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今年度を代表する一冊となる可能性が非常に高い、傑作です。
筆者の阿部暁子氏の作品は過去にも、車いすエンジニアを目指す女子の姿を描いた『パラ・スター〈Side 百花〉』が2021年度の田園調布学園中(第1回)などで出題された実績があります。本作品も、病気により車いすユーザーとなった女子高校生の六花(りっか)が主人公のひとりとなり、その六花と、大けがが原因で陸上の世界から離れた男子高校生の伊澄(いずみ)が、ぶつかり合いながら、互いへの理解を深め、再生して行く姿が描かれています。
六花と伊澄が心の距離を近づけて行きながら、互いに相手が抱える心の傷への理解を深め、そこから再生のきっかけをつかんで行く過程には、まさに中学受験物語文で最も多く扱われる、「他者理解」を通じて「自己理解」を深めるというパターンが鮮やかに表されています。
車いすユーザーである六花が放つ、強く凛とした言葉の数々は読み手の心に深く響き、物語における伊澄と同じく、読み進めるうちに六花の魅力に惹き寄せられて行きます。そして、六花と出会い、心の成長を遂げて行く伊澄やクラスメイトたちの人物描写が、読み手がその場にいるような感覚を味わえるような鮮明な臨場感を持った筆致でつづられており、時間を忘れるほどに物語の世界に没入できます。
作品としては、六花と伊澄の「恋」の物語がメインになりますが、もちろん小学生に読ませたくないような描写は一切なく、2人の心の距離が近づいて行く様子がじっくりと描き込まれているため、気がつくとその恋が成就することを願ってしまう感覚になります。特に「恋心」をテーマとした物語文が苦手な中学受験生の皆さんにこそ、ぜひ読んで頂きたい「恋愛小説」でもあるのです。
物語の終盤には、六花と伊澄のクラスメイトたちが「差別」に対する考え方をぶつけ合う場面があります。最頻出のテーマを軸に、「恋心」という中学受験生にとって難解なテーマを含み、また社会的テーマも含まれているといった、重要テーマが絶妙に織り込まれた稀有の一冊です。
来年度入試において、多くの中学校から注目を集めることが必至ですが、児童書ではなく一般文芸書のカテゴリーに属し、語彙レベルが高いため、男子校、女子校、共学校を問わず、上位校から最難関校を中心とした出題が予想されます。
≪主な登場人物≫
荒谷伊澄(あらやいずみ:宮城県の高校に通う1年生男子。中学時代は陸上部に所属し、中学3年生の時には男子100メートルで県記録を更新するが、その直後のある出来事で負った大けがが原因で陸上から離れるようになる。高校入学にあたり、「本気にならないこと」を目標にしている。)
渡辺六花(わたなべりっか:伊澄の同級生の女子。中学2年の時に脊髄の腫瘍が原因で、一命はとりとめたものの車いすユーザーとなる。伊澄とは入学式の朝に駅で偶然出会い、同じクラスとなるが、出会った時から迫力のある強気な口調で伊澄を圧倒する。)
≪あらすじ≫
高校1年生の伊澄は入学式の朝、駅で逃げる泥棒に対峙した車いすユーザーの六花を持前の俊足で救いますが、車いすを乱暴に扱ってしまったことで、六花に厳しくとがめられます。その後も伊澄は、同じ高校の同じクラスとなった六花と朝の通学電車が一緒になることから会話を重ねるようになるのでした。
雨の降るある日、伊澄は六花が一人、校舎の中にある誰も近づかないような「あずまや(壁がなく、柱と屋根だけの小さな小屋)」に向かい、その中で美しい声で歌を歌う姿を見かけます。
※テーマについては、メルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。
この作品には、様々な中学受験的テーマが含まれています。中学時代の大けがが原因で陸上から離れた伊澄の姿には「挫折からの再生」が、病気により車いすユーザーとなった六花の姿には「苦境に向き合う」といったテーマが反映されています。ただし、「苦境に向き合う」というテーマの多くが、親族の死、いじめ、災害、マイノリティに対する差別などによってもたらされる困難の中で自分に向き合い、成長する人物の姿を題材とするのに対し、この物語の六花は車いすユーザーという状況にあっても、それに屈することなく、他者とのコミュニケーションにおいても明るさ、接しやすさを自然に見せており、その姿には典型的なパターンがあてはまりません。今回、予想問題の対象としましたが、本作品においては六花がどのような経緯でそうした強さを身につけ、その姿に伊澄や他の人物たちがどのように触発されて行ったのかに着眼点を置くとよいでしょう。
そして先にも触れましたが、六花と伊澄の間で交わされる「恋心」が本作品の重要なテーマとなります。どのような時間の積み重ねを経て2人にとって相手が「かけがえのない存在」になって行ったのかを読み取って行きましょう。さらには、伊澄、六花と母親の「親子関係」、伊澄のクラスメイト達との「友人関係」も色濃く反映されています。そうした様々なテーマを内包しながら、「他者理解」を通した「自己理解」という最頻出のテーマが軸とされています。物語の展開を楽しみながら、それぞれのテーマ学習もじっくりと深めて行きましょう。
六花が小学生の頃に抱いた夢を、伊澄が中学3年生の時に大けがを負った出来事の真相をそれぞれ語る場面です。2人ともにそれまで知ることのなかった相手の過去を知り、共に新たな未来へと目を向ける、物語前半のクライマックスにして、大きな分岐点となる名場面です。
過去に向かい合う姿から伝わる2人の心の痛み、そしてそこから再生して行こうとする2人の姿を、垣間見える表情や場面を作り出す環境設定に着目しながら、正確に読み取って行くことがポイントになります。
P.103の12行目に「だからいいの。ちゃんと整理はついている。」とありますが、六花がこのような心境に至るまでの心の動き、考え方の変遷を説明した以下の文の空欄に入る言葉を文章中から選んで答えなさい。アは2字、イは11字、ウも11字、エは1字の言葉です。
小学1年生の時にミュージカル俳優になる夢を抱いていた時には、それを( ア )と感じ.( イ )がわかるとまで思っていた。病気で車いすユーザーとなってもミュージカル俳優として活躍する道を選べたが、自分が目指していたステージは( ウ )は関係なく、肉体的にも選ばれた人だけが立てる場所であり、自分は神様が開けてくれた別の( エ )を探すことを心に決めた。
穴埋めのかたちの抜き出し問題です。今回、出題が予想される箇所とした部分を順に追って行けば答えは簡単に見つかりますので、この問題を通して六花の現在に至るまでの考え方の変化をたどって行きましょう。
伊澄に歌を歌っていたところを見られた六花は、自分がかつてミュージカル俳優になる夢を抱いていたことを語り始めます。小学1年生の時に六花は、夢を果たすために、両親にクリスマスプレゼントも誕生日プレゼントもお年玉もいらないので、その分のお金を使って歌とバレエを習わせてほしいと訴えたのですが、それを聞いて驚いた伊澄に対して六花が応えた以下の言葉の中に、アの解答が含まれています。
アの解答となる「運命」について、六花は続けて以下のように説明します。
六花の言葉をそのまま追うと、イに入る言葉を見つけることができます。
イの解答となる「自分が生まれてきた意味」について、伊澄もまた自分が同じ感覚を味わったことがあることに思い当たります。陸上部で走ることに打ち込んでいた中学時代に、以下のような感覚を味わったと伊澄は心の内で語ります。
過ごしてきた境遇が異なる六花と伊澄が同じ感覚をかつて味わっていたことが表された、伊澄と六花の心の距離が縮まるきっかけにもなる場面です。
その後、六花のステージに立つことへの強い想いを知った伊澄が、車いすでもステージに立つことができるのではないかと問いかけたのに対し、六花は以下のように答えます。
その理由について話す六花の言葉の中に、ウの解答が含まれています。
ウの解答となる「努力の量や気持ちの強さ」について、伊澄もほぼ同じ意味の言葉を以下のように表しています。
ここでの「好きという気持ちや努力を惜しまない情熱」という言葉が、ウの解答と同じ意味になりますが、字数が合いませんので選ぶことはできません。
それを運命と確信するほどに愛していたミュージカルの世界。その夢が果たせないと考えた六花が、なぜ「ちゃんと整理はついている」と言えるほどに強い気持ちでいられるのか。先を読み進めることで六花の支えとなっているある言葉に行き着きます。
映画『サウンド・オブ・ミュージック』の中の台詞で、この言葉に強く支えられていたことを、六花が以下のように話します。
エの解答である「窓」がここに出てきます。この六花の言葉には、まさに「再生」という中学受験的テーマを学ぶうえでおさえておくべき考え方が集約されています。
こうして問題の解答を追う作業を通して、六花がどのような考え方、感じ方を通して現在のような気持ちの強さを身につけたのか、その変遷を確認することができました。この問題のように、難度としてはとても低いものの、その問題をひも解く作業を通して、文章の設定、人物像への理解を深める効果がある出題は、実際の入試問題でも見られます。麻布中の選択肢問題などがそれに該当します。問題を解き進めることで得られた情報を活かして、問題文の理解に臨むといった姿勢を大事にしてください。
ア:運命、イ:自分が生まれてきた意味、
ウ:努力の量や気持ちの強さ、エ:窓
人物の心情や状況が表現される際に、日の光や風、雨といった気象条件に何かしらの役割が担われるケースが、入試問題でも多く見られます。例えば、吹き荒れる風が人物の追い詰められた状況を表したり、美しい夕焼けが明るい未来を暗示するといったパターンです。こうした表現に託された役割を的確に理解するには、その場面に至るまでの人物の心情や状況の変化を把握し、天候条件がどのような様子かを視覚的にイメージするといった流れが必要となります。
この問題では、雨が見せる様々な様子について、その違いとそれぞれの場面で果たしている役割を読み取る必要があります。それぞれの場面の状況を確認しながら、解き進めて行きましょう。
まずAの雨ですが、それ以前より激しさが増した降り方をしています。この場面は、六花の過去についての話を聞き、自分と共通する感覚があることを認識した伊澄が、今度は自分の過去について話を切り出すといった状況です。
伊澄のけがの原因については、物語上もここまで明かされることはなく、もちろん伊澄が六花に伝えるのも初めてとなります。伊澄が県記録を更新するほどに打ち込み、確かな実績を挙げてきた陸上から背を向ける姿が何度となく表されてきただけに、その内容が伊澄にとってつらいものであることは想像がつきます。六花にその過去について明かす伊澄の心の内の様子が以下のように表されています。
声が小さくなったという様子を受けて、さらにいざ伊澄が話始めようとしたところで、雨が強さを増した、という流れから、ここでの雨は、伊澄の不安と緊張の高まりを暗示していると読み取ることができます。
その後からは、伊澄が大けがを負った真相、友人との関係が破綻したことが伊澄の回想をもって明かされます。詳細はここでは触れませんが、伊澄が深く心に傷を負ったことが十分に納得できるほどに、つらいエピソードが語られるのです。
そして伊澄の話を聞いていた六花が、伊澄のかつての友人の消息を訪ねる以下の表現の中に、Bの問題該当部が含まれます。
ポイントは上記2行目の「六花の張りのある声は、雨音の中でもくっきりと耳に届く。」という部分です。Aの雨が伊澄の不安と緊張の高まりを暗示していた中で、その雨の音にさえぎられることなく六花の張りのある声が伊澄の耳に届いたということから、六花の声が伊澄を不安と緊張から救い出してくれるものであったと考えることができます。
さらにその後、六花と伊澄が会話を交わす中で、以下のような表現が出てきます。
不安や孤独、緊張の中にいる人物にとって、気遣われるよりも普段と変わらない対応をされた方が安心できるという、物語文で多く見られるコミュニケーションのパターンがここに表されています。伊澄に対して迫力ある口調でズバズバと切りこむ六花が普段通りに接してくれたことで、伊澄が不安と緊張から解放されたと読み取ることができるのです。
ここで、「風景はまだ暗い銀色にけぶっている」という描写があることから、伊澄が完全に安心しきったとまで言い切ることができませんので、あくまで不安と緊張から解放されたといった表現にとどめておく方がよいでしょう。
最後のCですが、これは≪予想問題1≫でも触れました、六花が『サウンド・オブ・ミュージック』の中の台詞、『神様は扉を閉める時、別のどこかで窓を開けてくださる』が自分のおまもりであることを明かした直後の、以下の部分の中で出てきます。
六花がつむぎ出したこの言葉は、それまでの攻撃的とも思えるほどに切れ味鋭いものであった伊澄に対する口調とは対極にあるもので、伊澄の過去の苦しみを知ったからこそ発せられたものであり、そこには慈しみとも言えるほどの深い優しさが込められています。
ここでの雨の役割を読み解くポイントは「淡い光」です。普段の六花のはっきりとした口調とは釣り合わないこの「淡い」というトーンをあえて使うことで、これまで見ることのなかった六花の深い優しさが、より強調されていると読み解くことができます。ここで見せる六花のほほえみ、そして発せられる言葉が、強い日差しの中で表現されていたならば、六花の優しさはここまで深く伝わってこなかったでしょう。霧のように舞う雨が光を淡いものとしたからこそ、伊澄の心にしみ通る六花の優しさが際立っていると読み取ることができるのです。
Aの雨は、伊澄が自分の過去に向き合うことで抱く不安と緊張の高まりを暗示している。
Bの雨は、自分の過去を聞いてくれた六花の張りのある声を聞いた伊澄が、それまでの不安と緊張から解放されている様子を暗示している。
Cの雨は、光を淡くさせることで、六花の伊澄に対する優しさを強調する効果を託されている。
今回ご紹介した箇所から後、互いへの理解を深めた伊澄と六花の心の交流は新たなステージへと進み、「恋心」というテーマの色合いがより濃くなって行きます。そして、40キロ近くを1年生全員で歩く学校の伝統行事『青嵐(せいらん)強歩』というイベントの開催へ向けて、物語もクライマックスへと進んで行きます。
その過程で、登場人物たちがそれぞれに自分を振り返る場面、自分の想いを吐露する場面が散りばめられるのですが、それらの言葉に込められた想いの強さ、言葉のリアリティが際立つことで、すべての人物たちの個性が鮮やかな色合いを持って伝わってきます。本作品のタイトルである『カラフル』の持つ意味は、物語の中で伊澄や六花の言葉を通して語られますが、その意味以外にも、登場人物たちの個性の持つ色合いが読み進めるほどに、どんどん鮮やかに、カラフルになってくるという意味合いが感じられるほどに、美しい人物描写に触れることができます。
傑作には常に魅力的なバイプレーヤーが存在しますが、本作品でも、読み手である皆さんそれぞれが感情移入してしまうキャラクターに出会えることでしょう。個人的には、駅員の長谷川さんが最後に六花に語りかける言葉(P.194の7行目から15行目)、そして伊澄のクラスメイトである田所という人物が終盤に見せる意外な一面に触れた時、大げさではなく感涙が止まらなくなりました。
中学受験物語文における重要テーマをいくつも含む、教材として貴重な一冊であり、また圧倒的な求心力を持った人物描写、ストーリー展開を楽しめる稀有な一冊でもあります。6年生はもちろん読書好きな5年生のお子様にもぜひ読んで頂きたい傑作です。
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