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新4年SAPIX入室テスト予想問題について
著者の岩瀬成子氏の作品はこれまでも多くの学校で入試の出典となってきました。出典となった主な作品と出題校は以下の通りです。
・『金色の象』
鎌倉女学院中(2002年度)
・『となりのこども』
桜蔭中(2006年度)、香蘭女学校中(2006年度)、洗足学園中(2006年度)
・『そのぬくもりはきえない』
東邦大東邦中(2010年度)、日本女子大附属中(2021年度)
・『くもりときどき晴レル』
駒場東邦中(2015年度)
・『100万分の1回のねこ』
聖光学院中(2016年度)
・『地図を広げて』
学習院女子(2019年度)
・『もうひとつの曲がり角』
香蘭女学校(2020年度)
・『ひみつの犬』
桜蔭中(2023年度)
注目すべきは出題してきた学校に難関校が多く、特に桜蔭中、駒場東邦中、聖光学院中、学習院女子など、難度の高い問題を出題することで知られる学校が多い点です。
一見すると見逃してしまいそうな何気ない表現や言葉の中に人物の心情を深く織り込む岩瀬成子氏の文章は、多くの難関校の先生方の注目を集めています。
本作品は4つの物語から成る短編集で、タイトルの通りどの短編にも「幽霊」が重要な役割を担って登場します。幽霊といった非現実的とも思えるものが、岩瀬成子氏の手にかかると、登場人物たちの悲しみや希望を具現化し、人物間の心のやりとりをサポートする存在として描かれるのです。
来年度入試で本作品が多くの学校で出題される可能性は高く、特にこれまでの出題校のラインナップからも、女子難関校を中心とした出題が予想されます。
今回は4つの短編のうち、最終第四章として収録された『舟の部屋』をご紹介します。
≪主な登場人物≫
羊司(ようじ:小学6年生の男子。両親が二歳の時に離婚してから、歯科衛生士の母親と二人の生活を送っていたが、羊司が通う塾の河辺先生と母親が再婚したことで、一週間前から河辺先生の家で暮らしている。父親とは離れ離れになってから一度も会っていない。)
連(れん:9歳の男子。河辺先生の息子。産みの母親は二年前に他界した。)
河辺先生(かわべせんせい:連の父親で羊司の母親の再婚相手。塾の先生をしており、羊司もその塾の生徒であった。)
≪あらすじ≫
小学6年生の羊司は、母親が再婚したことで、再婚相手、河辺先生の家で一週間前から暮らしています。羊司はまだ河辺先生のことを「お父さん」と呼べないでいますが、河辺先生の息子、連は羊司の母親を「お母さん」と呼び始めています。羊司は連とすっかり打ち解けてはいるのですが、連の言動に母親や家族に対する「気づかい」を強く感じ、どこかすっきりとしない気持ちでいます。
この作品はそれぞれの短編によってテーマが異なりますが、この『舟の部屋』は「家族関係」がテーマとなっています。この「家族関係」は最近の中学受験物語文において、特に顕著な深化、難化が見られる要注意テーマです。反抗期の子供と親の関係の変化、といったシンプルなパターンにとどまらず、両親の離婚や家族との死別によって会えなくなった家族との関係、子供に対する愛が深すぎるが故に攻撃的な言葉を発してしまう親の姿、さらには近年社会問題となっているヤングケアラーなど、そのパターンはここ数年で加速度的に多様化し、深化しています。今回ご紹介する『舟の部屋』でも、新たに家族となった人物に対して抱く違和感を、相手を知ることによって解消させて行く主人公の姿が描かれています。「友人関係」などとは異なり、中学受験生の皆さんにとって身近に感じることが難しくなっているテーマだからこそ、本編のような丁寧な筆致で人物の心情変化がつづられた作品を読んで疑似体験をすることが、テーマへの理解を深めるうえで貴重な機会となります。
前半は連が羊司と母親のために料理を振る舞う場面から始まり、連が家の和室にかくされていた亡き母親の遺品を二人に見せる場面、そして和室に羊司の祖母を泊めるという父親の提案に連が激しく反発する場面へとつながります。後半は、連が羊司に亡き母親の思い出を語る場面です。羊司が連の言動をどのように受け止めていたのか、そして連から亡き母親の話を聞いたことで、羊司の心にどのような変化が生まれたのかを読み取ることがポイントです。何気ない言葉に込められた羊司の深い心情を見逃さないようにしましょう。
P.153の14行目からP.154の1行目に「連くんは子どもっぽい声を出した。子どもなんだから子どもっぽくてなにがいけないんだと言われそうだけど、ぼくには出せない、そんな声。」とありますが、ここでの羊司の様子を説明したものとして、最も適切なものを次の中から選び、記号で答えなさい。
ア.新しい家族である母親に嫌われないように偽りの自分を演じる連に、激しい嫌悪感を抱いている。
イ.楽しい雰囲気を出そうとしている連の様子に、必要のない気づかいが見えて、違和感を覚えている。
ウ.本来は兄である自分がすべき気づかいを連が率先して見せたことで、連への申し訳なさを感じている。
エ.無理に声をつくって家族に気をつかうという行為が、無駄なことと認識していない連にあきれている。
河辺先生の、家族でバーベキューをしようという提案に、無邪気に喜ぶ連の様子を見た時の羊司の様子を答える問題です。羊司自身が語っているように、9歳であれば、無邪気に喜ぶのは当然とも言えますが、それを単に無邪気な言動と素直に受け止められずにいる羊司の様子については、この場面の前にも同様の表現がありました。
連が母親と羊司のために焼きそばを作る場面で、手伝おうとする母親に対する連の反応と、それに対する羊司の言葉が以下のように描かれています。
「いい子の見本」といった言葉からも、羊司が連の様子を肯定的には受け止めておらず、どこか釈然としないでいることがわかります。「むりすんな」と言葉も、連を気づかってというより、そうしたすっきりしない心情から発せられたと考えられます。
ただ、羊司が連に対して強い敵対心や、見下すような心情を抱いてはいない点はしっかりとおさえておきましょう。その根拠となるのが、羊司の祖母を和室に泊めることに連が猛烈に反対した場面に見られます。
父親の言葉を受け入れず、泣き出してしまう連の姿を見た時の羊司の姿が以下のように表されています。
連の意志を尊重しようとする羊司の姿には、連を見守る兄としての想いが見えますし、「思いまーす」と、他の場面では見られないようなおどけたような言葉づかいをするところに、苦しむ連の心をそれ以上追い込まないように、少しでも空気を軽くしようとする意図が見えます。
さらに、その後もバーベキューを中止しようと言う河辺先生に対して、羊司は以下のように答えます。
誰も連の涙を気にしてないというメッセージを連に伝えるかのような軽妙な言葉づかいに、羊司の連を想う気持ちがうかがえます。こうした、読み手に少し違和感を抱かせるような軽い言葉づかいが、実はその場でつらい気持ちになっている人物の心を軽くし、助けようという意図のもとに使われているという表現は、中学入試の物語文で多く見られ、問題の対象にもなりますので、人物の真意を読み取ることを強く意識しましょう。
また、羊司が「気づかい」が気になってしまうのは、連に対してだけではありません。連に対する母親の言動に羊司は幾度も反応しています。先に触れた連が焼きそばを作る場面で、以下のような表現があります。
本来の家族であれば不要と思える気づかいを連や母親がしていることに、羊司が閉塞感と違和感を抱いていることが読み取れます。
もちろん羊司も母親が連に気づかうことに理解は示しています。それがわかるのが、以下の一文です。
また、父親となった河辺先生が、亡くなった連の産みの母親の遺品を押し入れの中にかくしておいたことを知った羊司の言葉が以下です。
それぞれに事情を抱えたままに新たに家族となった中で、互いに気をつかおうという想いまで否定しようとはしていないものの、どこかそこに居心地の悪さを感じ、本来の家族であれば見られない気づかいをすることなしに暮らして行きたい、という羊司の想いがあると考えられるのです。
問題の解答ですが、選択肢のうち連に対する敵対心に近いものや見下す意味合いを含むアとエがまず消去できます。また、ウの「連への申し訳なさ」の根拠となる表現は文章中にありませんので、こちらも消去できます。よって、正解はイです。
イ
≪予想問題1≫の問題該当部から後の羊司の心情の変化が問われています。変化する前の心情については≪予想問題1≫で確認しましたので、変化の後とされる部分について見てみましょう。
該当する部分での羊司の言葉は「うん。食べる」と何ともあっさりと、何気ないものです。こうした何気ない表現の中に深い心情や想いの変化が込められているのが、岩瀬成子作品の特徴であり、大きな魅力です。
この言葉だけでは何の解答の糸口も見つけられませんので、その前の部分に注目してみましょう。この言葉は、連についての以下の表現を受けて発せられたものです。
この連の言葉もまた、言葉そのものだけを見れば、あまりに何気ないものですが、ポイントはこの言葉が出るまでの流れ、そして「むじゃき」という言葉です。
連がプリンを食べると言い出す前まで、羊司と連は亡くなった連の母親について話をしていました。連が母親のしぐさや言葉をはっきりと覚えていること、母親のことは口にしてはいけないと父親に言われていることなどを、羊司はここで初めて知ります。そして祖母が泊まることを頑として許さなかった和室の押し入れにしまわれていた母親の遺品について語る連の言葉と、それに対する羊司の言葉が以下です。
心の中に母親の姿がはっきりと残っているのに、それを誰かに話すこともできず、ただ母親が遺したものは大事にとっておくことしかできないという連の想いを羊司が知る場面です。
そしてこの直後に、唐突に連が「ぼく、プリン食べようっと。羊司くんも食べる?」と言い出すのです。これまでの連の言動からすると、この言葉のあまりの唐突さから、そこに、自分の中に押し込めている悲しい想いを羊司に聞かせてしまったことで重く立ち込めてしまった空気を一掃しようとする連の「気づかい」があると読み取ることができます。
これまでの羊司であれば、その気づかいに違和感を抱いていたでしょう。少なくとも連の言葉が気づかいであると受け取ったことを示す羊司の言葉があっても不思議ないのですが、ここでの羊司は「むじゃき」という、連の言葉そのものの響きの印象にとどまり、それ以上にまで踏み込もうとはしません。さらに「うん、食べる」として連の言葉をそのまま受け止めているのです。
ここには、それまで気づかずにいた連の心の奥底にある想いを知り、「気づかい」と思える言動をしていたのは、その想いを押し込めようとしていたためであったと感じ、連の悲しみを受け止めようとする羊司の姿が描かれていると言えるのです。
また、羊司は連の話を聞く過程で、自分が二歳の時に分かれて以来会っていない、父親の記憶がないことについて、以下のように話しています。
感じ方は違えども、会えなくなってしまった肉親がいる悲しみをどこか連と共有している羊司の姿が見て取れます。
さらに、羊司は連に以下のように語りかけます。
単に兄だから、ということではなく、連の想いを知ったことで少しでも寄り添おうという羊司の想いが込められています。
以上から解答を作りますが、変化の説明ですので、「…だったのが、…となった」などのかたちで、変化の様子をわかりやすく説明することに気をつけましょう。
この作品に限らず、中学受験の物語文では、一見するとありふれた何気ない言葉の中に、深い心情が込められているケースが多く見られ、特に上位難関校ではそうした部分を詳しく説明させる問題が出されます。文章の流れや、言葉の使われ方に注意して、重要表現を見逃さないように心がけてください。
連の家族を気づかう言動に違和感を覚えていたが、連が亡くなった母親への想いを心の内に閉じ込めていること、親と会えない悲しみを自分と同じく抱いていることを知り、連の心に寄り添いたいと思うようになった。(98字)
本作品は冒頭にも記しました通り、物語上重要な役割を果たす幽霊が各話に出てくるのですが、『舟の部屋』では、今回ご紹介した部分の後に幽霊が登場します。その幽霊について羊司と連が会話を交わす場面は、2人の心にほのかな灯りがともされるような優しさ、美しさに満ちています。ぜひ最後まで読み通してみてください。本作品には、ご紹介しました『舟の部屋』以外にも来年度入試で出題可能性の高い作品が収録されています。第三編の『願い』は戦争をテーマにした作品で、ウクライナをはじめ世界の各地で戦争や内戦が行われている今だからこそ、ぜひ読んで頂きたい内容です。戦争が行われている現状に目を向けて欲しいという著者からの強いメッセージが随所に感じられます。
様々なテーマを扱った短編集ですが、どの短編も読みやすい文体で書かれていて、読書が苦手なお子様にも負担のかからないボリュームです。読まれる際には、気に入った短編だけでも構いませんので、ぜひ何度かくり返し読んでみてください。読み重ねる度に、ほんの細かな表現の中に隠された人物の想いを発見する喜びが味わえるはずです。お子様だけでなく、親御様にも読んで頂き、お子様と語り合う時間をつくって頂きたい貴重な作品です。
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