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amazon『呼人は旅をする』長谷川まりる(偕成社)
著者の長谷川まりる氏は、『お絵かき禁止の国』(2019年6月発刊)が第59回講談社児童文学新人賞の佳作入選、『かすみ川の人魚』(2021年11月発刊)が第55回日本児童文学者協会新人賞を受賞、さらには『杉森くんを殺すには』(2023年9月発刊)が第62回野間児童文芸賞を受賞と、数々の受賞歴を持ち、近年多くの注目を集めています。
本作品は、動物や虫、植物、自然現象などある特定のものを呼び寄せてしまう体質を持った「呼人(よびと)」と、その周辺の人々をそれぞれ主人公とした6編の作品で構成される短編集です。
SF的な要素が強い印象を持たれるかもしれませんが、どの短編も「わかり合うことの難しさ」を丁寧に描いており、中学受験物語文の最重要テーマ「他者理解を通じて自己理解を深める」のパターンがしっかりと描き込まれています。
長谷川まりる氏の作品はこれまで中学受験での出題実績を確認できませんが、本作品は最重要テーマを土台に、入試で出題対象となる可能性が強く感じられる心情表現に満ち溢れています。
今回はこの短編集の中から、第1話として収録された『スケッチブックと雨女』を取り上げます。友人が雨を呼ぶ呼人となってしまった小学6年生の主人公女子が苦しみながら「他者理解」を進め、心の成長を遂げて行く姿を描いた本短編は、男子校、女子校を問わず、中堅校から最難関校まで幅広い学校の先生方の注目を集めることが必至です。
≪主な登場人物≫
あかり(小学6年生の女子。幼稚園の頃から常に「一番であること」にこだわってきた。5年生の時に自分の描いた絵が展覧会で選ばれず、クラスメイトであった紫雨が描いた絵が選ばれたことから、紫雨に対して強い敵対心を抱いている。)
紫雨(しぐれ:あかりのクラスメイト。5年生の時に雨を寄せる「呼人」になってしまい、学校には登校できず全国を旅しながら、オンラインで授業に参加している。)
≪あらすじ≫
小学6年生のあかりは、5年生の時の展覧会で自分が描いた絵ではなく、クラスメイトの紫雨の絵が選ばれたことから、紫雨に対して強い敵対心を抱いていました。
その紫雨は、雨を寄せてしまう「呼人」に認定されたことから、学校に通うことができなくなりました。呼人は一か所に留まると、その地域の生態系を乱してしまい、住人の生活にも悪影響を及ぼしてしまう恐れがあり、旅をし続けなくてはならなくなるのです。
ある日、6年生のお別れ遠足でアスレチックランドに行く予定だったところ、紫雨が参加を希望したことから、雨でも行ける博物館に変更となる旨が、担任の鳴海先生からクラスに告げられます。紫雨の希望が優先される状況に強く反発するあかりは、この件がきっかけでクラスメイト達とも衝突して、クラスで孤立してしまうのでした。
※テーマについては、メルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。
本作品に収録された短編はどれも「他者理解」をテーマにしています。呼人という特殊な設定をとりながらも、呼人となってしまった人物、その家族や友人などが、他者の置かれた状況を理解すること、あるいは他者に理解されることの難しさに直面する姿はどれも、中学受験物語文における最重要テーマ「他者理解」を具現化したものとなっているのです。
今回ご紹介する短編『スケッチブックと雨女』では、「他者理解」の中でも特に頻出度の高い「友人関係」が描かれています。一番であることにこだわるために、クラスメイトで呼人の紫雨を敵対心の対象としていた主人公あかりが、呼人であるが故に紫雨が置かれた厳しい状況を知り、自らの視野の狭さを思い知らされたことで、紫雨との友人関係を再構築させて行く過程には、近年頻出の「他者理解を通して自己理解を深める」というパターンを見ることができます。
あかりと紫雨の関係性の変化を、他のクラスメイトや担任の先生が紫雨に対して見せる言動との違いを通して把握することは、「友人関係」というテーマを深く学習する機会となり得ます。人物たちが見せる表情や言動の変化や違いを見逃さないように意識しながら、読み進めましょう。
あかりとクラスメイト達が衝突する場面に始まり、紫雨に対して強い敵対心を抱いていたあかりが、学校に現れた紫雨の言葉や同級生が明かした事実を聞いて、紫雨の置かれた境遇を知る場面、そしてあかりと紫雨が会話を交わす場面へと続く箇所です。
紫雨の境遇を知ったあかりがどのような反応を示し、紫雨との会話を通してどのように紫雨への想いを変化させて行ったのかを正確に読み取りましょう。
紫雨に対して敵対心を抱き、他のクラスメイトとの衝突の中で、そのネガティブな感情をより一層強めていたあかりが、これまで知ることのなかった紫雨の呼人だからこその厳しい状況を知り、衝撃を受けている姿を描いた場面からの出題となります。
まずは、この2つの場面に至るまでの、あかりの紫雨に対する想いを確認してみましょう。
【出題が予想される箇所】に至るまでの流れは≪あらすじ≫でご紹介した通りです。自分のプライドを深く傷つけた紫雨への敵対心を強く抱くあかりは、その紫雨が遠足に参加したいと申し出たことで行き先が変更になることに強く反発していました。
そんなあかりの不満、苛立ちをさらに増長させてしまう出来事が翌日の教室で起こります。あかりと同じく、紫雨の遠足参加に反対していたクラスメイトたちが、そろって態度を豹変させ、紫雨と博物館に行くという案に賛成するようになっていたのです。
クラスメイト達の態度に納得が行かないあかりは怒りを抑えることができず、ついには以下のような発言をしてしまいます。
この発言にはあかり自身も言い過ぎたとの自覚があったことが、以下の表現から読み取れます。
自分の感情をコントロールできず、自分でも思う以上に言葉が厳しくなってしまうことに戸惑う人物の姿は中学受験物語文で多く見られますので、感情が不安定になっている状況を冷静に読み取るように注意しましょう。
クラスで孤立してしまったあかりをさらに追い込むように、あかりが普段から見ている、投稿者の絵を添削する動画で、あかりの絵ではなく、紫雨の絵が選ばれてしまうというあかりにとっては衝撃的な事件が起こります。5年生の展覧会の時と同じような事態に、あかりの心は激しく揺り動かされます。
そんなあかりの前に、紫雨が現れます。1年振りに旅から帰った紫雨が登校していたのです。あかりが激しく動揺する様子が以下のように表されています。
このように、紫雨と再会するまでに、あかりはプライドを傷つけられ、クラスの中で孤立し、2度にわたって絵において敗北感を味わってきました。苛立ちと憤りが極まり、感情をコントロールできない程に追い込まれてしまっていたのです。
そこを踏まえて問題該当部を見てみましょう。
まず、P.36の「あかりはどきどきした。」の場面で、あかりは久しぶりに登校したあかりの話題で盛り上がるクラスメイト達の言葉に我慢ができず、以下の言葉を発します。
このあかりの言葉にクラスメイト達は驚き、紫雨の置かれた以下のような状況を、あかりに伝えます。
これを聞いたあかりは、「どきどきしてしまった」のです。
そして、P.38の「あかりは、どきりとした。」の方できっかけとなったのは、以前よりかわいい靴に目がなかった紫雨がおしゃれな長靴をはいていることをあかりが指摘したところから始まる、以下の2人のやりとりです。
最後の紫雨の言葉を聞いて、あかりは「どきりとした」のですが、2つの場面に共通するのは、あかりが紫雨の置かれた厳しい状況を知らなかったという点です。
自分がそれまで知らなかった紫雨の状況に急に直面してあかりは驚き、「どきどき」「どきり」と動揺したのですが、あかりがそのような状態となってしまった理由を探る上で重要なヒントとなるのが、久しぶりに登校した紫雨が、クラスメイト達の前で、お別れ遠足に参加したいというわがままを許して欲しい、と訴える場面に含まれています。
この場面でクラスメイトの一人から「おれたちは晴れた日に行けばいいけど。紫雨はいつ、アスレチックランドで遊ぶの?」(P.32の8行目)と問われたのに対し、紫雨は笑って以下のように答えます。
クラスメイト達がその言葉に無邪気に納得する中、あかりは一人、衝撃を受けていたのです。
紫雨の状況に「これっぽっちも気づかなかった」あかりは「ショックを受け」、そしてその後、立て続けに紫雨の厳しい状況を知らされるのです。
そして、紫雨が長靴しかはけないことを知ったところで、以下のような想いに至ります。
紫雨の置かれた状況、紫雨が呼人となってどれだけの物を失ったのかに考えを及ばせることができなかった自分を、あかりが強く責めている様子が描かれています。常に一番を目指すあかりにとって、その対極となる「その他大勢の、凡人」になってしまっていることは、最も許しがたい事態であったと考えられます。
以上より、問題該当部の2つの箇所においてあかりが、呼人だからこそ置かれた紫雨の厳しい状況を知ることがなかった自分の考えの至らなさ、視野の狭さを強く感じて、激しく動揺している、と考えることができます。
自分にとって許せない凡人となってしまっていることも重要な要素ですが、これはあかりが紫雨との会話を交わすことで感じたことで、最初の「どきどきした。」の時点でそこまでの想いに至っているとは言い切れませんので、今回の解答には含めないようにしましょう。
呼人であるために紫雨が厳しい状況に置かれていることを知らずにいた自分の視野がいかに狭く、相手を思う気持ちが足りなかったかを強く感じて動揺している。(73字)
≪予想問題1≫で取り上げたように、自分のプライド緒が傷つけられた時から紫雨への敵対心を強めてしまったことで、紫雨の置かれた状況にまで考えが及ばなかったことに気づかされたあかりは、そんな自分を恥ずかしく思います。
≪予想問題2≫は、あかりと紫雨が二人で会話をする場面からの出題となります。あかりは呼人となってしまいながらも明るく振る舞う紫雨に、以下のような言葉を投げかけます。
それに対して紫雨は、自分が明るくなれたのがあかりのおかげであると答え、あかりを驚かせます。あかりへの素直な感謝の気持ちを、紫雨がまっすぐに伝えた時のあかりの反応が、以下のように表されています。
あかりが紫雨を「いちばんすごい」と認める理由はひとつに限定されないでしょう。呼人として苦しい想いをしているに違いないのに、それを見せずに明るく振る舞っていること、一人の時間の中で絵の技術を向上させていること、そして冷たく接する自分に対して、素直に感謝の気持ちを伝えられること。それらすべてを合わせて、あかりにとって紫雨が「いちばんすごい」存在となっていると、考えることができます。
そしてあかりは、自分と紫雨の関係について、以下のように改めて確認するのです。
紫雨に対する想いが悪化してしまった理由を「一年も紫雨とリアルで会っていなかったもんだから、すっかり忘れてしまっていたらしい」とあかりはしていますが、単に時間的、物理的な理由だけでなく、紫雨への敵対心の強さから、気持ちのバランスを崩し、ネガティブな感情ばかりが強くなってしまったことが要因となっているのは明らかでしょう。
ただ、ここで気をつけておきたいのが、紫雨に会えなかった期間も、あかりにとって紫雨が特別な存在であったと考えられる点です。
紫雨が久しぶりに登校して、自分のわがままを許して欲しいとクラスメイトに訴えた場面。先に、あかりがショックを受けている姿を表した部分をご紹介しましたが、その前後に以下の表現があります。
紫雨が晴れた日のアスレチックランドに一生行けないことを聞いてショックを受けたあかりと比べると、そのつらさを真に受けとめられているかどうかもわからず、同調圧力のような流れで拍手をするクラスメイト達や、「なにごともなかったかのように」授業を始める先生の姿には、紫雨の心に真に寄り添うという姿勢は全く感じられません。むしろ無関心に近い姿勢と言えるでしょう。
このクラスメイト達の無関心さを表した部分は他でも見られます。あかりが憤りのあまり「あんな雨女、遠足にこないでほしいって思ってるだけだよ。だって、迷惑じゃん」(P.22の10行目から11行目)と口走ってしまった際に、クラスメイトの一人から以下のような発言がありました。
中学受験物語文で、漢字の表記をあえてカタカナで示す技法が見られることがありますが、その表現効果のひとつに、その言葉を発した人物が、言葉の意味を真に理解せず、音としてのみ認識していることを示すというものがあります。
この場面はまさにその効果が表されていると読み取れます。口では「サベツ」と言っていながら、紫雨の苦しさを本気で想像しようともしないクラスメイトの方が、より紫雨を「差別」している、とまで考えさせられる効果がこの表現にあると考えられるのです。
表面的には紫雨を敵対する気持ちをあからさまに出していたあかりですが、紫雨を取り巻く様々な呼人ならではの厳しい状況を知って、驚き、戸惑い、ショックを受ける姿には、他のクラスメイト達や鳴海先生からは感じられない、紫雨を想う気持ちがうかがえるのです。
「一番でありたい」という凝り固まったこだわり、自分よりも紫雨の絵が評価をされるという事態を受け止められないプライドの高さに心を乱してしまったあかりですが、そんな自分の異なる一面を見てくれて、支えとして感謝までしてくれた紫雨を前にして、まさに心を解かして、紫雨との関係性を再構築させて行きます。
あかりが絵を描く素材とできるように写真を送ることを提案した場面が今回の問題の対象となります。
最後のあかりの取り繕うような言葉が「照れ隠し」であることはスムーズに読み取れますので、あかりがあわてた理由に「照れくささ、恥ずかしさ」があると考えることができます。
そこであかりが何に対して照れているのか、という点ですが、連絡先を交換しようという言葉には、また紫雨が旅に出てしまっても連絡がとれるようにしておきたい、つまり二人の友人関係をこのまま継続させたい、というあかりの気持ちが込められていると読み取れます。その気持ちが紫雨に伝わり、満面の喜びを紫雨が見せたことに、喜びを感じながらも素直にそれに喜べず、恥ずかしくなってしまった、と考えられるのです。
素直に喜びを表さないあかりの言動が不自然に感じられるかもしれませんが、これまで紫雨によそよそしい言葉ばかりをぶつけてきたあかりにとって、急に態度を変えることに恥ずかしさがあるとすれば理解しやすいでしょう。
このような、気持ちと裏腹な反応を見せる人物の姿は多く出題対象となりますので、その人物の真意を見逃さないように注意しましょう。
これからも紫雨との友人関係を続けて行きたいという自分の本心を紫雨に感じ取られたことに、恥ずかしさを覚えたため。(55字)
今回ご紹介した短編『スケッチブックと雨女』を含めて、本作品には6編の短編が収録されています。『スケッチブックと雨女』のように、友人が呼人となってしまった人物の心の揺れ動きを描くパターン以外にも、呼人本人が主人公となったり、呼人支援局の職員の目線で物語が展開したりと、呼人に関わる様々な人々の心の揺れ動きが描かれています。
どの短編にも共通するのが、「わかり合うことの難しさ」を根底に置いていることです。『スケッチブックと雨女』では、紫雨への敵対心にとらわれていたあかりが、紫雨の境遇に想いを馳せ、紫雨と直接に話すことで、変わらない友人関係を確認し、心の成長を果たして行く過程が表されていましたが、第2話の『たんぽぽは悪』では、タンポポを呼んでしまう中学生のつづみが、呼人となったことで崩壊してしまった家族関係に、滞在先の親子との心の交流を通じて、改めて向き合うきっかけを得て行く姿が描かれています。
この「わかり合うことの難しさ」に向き合い、そこから新たな一歩を踏み出すきっかけをつかんで行く人物たちの姿には、中学受験物語文で最頻出の「他者理解を通して自己理解を深める」というパターンが鮮やかに具現化されているのです。
呼人というSFのような設定でありながら、「他者理解の重要性」、さらにはマイノリティであるが故の心の痛み、揺れ動く気持ちに真摯に向き合うことの必要性という社会的なテーマも含む貴重な一冊です。
ストーリー展開の面白さを味わいながら、テーマ学習を深める機会を得られる傑作ですので、ぜひとも多くの中学受験生に読んで頂きたいです。
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