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第24回ちゅうでん児童文学賞で大賞(2022年3月)を受賞、2024年度入試において桐朋中(第1回)、横浜共立学園中(B方式)、晃華学園中(第2回)などで出題された『雪の日にライオンを見に行く』の著者・志津栄子氏による作品です。
色覚障がいのある小学5年生の主人公が、家族、学校の担任の先生の支えを受け、友人関係を変化させながら、自分の個性を活かして打ち込めるものと出会い、心を成長させて行く姿を描いた物語です。
前作同様に読みやすい文体で書かれていますが、「自己理解」を基軸に「友人関係」、「家族関係」、「他者理解」といった中学受験物語文の重要テーマが織り交ざった構成となっています。特に「友人関係」では、同テーマの典型的なパターンが具現化されており、テーマ学習の教材としての価値も高い一冊です。来年度入試で偏差値を問わず多くの学校が出題対象とする可能性が高いです。
≪主な登場人物≫
井上信太朗(いのうえしんたろう:小学5年生の男子。赤色がうまく判別できない色覚障がいがある。)
足立友行(あだちともゆき:信太朗のクラスメイト。教室では常に強気で、大きな口ばかりたたいている。)
平林和也先生(ひらばやしかずやせんせい:信太朗のクラスの担任の先生。信太朗の良き理解者であり、自分の父親も色覚障がいであったことをホームルームで明かし、信太朗の心の負担を軽くするなど、さりげなく信太朗を支えている。)
≪あらすじ≫
色覚障がいがある信太朗は、過度に色に反応してしまう母親の自分への接し方に悩みながら、学校では色覚障がいがあることは明かさずに暮らしていました。クラスメイトの友行に2年生の頃に、色を間違えて絵を描いたことをからかわれ、それ以来、友行に強い苦手意識を持っています。ある日、祖父の家に行く道中でばったり友行と出会い、不承不承ながら友行を連れて祖父の家に向かうことになります。
※テーマについては、メルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。
この物語全体を通しての中学受験的テーマは「自己理解」となります。主人公の信太朗が色覚障がいがあるが故に抱える悩みや孤独を理解したうえで、物語の終盤で信太朗が、何をきっかけとして、どのように心の成長を果たし、自らの進むべき道をつかんで行ったのかを的確に読み取ることがポイントとなります。
「自己理解」というテーマを基軸としたうえで、「友人関係」や「親子関係」、また担任の平林先生との心の交流を通して描かれる「他者理解」といった複数の重要テーマが混在するかたちとなっています。
その中でも今回のメルマガで取り上げる第9章では、信太朗がそれまで苦手にしていた友行というクラスメイトのそれまで知らなかった一面を知り、彼への考え方を変えて行くという過程が描かれているのですが、まさにメルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」でご紹介した、友人に対する誤解、新たな発見を経て友人関係をさらに深める。その過程で他者を理解する目が養われる、という「友人関係」の典型的なパターンがそのまま具現化されています。
信太朗が友行との心の距離を縮める過程で、自分自身とどのように向き合ったのか、友行が信太朗が色覚障がいであるという現実をどのように受け止めたのかを、しっかり読み解くことが、テーマ学習を一気に深めるきっかけとなります。
祖父の家を訪れた信太朗が、たまたま同行することになった友行に、自分が色覚障がいであることを打ち明ける様子が描かれた章です。
信太朗が何をきっかけとしてそれまで明かそうとしてこなかった色覚障がいのことを友行に打ち明けようと決めたのか、そこから信太朗の心情にどのような変化が生まれたのかを的確に読み取りましょう。
信太朗が過去に友行が発した言葉に心を痛めたことを、友行に明かすかどうか迷っている場面に出てくる言葉です。この言葉に込められた信太朗の気持ちを探る前に、この場面に至るまでの信太朗の心情の変化、特に友行に対する考え方の変化を順を追って確認しておきましょう。
この章の冒頭、祖父の家に向っていた信太朗は偶然通りかかった友行に声をかけられます。その時の信太朗の様子が以下のように表されています。
この部分だけでは信太朗が友行をどのような存在としてとらえているかが把握できませんが、ここから先に進んだ以下の部分で、信太朗の心情を確かめることができます。
そうしたくはないが、やむを得ず同行する、といった言葉に、少なくとも信太朗が友行を肯定的にとらえてはいないことがわかります。
さらに先へと読み進めると、以下の部分で信太朗が友行に抱く感情が顕著に表されています。
「ずけずけと」という言葉から、友行が相手の考えなど気にせずに距離を縮めてくるタイプであり、それを信太朗が快く思っていないことがわかります。
一緒に祖父の家に行きたいという友行の願いを受け入れ、その道中に会話を交わしていることから、信太朗が友行を積極的に避けたいとは感じられないものの、極力同じ時間を過ごしたくない相手として、信太朗が友行を見ていると読み取ることができます。
こうした信太朗の友行に対する感情は、本作品を最初から読んでいれば既知のものとなりますが、例えば入試問題でこの第9章だけが出題されたとしても、上記のように表現を追って行けば、十分に把握することができます。
この後、決して親近感を抱くことのなかった友行に対する信太朗の印象が、祖父の家で時間を過ごすうちに少しずつ変化して行きます。ここからまさに友人関係をテーマとした物語で頻出の典型パターンが表されて行きますので、注意深く確認して行きましょう。
信太朗の祖父が薬草に詳しいことを聞いた友行は、自分の願いをかなえてくれる薬草がないか、祖父に問います。その願いの内容と、それを話す友行の姿を見た信太朗の抱いた想いが以下のように表されています。
友行の意外な一面に触れて驚く信太朗でしたが、さらにその先で、友行が大きくなりたい理由が、早く大きくなって母親を助けたいということであると知った時に、以下のような反応を示します。
それまで知らなかった相手の真の姿に直面するという、友人関係において頻出のパターンが描かれています。こうしたパターンでは、主人公が相手を誤解していたことを知ったことをきっかけに、相手への接し方を変えて行く姿が示されるのが定番なのですが、この物語ではその段階に至る前に信太朗がある行動を起こす様子が描写されます。
友行と祖父が会話を交わす中で、クコの実が杏仁豆腐にのった赤い実のことであるという話題になった際に、信太朗は以下の言葉を発します。
自分が色覚障がいであることをなぜ友行に明かしたのか、信太朗の想いが以下のようにつづられています。
信太朗自身もなぜ友行に話したのか、確たる理由は見出せないでいますが、物語の展開を振り返ってみても、友行が自分の弱点を見せたことがきっかけとなったのは確かであると言えます。
自らの弱さを明かした友行に対して、それまで感じていた心の距離が縮み始めたことを感じ、自分もまたこれまで明かさずにいた大事な部分を自然に明かすようになったという信太朗の変化が表されています。
ただ、信太朗が友行との間に感じている心の距離はまだ完全には縮まってはおらず、友行のことを素直に受け止められる心境には至っていませんでした。その要因となったのが、小学2年生の時に、顔の絵を描いていた信太朗がくちびるの色を間違えて塗ったことを友行がからかったという出来事でした。
その出来事について、友行に話すかどうか迷う信太朗の姿を描写した部分に問題該当部が含まれています。
迷う信太朗の心の内を端的に示しているのが、以下の部分です。
そして以下のように、問題該当部へと続きます。
解答のポイントは、問題該当部の前後に注目することです。まず問題該当部の直後で信太朗は心にふたをすることなく、友行に話すことを決意しています。そのきっかけとなったのが、大きく吸い込んだときに感じた風のにおいでした。
問題該当部の直前に「ミントのにおいのようなにおい」がするとされた風は、どのようなものだったのでしょうか。それを把握するヒントとなるのが、信太朗の目に映った月桂樹の木です。祖父によって剪定(せんてい:果樹・茶・桑などの枝の一部をはさみ切ること。Oxford Languagesより)された月桂樹の木を見た信太朗は以下のようにその様子を語っています。
ここで信太朗が吸い込んだ風は、剪定された月桂樹の木のすき間を通る「新しい風」であることがわかります。
そして見逃してはいけないのが、先にも挙げた以下の一文です。
この部分は、第9章の前半、信太朗と友行が祖父の家を訪れた場面で、祖父が語った以下の言葉と呼応します。
信太朗が五月のにおいを感じた風は、祖父が剪定を行う季節のものであり、それまでの心にわだかまりを持つ自分とは異なる新しい自分になりたいという気持ち、さらには心を解放させたいという気持ちを抱かせるものであると読み取ることができます。
これまでに読み取った要素を取り入れ、制限字数に注意しながら解答を完成させて行きましょう。
三年前の出来事が心に引っかかったままに何も変化させないでいるのではなく、友行と話すことで心を解放させ、新たな自分として生きて行きたいという気持ち。(73字)
≪予想問題1≫で取り上げた部分の翌日、友行と会話を交わした後に信太朗が見たアジサイの花の様子が問題対象となっています。ここでまず注意したいのが、問題の暗示する内容について、物語全体ではなく、今回取り上げた第9章において考えられるものとして答える必要があるという点です。
アジサイの花が「開き始める」という現象から、信太朗の未来が明るい、つまり信太朗にとって良いことが起こる、あるいは起こっていることを暗示しているという点は理解しやすいでしょう。問題はその明るい未来について、ただ「信太朗にとって良いことが起こる」といった曖昧な答え方をせずに、この第9章を読んだ結果として、どのような明るい未来なのかを具体的に記述することを強く意識してください。
≪予想問題1≫に引き続き、信太朗と友行の関係の変化を追って行きます。自分が色覚障がいであると打ち明けた信太朗に対して友行が示した反応は以下のようなものでした。
からかうでも、聞き流すでもなく、真摯に信太朗の言葉を受け止めている友行の姿が表されています。
そして、三年前に友行にからかわれたことを信太朗が明かした際の信太朗と友行のやりとりが以下のように表されています。
清々しく曇りのない反応を示す友行の姿に、信太朗の心が和らいで行く様子が以下のように表されています。
まさに信太朗が願っていた、心の解放がなされたことが克明に表されています。最後の「許すも許さないもない」という部分から、これまで心を閉ざしていた原因が友行への憤りよりもむしろ自分自身の中にあったと信太朗が気づいたことが読み取れます。
そして心を解放させた信太朗は素直に自分に向き合ってくれた友行に対する考え方も変えて行きます。
その心境が以下のように表されています。
自分の弱さをためらいもせずに明かし、信太朗が色覚障がいであることを打ち明けた言葉を真摯に受け止め、過去の遺恨となってた出来事について素直に謝罪する友行の姿に触れたことで、信太朗にとって友行がこれまでの忌み嫌う対象から、心を許せる相手となったことが、最後の安心感という言葉につながっていると考えることができます。
翌日に、再び友行と出会った信太朗は、友行の年老いた祖父が体調を崩し、その世話で多忙な母親を友行が手伝っていることを知り、以下のような想いを抱きます。
その後、友人同士がし合うような他愛のない会話を交わした後に、友行と別れた際にも、同じような信太朗の想いが以下のように表されています。
この部分の直後が、問題該当部を含む、信太朗がアジサイの花を見る場面となります。
学校では見せない友行の弱さや優しさを知ったことで、信太朗が友行との心の距離感を縮め、信太朗にとって友行が、自分の抱える悩みをも打ち明けられる特別な存在になっていることが読み取れます。
開き始めたアジサイの花は、信太朗と友行の関係が、互いに心の内を明かせる友人関係になり始めていることを暗示していると考えられます。アジサイの花が「ためらいがち」に開いていることから、解答を作る際には、二人が親友になったとまで言い切らず、あくまで親密な関係が始まろうとしているといったところに留めるように注意しましょう。
それまでは打ち解け合うことのなかった信太朗と友行の関係が、互いに学校では見せない自分の姿をさらけ出し、そのうえで相手が抱える悩みを受け止め合えるような親密な関係になり始めていることを暗示している。(98字)
今回ご紹介した第9章から後、信太朗が自分の打ち込めるものと出会うことで、物語は新たな展開を見せて行きます。信太朗が出会ったものが何かについて、ここではあえて触れませんが、色覚障がいを自分の強い個性として活かし、突き進んで行く信太朗の姿は読んでいて胸が熱くなり、物語の世界に没入して行く感覚を味わうことができます。
主人公の信太朗をはじめ、友行や担任の平林先生、そして信太朗の両親といった登場人物それぞれの言葉に読み手の胸に強く伝わってくるものが多く、個々のキャラクターが際立っているため、作品の世界観を鮮やかにイメージすることができます。
読みやすい文体で書かれていますので、6年生、5年生はもちろん、読書好きな4年生でも楽しみながら読み進めることができる一冊です。
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