部分です。
この2つの部分から、陽菜が咲希を「ソウルメイト」と感じた理由が、咲希の穏やかで優しい性格で、人の悪口を言わない点、そして、人の事情を面白がらずに、心から相手のことを思って行動できる点にあることが読み取れます。
そして、同じグループの友達を「ソウルメイト」と感じられなかった理由も、咲希に感じたような魅力を彼女たちからは感じられなかったからと考えることができます。
解答を作る際には、陽菜がグループに対して、「嫌悪感」や「反発」といった強い感情までは抱いていないことに注意しましょう。問題該当部でも「不思議」という言葉が使われており、また陽菜がグループに対して強く否定するまでの表現は見られません。ここでは、「違和感」といった言葉にとどめておくとよいでしょう。
そして、陽菜の抱く違和感の中身を探るために咲希への思いを確認しましたが、陽菜が直接に咲希とグループを比較している描写は見られませんので、解答には「グループが咲希と違って」といった表現までは使わない方がよいでしょう。
以上の点に注意しながら、制限字数に合わせて解答を作ってみましょう。
グループの中で、自分たちが認めない趣味を持つ人物に対しては、一方的に軽蔑をし、悪口の対象としてしまう態度が見られ、グループの中心である人物がそうした態度をとった際に、グループ全体がそれに従わざるを得ない雰囲気となることへの違和感。(115字)
どちらもクラスメイトである咲希と悠真に対する、陽菜の考え方をまとめる問題です。問題で指示されている「共通する点」に気をつけながら考察して行きましょう。
咲希に対しては、≪予想問題1≫で取り上げた通り、「穏やかで優しい性格」の持ち主で、「人の悪口を言わず」、「人の事情を面白がらずに、心から相手のことを思って行動できる」点で、陽菜が惹かれていることがわかっています。
一方の悠馬について見てみると、以下の表現から、陽菜とは全く別のグループにおり、陽菜の属するグループから軽視されている存在であることがわかります。
まず、クラスで目立たない存在という点で、咲希と悠真が共通していることがわかりますが、悠真に至ってはさらにクラスの中心的なグループから「取るにたらぬ存在」として扱われており、陽菜とは全く接点がないように思われます。
ところが、そんな悠真に対する陽菜の印象は以下のようなものだったのです。
陽菜が悠真に一目置く理由が直後の以下の部分に表されています。
この部分から、陽菜という人物が人を見た目で判断することなく、その魅力にまで目を向けることのできる「視点」を持っていることがわかります。
そんな陽菜であれば、≪予想問題1≫で取り上げたようなグループへの違和感を抱くのも当然と言えるでしょう。
陽菜が悠真を高く評価するきっかけとなったのは、中学一年のときの校外学習で同じ班になった時に、悠馬の話を聞いたことでした。悠真からロボットやアンドロイドについての話を聞いた陽菜は、以下のような思いに至ったのです。
陽菜にとって悠真が自分の視野を広げてくれる存在であることを踏まえ、改めて咲希と陽菜の関係に目をやると、以下の部分に行き着きます。
咲希に認められたいという思いから、自分の振舞いについて見直すきっかけを陽菜が得たことがわかります。
視野を広げてくれた悠真と、自分を見つめ直す機会を与えてくれた咲希。陽菜にとって、この2人は「自分を高めてくれる存在」として共通していると考えることができるのです。
以上から、問題の「共通」という指示に注意して解答を作ってみましょう。
二人ともクラスの中では目立たない存在ではあるが、陽菜にとって、自分を高めてくれる魅力的な存在である点で共通している。(58字)
本作品の主要人物である4人の中学生たちは、1年生の時に博物館への校外学習で班が同じになったことで出会い、3年間同じクラスで時間を過ごすのですが、物語の中で4人が同じ時間を過ごす場面は実は多く描かれていません。そのため、「友人関係」をテーマとする多くの作品で見られるような、互いの気持ちをぶつけ合い、反発しながらも心の絆を深めて行く、といった定番のパターンは本作品では見られないのです。
その関係性は「友人関係」でもありますが、「縁(えん)」で結びついていると思わせる要素が色濃く感じられます。出会いからして、たまたま校外学習で同じ班になるという縁でつながった4人が、物語の終盤で出会いのきっかけとなった博物館に集まることを予感させる場面では、「友人関係」の定番パターンでは得られない、深い感慨を味わうことができます。
こうした定番とは異なるかたちの人間関係、心の交流の様子を読み取ることは、「友人関係」というテーマについて、より深く、広い視野を持つことにつながります。
中学生が主人公で、高校入試など中学生ならではの出来事も扱われますが、小学生の皆さんにも十分に楽しめるストーリー展開となっています。読書好きな5年生にもおすすめできる一冊です。
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