なぜ、中学受験国語で児童書が多く出題されるのか?

リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』こまつあやこ(講談社)&『助っ人マスター』高森美由紀(フレーベル館)

こんにちは!入試対策室の貝塚です。中学受験国語の入試問題で頻出と呼ばれる作品のうち、重松清や辻村美月、原田マハといった作家の作品は書店の文学一般書のコーナーに置かれていますが、それらの作品と拮抗するくらいに、児童書のコーナーに置かれた作品が入試問題に多く出題されていることをご存知でしょうか。ちなみに児童書とは、主に12歳頃までの児童を対象とした文学作品を指します。今回は、2冊の児童書を通して、中学受験の国語で児童書が多用される理由についてご説明していきます。題材となる作品は以下の2冊です。

  • 『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』こまつあやこ(講談社)
    ※第58回講談社児童文学新人賞受賞作
  • 『助っ人マスター』高森美由紀(フレーベル館)
    いずれも来年度入試での出題が予想される素晴らしい作品です。それぞれの作品を通して、児童書ならではの魅力とは何か、その魅力がなぜ中学受験の国語の問題を作成する先生方の心を揺り動かすのかを探ってみましょう。

キーワードは、「わかりやすい心情表現」「丁寧な心情変化の描写」「正しく美しい言葉」「社会的テーマ」です。

《心情をわかりやすく表現しているから》

児童書の多くはストーリー展開がシンプルで、舞台も限られていますので、ひとつひとつの出来事に対して登場人物がどのような心情を抱いたかが、じっくりとわかりやすく描かれます。例えば『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』では、マレーシアからの帰国子女である主人公が学校に馴染もうと奮闘する場面での「なのに、今のわたしときたら。人とちがうことを怖がって、人とちがうことを否定して。こんな自分、嫌だ。(p.65)」など、一人称で気持ちが吐露される場面が多数出てきます。大人向けの小説にはない、直接的でわかりやすい心情表現が多く含まれているからこそ、小学生でも十分理解できるものとして、中学校の先生方が心情理解の題材に児童書を使われる機会が多いのでしょう。

《繊細な心情が移ろいゆく過程を丁寧に描いているから》

中学受験の物語文で、最も多く問われるポイントのひとつが心情変化です。児童書では大きな事件が多発することはありませんので、人物たちの心情の変化も、ゆっくりと丁寧に描かれます。また主要人物が子どもたちであるために、その心情は大人とは全く異なる、繊細なものが多くなります。そうした繊細な心情の変化が何をきっかけに、どのように起こったのか、それを問いたい中学校からすると、変化を丁寧に描いている児童書は恰好の作問材料になるのだと思われます。
例えば『助っ人マスター』では、過去の事件がきっかけとなり、嫌われることを極端に恐れる主人公・砂羽が、学校では「助っ人マスター」と称され、頼まれごとを断れないままに日々を過ごしているところから物語が始まります。その砂羽と、父親の再婚相手であるルミという女性との関係の変化が物語の軸となります。はじめはルミを拒絶していた砂羽が、マラソンをルミに習うことになってから、「目の前にルミさんの背中がないというのは、生まれたての素直な風を切りさいていく解放感と、一方では心もとなさを感じる。(P.154)」と、次第にルミへの感情に変化を見せ、「ルミさんの瞳は、日の光をささやかに反射させてキラキラとゆれている。深く透明なその瞳をとおして、繊細な内側を見せられているような気がした。(P.194)」さらに「ルミさんがいてくれてよかった、と思った。(P.195)」と、次第に心を開いていく様子がゆっくりと描かれています。こうした繊細でわかりやすい心情の変化が丁寧に描かれているところが児童書の大きな魅力のひとつです。

《正しく美しい言葉や、問題にしやすい感情語が多く使われているから》

児童書は、基本的に小学生を読者対象としていますので、そこで使われる言葉も子どもが見て問題ないものであることが前提となります。子どもを対象とした言葉が使われているので、作問側も安心して入試問題に使うことができますが、そこは受験の問題ですから、あまりに幼稚な言葉ばかりが使われていては、題材として不適切になります。そこで平易ながらも、正しく美しい言葉が使われている児童書が、より多く入試問題に使われているのだと言えます。
『助っ人マスター』では、「やるせない」「もどかしい」といった感情語が大変多く使われています。例えば物語の後半にある「やるせなさと、はきだしてしまったふがいなさと、父さんを困らせているだろう罪悪感と、泣いているみじめさで心がちぎれそうだ。(P.231)」といった表現は、親御様でしたらスムーズにご理解されるところでしょうが、小学生のお子さんには意外に難しく感じられてしまうものです。感情語の理解は物語文を読解するうえで必須の要素です。だからこそ、感情語を豊かに含む児童書を、多くの中学校が問題として使いたくなるのでしょう。

《社会的テーマを通して受験生を“面接”できるから》

例えば平成28年度に筑駒が出題した『トンネルの森1945』(角野栄子)では「戦争」、本年度に栄光学園をはじめ多くの学校で出題された『奮闘するたすく』(まはら三桃)では「介護」といった社会的テーマを含む児童書が使われることが多くあります。
『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』には「異文化交流」というテーマが根底にあります。主人公の幼馴染の藤枝という少年が、父親の再婚によりマレーシア人の母親を迎えることになり、その事実が中学校という舞台でどのように受け止められるかが丁寧に描かれています。中学受験の国語は受験生の生き様をも問う、面接に近いテストとも言えます。社会的テーマを含む文章を出題して、そのテーマに受験生がどのように向き合うのか、そうした姿勢を見たい中学校にとっては、児童書の中でも社会的テーマを含む作品は使用価値が非常に高いと言えるでしょう。

児童書には、お子さんのこれからの読書体験の貴重なきっかけになるような作品が多くあります。それらは単に受験に出やすいということだけではなく、お子さんが感性を磨き、大人へと成長するための指南書にもなりうるものです。ぜひこの夏、書店の児童書コーナーに行かれて、お子さんにとって宝物となるような作品との出会いの場をつくられてください。

以上、中学受験の現場から貝塚がお伝え致しました。

中学受験鉄人会 入試対策室
室長 貝塚正輝
(筑波大学附属駒場中高卒)

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