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amazon『かぞえきれない星の、その次の星』重松清(角川書店)
10月10日配信のメルマガでご紹介しました『めだか、太平洋を往け』に続いて重松清氏の作品です。前作が壮大な長編作品であるのに対し、本作品は短いながらも心を揺り動かされるような珠玉の物語が集まった短編集です。
翌年の入試で出典となる物語の新刊は、その年の8月までに発刊されたものが多く、9月以降の発刊になると出題の可能性は低くなります。本作品は今年の9月17日に発刊されたものですが、収録された短編全11編のうち10編が昨年の7月から今年の8月までに発刊された雑誌『小説 野性時代』に掲載されたものですので、来年度入試で出題される可能性は高いと考えていいでしょう。
どの作品も重松清ならではの細やかに揺れ動くいくつもの心情が描かれており、入試の出題対象となることが必至なだけでなく、中学入試の物語文読解力を向上させるための格好の教材でもある一冊と言えます。
今回はこの短編集の中から、『送り火のあとで』と『コスモス』の2編を取り上げます。
※『小説 野性時代』2020年11月号に掲載(『なすびの牛の背にのって』改題)。
三年前に母親を病気で亡くした小学三年生のぼく(ゆうちゃん)と、小学六年生の姉(ひろちゃん)のもとに、お盆を過ごすために祖母(亡き母親の母)が訪れます。二人の父親が再婚したことで、祖母はこれまでにはなかった気遣いをするようになります。そんな祖母の様子を見た姉は、祖母の寂しさを感じ、ともに過ごす時間を多く持つのでした。祖母の言葉を聞くことで、亡き母親への想いを強くする姉と、まだ幼かったために母親と過ごす時間が少なかったことで姉の気持ちが理解しきれないぼく。揺れ動く気持ちのままにいる二人に、祖母が来年からはお盆には亡き母親が二人の元ではなく、生まれ育った実家に帰ってくるため、二人のもとに来ることがなくなると告げます。
この短編の中学受験的テーマは「悲しみと向き合うことによる心の成長」です。特に姉が亡くなった母親への想いを強く持ちながら、やがてその悲しみを乗り越えて行く過程を、姉の表面的な言葉や行動に惑わさずに正確に把握することがポイントになります。
この発言が姉の本心ではないことは、その後に続く以下の表現からも明らかです。
それまで、母親が自分たちのところに帰ってきていると強く主張していた姉が、急にその逆となるような発言をしたきっかけは、来年からお盆には母親が自分たちのところではなく祖母と祖父のもとに帰ると、祖母から聞いたことにあります。
父親が再婚し子供たちも新しい生活を始める時期に来ていることから、来年以降のお盆は実家で過ごすと祖母が決めたことを悟った姉が、あえて本心とは異なる発言をしているのは、寂しさを隠すためと、現実を受け止めなければいけないことを自分に言い聞かせているためと考えられます。
このような、本心とは裏腹な発言をする人物の様子は、入試問題でも多く聞かれる定番の出題パターンですので、表面的な言動に惑わされないようにしましょう。
さらに、この場面の後、亡くなった母親を送り出すための盆飾りである、なすびの牛を姉が持ち去ったことが、この問題を解く大きなヒントになります。ちなみに姉がこれを持ち去ったことは文章中で明確には書かれていませんが、P.78の1行目から2行目に表された、家族の様子に暗示されていますので、確実に読み取るようにしましょう。
来年からお盆に母親を迎えることができない寂しさから、母親を送り出す象徴であるなすびの牛を持ち去った姉の心情は、母親に帰らないでほしい、といった内容であることが読み取れます。
抜き出す場所を探す際ですが、この物語の中で姉の気持ちは大きく揺らいでいますので、あまり離れた場所を探してしまうと、異なる心情になっている可能性が多くあります。そこで、問題該当箇所の近くを探して1ページ前に、正解となる以下の箇所を見つけることができます。
この問題での、なすびの牛のように、人物の心情を表すうえで大事な役割を担う象徴的存在が意味する内容を正確に読み取る力は、特に上位校で多く求められます。大事な場面でくり返し登場するような存在があった場合には、そこにどのような人物の心情が込められているのかを考える意識を持つようにしましょう。
お母さん、~ないでよ。
P.84の10行目から11行目に、「二人の声は、いつになく、くっきりと大きく耳に響いた。それに応えるぼくたちの「はーい」の声も、嘘みたいにきれいに揃った。」とありますが、ここでのぼくと姉の様子について説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.母親を亡くした悲しみは決してぬぐいさることはできないが、それは父親と再婚相手に申し訳ないことで、決して表に出してはいけないと思っている。
イ.自分たちのもとに来ないという祖母の言葉にショックを受けたが、悲しみに負けずに強く生きて行くことが祖母への恩返しであると考えている。
ウ.亡くなった母親が自分たちを見守ってくれていることを共に感じ、新しい生活に一歩踏み出そうという気持ちになっている。
エ.母親が自分たちのもとに帰ってこないという現実は避けようがないことなので、姉と弟で覚悟をもって生きて行こうと心に決めている。
ぼくも姉も、母親を亡くした悲しみをぬぐいさることはできません。それは以下の部分からも確かに読み取ることができます。
その後に、ぼくは母親のものと思われる声を聞きます。これは、お盆に帰ってくることはなくても、母親が自分のそばにいる、自分たちを見守ってくれていると感じていると考えられます。
それを踏まえたうえで、以下の姉の様子が解答の大きなヒントになります。
美味しいケーキを食べたような顔、と表された姉のここでの喜びは、母親の存在を感じられたことにあると読み取れるでしょう。
そこで、選択肢のうち亡くなった母親の存在について触れていないアとイをまず消去できます。選択肢のエのような覚悟を決めた心情は、ケーキを食べたような喜びの表情とは合致しませんので、このエも消去できます。よって正解はウとなります。
ウ
※『小説 野性時代』2020年12月号に掲載。
日系ブラジル人三世の母親と日本人の父親の間に生まれた小学六年生のリナは、学校でクラスメイトや先生が悪意なく発する言葉に違和感やいら立ちを覚えていました。そして、そうした言葉の数だけ石を拾って公園の満月池に投げ込んでいたのです。父親と離婚し、リナを育てるために働きながらも、なかなか日本語が覚えられない母親が、決して生きづらいとは言えない街での生活を選んだのは、コスモスの祭りが開催されることにありました。母親にとってコスモスが、ブラジルに住む両親のことを想い出させる特別な存在であることを、リナは知ります。
この短編の中学受験的テーマは「親子関係」です。母親の行動にいら立ちながらも、母親の心の奥底にある想いに触れたことで、リナの考え方に生まれる過程を読み取ることがポイントになります。また、この作品では差別意識について、読み手に考える機会が与えられます。一見すると優しさと思える言葉も、受け止める側にとっては心を傷つける刃にもなり得ることをしっかりと認識する必要があるのです。
まず、リナが小石を投げるのは、周りからどのような言葉を投げかけられたときなのか、把握しておきましょう。そのきっかけとなる言葉は、「リナは全然日本人じゃん」「ウチらとおんなじだよ」(P.89の13行目から14行目)や、「日本人離れ」といった、見た目からリナのことを日本人として受け止めていないことを前提として発せられたものです。しかもそれらの言葉を使う人物たちは、リナを傷つけようとするような悪意を持っていない、むしろリナに対して自分たちが優しく接していると思い込んでいることで、根底でリナをあわれんでいるかのような印象を、言葉を受け止めるリナに持たせてしまっているのです。
それはリナの以下の言葉からも読み取ることができます。
こうした一見して悪意がなく、むしろ優しさを全面に押し出したような言葉が、実は人の心を傷つけてしまっているという場面は、意外にも多く中学受験の国語で出題の対象となります。大人の視点からはわかりやすいものですが、小学生のお子様たちにとってはなかなか理解が難しいものです。言葉を投げかけられた人物の言葉や表情から、言葉がどのような意味を持って受け止められたのかを慎重に読み取るようにしましょう。
ここで気をつけたいのは、この問題の箇所でのリナが普段より「遠くに力を込めて」投げて小石を投げていることです。それは自分が言われたのではなく、母親に対しての差別的な発言であったために、より怒りが強まったと解釈することができます。
この問題の前で、リナは母親の両親への想いを聞いています。明るく、些細なことは気にせずマイペースに振る舞う母親に、いら立つことも多かったリナですが、母親の今まで知らなかった一面を見たことで、母親に対する考え方が変わったと考えられます。そんなリナにとっては、何も知らずに母親をあわれむような発言がなされたことが、何より許せなかったと解釈できるのです。
以上の内容を、字数に注意してまとめてみましょう。
母親がどのような思いで日本で暮らしているのかを知らない人たちが、日本語がうまく話せないというだけで母親をあわれむような発言をしたことが許せなかったから。(76字)
今回ご紹介した2つの短編以外にも、感染症の広がりで休校になった子どもたちの姿を描いた『こいのぼりのナイショの話』や、画面越しにしか話ができない親子の姿を描いた『天の川の両岸』といった、新型コロナウィルスの感染が拡大した状況を反映させた作品や、カエルの目から見た世相が描かれた『かえる神社の年越し』、幻想的な空気に包まれた『原っぱに汽車が停まる夜』など、まさに宝箱のように重松清ワールドが展開される傑作短編集です。
時間ができたときに、どの作品からでも構いませんので、ぜひ読み通して頂いて、今を生きる人々の様々な思いに触れてください。
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