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それぞれに事情を抱える3人の中学3年生女子の関係を題材として「友人関係」、「家族関係」という中学受験物語文で頻出の重要テーマを鮮明に描き出した稀に見る傑作です。著者の森埜こみち氏は、デビュー作の『わたしの空と五・七・五』(第19回ちゅうでん児童文学賞大賞を受賞)が鴎友学園女子中(2019年度第1回)で、『蝶の羽ばたき、その先へ』(第17回日本児童文学者協会・長編児童文学新人賞、および第44回日本児童文芸家協会賞を受賞)が明大中野八王子中(2021年度)で、『すこしずつの親友』が栄東中(2023年度東大Ⅱ)で出題されています。著作が数々の児童文学賞を受賞し、また出典の選定に定評がある学校で出題されており、森埜こみち氏への注目度が今後の中学入試において急上昇して行くことは間違いないでしょう。
本作品はある出来事がきっかけとなり、それまで仲良く過ごしていた3人の関係がぎくしゃくするところから物語が始まります。その後、それぞれの過ごしてきた過去や、現在おかれている境遇を知ることで、互いの理解を深め合い、同時に家族への接し方にも変化を見せるようになるといった、「他者理解」というテーマの中でも特に頻出度の高い「友人関係」、「家族関係」が丁寧に描かれているのです。
文章はとても読みやすいですが、物語の展開上ポイントとなる言葉の意味を正しく理解しなければ、そこに絶妙に込められた人物の深い心情を読み取り切れないという、まさに中学校の先生方の作問意欲をかきたてるような重要表現が満載の一冊です。連作短編集ではありませんが、章によって3人のうちの誰かが主人公になるという構成も作問しやすいため、来年度入試で多くの学校が出題対象とすることは必至で、男子校・女子校に関わらず上位難関校を中心とした出題が予想されます。
本メルマガでは、第5章『璃子-言える相手だから言えるんだよ』を取り上げます。
≪主な登場人物≫
璃子(りこ:中学3年生の女子。2歳になる弟の「ゆう」は、言葉の発達が遅く、また一度泣き出すと凄まじい泣き声を発し続けてしまうことがある。そんな弟の状態に強い不安を抱く母親は、心が病んでしまっている。正論ばかりを解く同級生の詩織に反感を抱いていた。)
詩織(しおり:璃子の同級生。璃子とは3年生になって初めて同じクラスになる。生まれた時から父親がおらず、シングルマザーの母親に育てられ、中学に入る直前にいま住んでいる町に引っ越して来た。千秋とは中学入学時から仲良くなり、同じ卓球部に所属している。)
千秋(ちあき:詩織の同級生。誰とでも仲良くなれる社交的な性格だが、小学校に入学してすぐに母を亡くし、その後父親の再婚相手に激しく反抗し、手がつけられないほどの「わるガキ」だった時期が過去にある。)
≪あらすじ≫
ある日、詩織と千秋は、千秋の提案で璃子の家に遊びに行くことになります。そこで詩織は、間もなく3歳になる璃子の弟の「ゆう」の言葉の発達が遅いことを知ります。それでも詩織と千秋はゆうと遊んでいたのですが、ゆうが、千秋に頬にかみついてしまうという事件が起こります。戸惑う詩織に対し、璃子はその原因が詩織にあると言い放ち、そのことが納得できないでいる詩織に、千秋までもが厳しい言葉を告げてしまったことで、3人の関係はぎくしゃくしたものになってしまったのでした。
その後、千秋は詩織に、かつて自分もゆうと同じように、一旦泣き出すと手が付けられなくなった過去があること、現在の母親が父親の再婚相手であることを告げます。そして再び璃子の家を千秋と訪れた詩織は、自分の母親がシングルマザーであることを2人に伝えます。それぞれの抱える事情を知った3人の関係は次第に修復へと向かって行きます。
※テーマについては、メルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。
この作品の中学受験的テーマは「友人関係」、「家族関係」です。友人関係を扱う作品では、友人に対する誤解を抱いていた主人公が、やがてそれまで知らずいた友人の想いに触れ、友人関係をさらに深め、心の成長を果たして行くといった姿が描かれるケースが典型ですが、本作品はまさにそのパターンがじっくりと描かれています。今回取り上げる第5章の前の第3章『千秋-気持ちがよみがえったんだよ』で詩織と千秋の関係が修復する様子が、第4章『詩織-ゆうくん、ことばをわかってるね』で璃子がそれまで表面的には仲良くしていながらも、本心では反感を抱いていた詩織の、それまで知らなかった一面を知り、印象を変えて行く様子が描かれています。そして今回取り上げる第5章では、詩織の家に訪れた璃子が、見たこともなかった詩織の姿に接して、より詩織への理解を深めて行く様子がじっくりと描かれています。
また、家族関係の典型的なパターンは、家族に反発していた主人公が、家族の想いを知り、自分が家族に支えられていることを認識して、心を成長させるといった過程で描かれるのですが、近年では社会問題となっているヤングケアラーのように、子どもが親を支えながら生活するといったケースも物語文で表されることが増えています。今回ご紹介する第5章でも、主人公の璃子が心の病を抱える母親を支えようとする姿、そしてそんな母親との接し方にも変化を見せるといった過程が描かれていますので、その変化が何をきっかけとして生まれたのかを読み取って行きましょう。
本作品は3人の会話がほとんどを占め、第5章でも詩織の家での会話がメインとなりますが、さりげない言葉に込められた想いを正確に読み取り、この章の主人公である璃子の心情の変化をつかむことをしっかり意識しましょう。それが「友人関係」、「家族関係」のテーマ学習を進めるうえで、貴重な機会になります。
前者は、千秋と共に詩織の家を訪れた璃子が、普段は見せない詩織の新たな面の数々に触れて、心の距離感を縮めて行く様子が、後者は、不安にかられて取り乱す母親を落ち着かせようとする璃子の様子が描かれています。璃子が詩織の言葉を聞いて、どのように詩織への理解を深めて行ったのか、また詩織の家を訪れたことで、璃子の母親との接し方にどのような変化が生まれたのかを、璃子の言葉から的確に読み取って行くことがポイントとなります。
指示語の問題は、解答の範囲さえ限定できれば問題の難度自体は決して高いものではありません。ほとんどの場合が、指示語の箇所よりも前に解答の範囲があり、文章を読み進めている過程で、物語の展開をしっかり追えていれば、おおよその範囲は特定できるでしょう。ただし、解答をつくるにあたっては、文章を見る範囲を広げて、ポイントになる表現を探し出す、といった作業を注意深く進める必要があります。この問題でも、解答の内容を定めたうえで、記述の内容をまとめるうえでポイントとなる表現を広い範囲から見つけ出し、制限字数に注意して、過不足なく内容を盛り込むように気をつけましょう。
問題該当部の前に詩織が話していた内容は、高校受験をするにあたって、公立に行きたいと思いながらも私立へのあこがれを捨てきれずにいるというものでした。具体的には以下のように、詩織の言葉が示されています。
この部分だけに着目して、「公立高校に入りたいと思っているのに、私立高校に行きたいという想いも捨てられないこと」と解答をまとめてしまわないように注意してください。詩織の言葉を受けた千秋は次のように詩織に語りかけます。
「皿の話」とは、高校受験の話の前に、家が厳しい経済状況にあるため、食事の際には1枚の皿しか使わず、新しい皿を買ってもらった際に、選んだ末に買わなかった皿が良かった、と詩織が考えてしまうことを指しています。具体的には、以下のように表されています。
つまり、詩織が「自分がいやになる」理由となる「こういうところ」とは、皿の話と高校受験の話の両方に共通する内容となります。どちらかだけをもとに解答を作成しても、点数になりませんので、注意してください。
それでは、その内容をどのようにまとめればよいでしょうか。注意すべきは詩織がどちらの話でも使っている「じと―っと」という言葉です。想いを断ち切れずに引きずっている様子を端的に表していますが、解答に使うには、あまりに抽象的で説明が足りません。そこでこの「じと―っと」と同じ内容の表現がないか、文章を見る範囲を広げて探してみます。
すると、問題該当部よりも後の以下の部分で、最適な言葉が使われています。
裕福な家庭で暮らす璃子であれば自分と同じような考え方はしないことを、詩織が璃子に確かめるために発した言葉です。ここで使われている「執着する」の辞書での意味は、「一つのことに心をとらわれて、そこから離れられないこと」(goo辞書より)で、まさに詩織が使う、「じと―っと」と同じ内容になりますので、「執着」を解答に使えると判断することができます。
選んだ末に買わなかった皿が良かったと考えてしまうことや、私立高校にあこがれてしまうことは、「自分が選んだものに満足できない」といったかたちにまとめるとして、あとは制限字数に気をつけて、解答を作成しましょう。
今回の問題であれば、「執着する」という言葉の意味を正確に理解していることが、解答をつくるうえでの大前提になります。語彙が必要なのは難しい論説文だけではありません。これからの生活の中で、新しい言葉を見逃さずに、物語文の読解に必要な語彙を積極的に増やす意識を強く持つようにしましょう。
自分が選んだものに満足できず、選ばなかったものにも強く執着してしまうこと。(37字)
まず、「巣穴(すあな)」という言葉ですが、これは詩織の家に行く前に、千秋が璃子に言った次の言葉が発端になっています。
実際に詩織の住む古いマンションの部屋を訪れた璃子は玄関から続く廊下に、クローゼットのようにコートや鞄や帽子がかけられている様子を見て、千秋の言う「洞穴」という表現に納得します。そして、生活感の溢れる光景に、次のような印象を覚えるのです。
≪主な登場人物≫にも記しましたが、璃子は正論ばかり唱える詩織に良い印象を持っていませんでした。それが、第4章で詩織の家庭環境を知ったことで詩織を見る目に変化が生まれ、詩織の家に行きたいと璃子が言い出すようになっていました。
それでも、まだ詩織の学校以外での顔を知らない璃子にとっては、詩織の家に漂う生活感に新鮮な驚きを感じていたのです。
そしてその後、今まで知らなかった詩織の様々な面に立て続けに触れた璃子は、その都度驚きを覚えます。例えば、詩織が母親のだらしなさへの不満を次から次へともらした際には、以下のような印象を抱いています。
そして、≪予想問題1≫でも取り上げた、詩織がものに執着する自分がいやになると告げた際には、以下のような想いを抱いています。
母親の悪口を言うことも、自己嫌悪に陥ることも、言葉だけを見るとネガティブな印象を抱きますが、それらは中学3年生の女子らしさに満ちたもので、今まで見ることのなかった詩織のリアルな一面を見た璃子は、むしろ詩織との距離感が縮んだように感じています。
だからこそ、詩織の言葉を聞いた後に、璃子は以下のような想いを抱いています。
狭い部屋の中に所狭しと、雑然とものが置かれている状態は洞穴のようでも、そこに住む詩織には中学3年生の女子らしさ、人間らしさがあふれている。それはこの部屋のあたたかな環境で育まれたもの、と璃子は感じているのです。詩織に対する印象が変わらないままであれば、ただの洞穴にしか感じなかったかもしれません。ここでの巣穴という言葉には、詩織の真の姿に触れて、構造は洞穴と同じでも、そこに住む人のあたたかさが感じられる点で、洞穴とは全く異質のものとする璃子の想いが込められていると読み取れるのです。
そして、母親との関係で、璃子は自分と詩織の違いを感じます。詩織の母親が毎晩、ワインを飲むと聞いた時には、以下のような想いに至ります。
詩織が母親と口喧嘩をすると聞いた時には、以下のように想いを吐露します。
詩織の真の姿を知って、親近感を覚え、そんな詩織が育った環境にあたたかみを感じた璃子は、娘の前でも自由に振る舞う母親と詩織との間の距離感の近さを感じています。
そして、璃子は詩織に以下のように告げるのです。
詩織とその家庭環境にあたたかさを感じ、詩織にとって母親がなんでも言える相手であることを認識した璃子ですが、だからと言って、心を病んでしまった自分の母親に対して不満や反感を抱いているのではありません。以下の表現にそれがはっきりと表されています。
母親を深く愛する璃子だからこそ、弟のことで心を病んでしまっている母親をどうにか助けたい。そんな想いにかられた璃子は、詩織の母親に対して母親が引け目を感じたり、劣等感を抱かないように、詩織の家が切り詰めた生活をしていること、母親がだらしない生活をしていることなどを話します。その度に母親は笑顔になって行くのです。このことについて、璃子は心の中で詩織に次のように訴えます。
もちろん璃子自身も詩織の家庭を見下しているのではなく、母親が不安に陥らないように、安心をさせるために、詩織の母親が家事を完璧に行ってはいないこと、だらしなさを隠さずに見せていることを伝え、引け目を感じる必要もなければ、何もかもを完璧にしようとする必要もないことを伝えたかったと読み取れます。璃子の想いが以下の部分に集約されています。
そして、問題該当部の直前は以下のような表現になっています。
璃子の母親の夢が、「素敵なお嫁さんになって、素敵な奥さんになって、素敵なお母さんになること(P.130の2行目から3行目)」であると知る璃子は、その理想が高すぎるために、弟への心配が過度になり、自分を責めてしまっている母親の現状を何とか変えたい、何とか大好きな母親を救い出したいと思っているのです。
詩織の家が巣穴のようで、母親が描く理想とは異なるものであっても、そこは居心地がよく、それもまた素敵であることを知って欲しい。母親が理想通りの家庭を築けないとしても、居心地のよい場所にすることができるのだから、自分を責めることなく、安心して暮らして欲しい、という想いが込められていると考えられます。
あとは字数に合わせて内容を盛り込んでいきましょう。
詩織が住む家は母親が描く理想とは異なるものだが、詩織が自分らしく生きている、居心地のよい環境だった。素敵のあり方は様々なので、理想との違いに苦しみ、自分を責めることはせずに、母親には気楽に生活することを大事にして欲しいということ。(115字)
2024年度入試を振り返ると、麻布中、駒場東邦中、海城中、学習院女子中等科など、物語文の出典選びに定評のある学校がそろって、2大重要テーマである「他者理解」、「自己理解」が共存する作品を出題している傾向が見られました。物語文の設定自体が難化、多様化しているという印象はあっても、根底に「他者理解」、「自己理解」を据えた作品が多い点は変わっていないことがわかりました。
※2024年度入試の総括については、3月9日配信メルマガ『2024年度入試で出題される確率が高い物語ベストテン!の答え合わせ』に詳しく記しましたので、ぜひご覧ください。
改めて「他者理解」、「自己理解」というテーマへの理解を深めることの重要性が高まっていると言えますが、テーマ学習を進めるためには、教材として優れた書籍をできるだけ多く読んでおきたいところです。
中学3年生の女子の友人関係が壊れかけ、そして再生して行く過程を、彼女たちの会話や、心の声を通してじっくりと描いた本作品は、まさに「他者理解」のテーマ学習を進めるうえでの最適の教材となります。女子どうしの関係の変化となると、読み取るのが難しいと考える男子のお子様方もいらっしゃるかもしれませんが、近年では男子校でもそうした女子ならではの友人関係が描かれた作品を出す学校が少なくありません。設定自体は決して難しくない作品ですので、男子のお子様方にとって女子の友人関係を学ぶ貴重な入門書になると言えます。読みやすい文体で書かれていますので、5年生のお子様方にもぜひ読んで頂きたい一冊です。ぜひ本作品を通して、「他者理解」という重要テーマを読み取る力を養ってください。
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