筑駒出身の鉄人会プロ家庭教師が母校をご紹介します。

今回は私の出身校である筑波大学附属駒場中学校(以下、筑駒)について、簡単にご紹介します。私が入学したのが30年も前になるので、現在と異なる状況も少なからずあるかと思います。その点は差し引いてお読み下さい。

【自由な校風】

学校案内や、受験に関する書籍などで筑駒を紹介するコメントを見ると、そのほとんどが「自由な校風」を挙げています。校則などの縛りがなく、気ままに過ごせるという意味では、確かに自由でした。制服もなく、男子校で、今の中高生ほどにファッションにも興味がない連中が集まりますので、今の女子高生などが見れば悲鳴を挙げて、失神してしまうような服装もお構いなしにまかりとおっていました。よい時代だったのだと思います。食堂がなかったため、ほとんどが弁当持参でしたが、昼休み前の休み時間に食べ終える「早弁」は、他校と同じように普通のことでした。

授業中の様子は担当の教師によって様々でしたが、学級崩壊といった事態はありませんでした。外の廊下を歩く友人と窓越しに話しこむ生徒や、教室の汚れが気になって授業中にやおら掃除を始める生徒はいましたが、特に他の人間がそれを意識することはなく、そのためかクラス全体を巻き込んで授業の妨害をするということはありませんでした。

中学1年の時に、木片で麻雀牌を作った人間がいましたが、その完成度は誰もが驚嘆するもので、一索(イーソウ)の鳥のデザインまで完璧でした。残念ながらさすがに教師に没収されてしまいましたが、その功績は永く賞賛の的となっていました。

それぞれが勝手に振る舞い、それに同調することを強要されることもなく、自分の好きなペースで適当に生活できるという自由さはありました。高校から入学した生徒で、卒業後も親しくした同級生から後日聞いたことは「入学する前はどんな人間がいるのか正直不安だったが、思ったよりずっとアホが集まっていたので安心した」とのことでした。

【教師との関係】

教師についても特に特徴的な人物が多いことはありませんでした。時に紹介される、はかま姿の漢文の教師には、私自身、クラス担任として指導を受けることがありました。筑駒には職員室はなく、科目ごとに2,3名の教師がいる「準備室」というものがあったのですが、その漢文の教師の準備室には畳が敷かれたスペースがあり、番傘が置かれていました。自身のスタイルを徹底されていたのでしょうが、根っから変わったタイプではなく、私も相談にのってもらったこともありましたが、よい意味で極めて常識的な助言を頂きました。

生徒と教師の間で際立った確執はありませんでしたし、教師に面と向かって反抗するといったことはありませんでしたが、勝手気ままに振舞う生徒達に対して、やりづらさを感じた教師もいたかとは思います。

人間同士の相性ですので、教師に対して生徒が抱く印象もバラバラでした。その中でも比較的人気のあった教師に共通するのは、接し方が厳しすぎず、かといって距離感が近すぎないこと、授業が魅力的であること、面白いことを言うのではなく、人間として天性の面白さを持っていることなどが挙げられますが、その点はどの学校でも同じかと思います。

ただ、後述の学校行事に対して、生徒の取り組みに理解がある教師と、そうでない教師との評価の分かれ方は特徴的でした。準備の場所を提供してくれた、下校時間に猶予をくれたなど、些細なことですが、行事に対する思い入れが異常な生徒達でしたので、それを理解してくれる教師には、一同深い敬意と親愛の念を持っていました。

【学校行事】

筑駒には三大学校行事と呼ばれるものがありましたが、その中でも特に生徒のエネルギーが結集するのが11月の文化祭でした。高校2年生まではクラス単位での参加が基本で、別途有志が集まるといった形式です。中1、中2までは模造紙などを用いての展示がメインでしたが、中3以降は、演劇や映画の製作が多くなりました。これは学校全体の人数が少ないことのメリットですが、上の学年の生徒が発表する作品に触れる機会が多くあります。そうした機会を重ねて、先輩が作ったような作品を、あるいはそれを越える作品をいつかは自分達も作り上げたいという気風が満ちてきます。文化の継承と言うべきものが、特にこの文化祭では見られました。

演劇では卒業生に野田英樹という大先輩がおり、また映画でも全国的な自主制作映画のコンクールで、先輩の作品が入選するといった実績があったことが、後輩にとって大きな刺激になっていました。生徒の気合いがピークとなるのが高校3年生での発表です。高3になると、それぞれが発表したい内容を選びます。当時は演劇班・映画班・喫茶班・縁日班・ステージ班と分かれていました。特に演劇班は、ステージ班とともに文化祭の華として、多くの観客を集めました。私の代では、早口長台詞で有名な唐十郎の作品を5時間近くにわたって通して上演していました。

11月という時期ですので、文化祭には参加せず大学受験の勉強に集中するといった生徒も、もちろんいました。そうした生徒を否定的に見る目はありませんでしたが、最後の文化祭へと邁進する大きな流れの中で、受験勉強に集中するには、それ相応の覚悟が必要だったのではないかと思います。文化祭の準備期間中の受験勉強がどのように進められていたのか…申し訳ないことに全く覚えていません。後で聞くと、両親はかなり苛立ちを感じていたそうが、文化祭へ向かう熱を止められる空気ではなかったとのことです。文化祭後には受験しかなかったので、学校全体が勉強漬けになっていたかとは思います。

【その他】

勉強面については、特に学校が受験に対して面倒見がよかったという記憶はありません。Z会の通信教育のみで東大に現役合格した者もいましたが、ほとんどの生徒は個々に塾に通っていました。

学校の授業で印象に残っているのは、世界史のテストです。3、4つの問題があらかじめ発表され、その解答を事前に用意して、テストではひたすらそれを記述すること、といった内容でした。解答を作成するにあたっては、他人のノートを写してもよい、何をしてもよいが、テスト当日にその解答を持ち込むのは禁止、頭の中に叩き込んで臨むこと、といったものでした。ただし、字数は「1600字」。担当の教師が言うには、高校生がテスト時間内に書き切る限界の字数が1600字であり、完璧に覚えていなければ答案にならない、とのことでした。書けば単位がもらえる私たちは、必死になって1600字相当の内容を覚えました。結果として、与えられたテーマについては完璧に覚えることができました。形から入る手法かもしれませんが、テーマを理解するという最終目標は達成できるものでした。

自由が与えられ、その自由をどう自分のものにするかを考える機会、さらにそこから自分の個性を具現化する場が多々与えられるという点では、母校に感謝する気持ちは強くあります。ただし、(今の筑駒の卒業生にはあてはまらないかもしれませんが、)かなりマニアックな世界に浸ってしまうこともありますので、社交性やバランス感覚といったところは、卒業してから自分で世界を広げていくなかで身につけるように心がけると良いと思います。

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