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これまで『ヒトリコ』が市川中(2016年度)、品川女子学院中(2016年度)など、『屋上のウインドノーツ』が、高輪中(2016年度)、成城中(2017年度)など、『タスキメシ』が本郷中(2017年度)など、『風に恋う』が甲陽学院中(2019年度)、山脇学園中(2019年度)など、『完パケ!』が聖光学院中(2019年度)などで出題されてきた、中学受験の最重要作家のひとり、額賀澪氏による初の児童文学作品です。
人間関係が崩壊しかけている合唱クラブの現状に苦しみ悩む主人公が、合唱に対して自分とは全く異なる考え方を持つ少年や、年齢層を超えた様々な人物達との出会いを通して大きく成長して行く過程を描いた本作品は、児童文学の枠を超えた傑作です。
今年の9月14日発刊という、中学受験の出典対象の時期としては遅めのタイミングに刊行されていますが、トランスジェンダーなどの社会的テーマが描かれていることもあり、来年度入試で多くの中学校が出題対象とする可能性が高くあります。
≪主な登場人物≫
小栗真子(おぐりまこ・学校の合唱クラブに所属する小学6年女子。)
柚原朔(ゆはらはじめ・真子と同じ学校の小学5年男子。美しい歌声の持ち主だが、合唱クラブには所属せず半地下合唱団に参加している。)
横山穂乃花(よこやまほのか・真子と同じ小学6年女子で合唱クラブの部長。)
菅野優里(かんのゆうり・合唱クラブに所属する小学5年女子。穂乃花が練習中に発した厳しい言葉が原因で不登校になる。)
藤野光(ふじのひかり・真子の学校の卒業生で、朔と同じく半地下合唱団に参加する中学2年女子。)
≪あらすじ≫
真子は小学校に入学してからの念願であった合唱クラブに所属しています。真子の学校の合唱クラブは全国レベルのコンクールの常連で何度も金賞を受賞してきましたが、昨年は金賞を逃してしまいました。そのことがきっかけでクラブの練習は日に日に厳しくなり、顧問の先生、部長の穂乃花が発する言葉も厳しさが増す一方です。4年生の優里は穂乃花に厳しく責められたことがきっかけで、クラブの練習を休むようになり、不登校にまでなってしまいます。自分が思い描くクラブ活動とはあまりにかけ離れた現状に息苦しさと戸惑いを感じる真子は、同じ学校の5年男子、朔と出会います。合唱クラブの誰もが出せないような美しいボーイソプラノの声を持つ朔ですが、「楽しく歌おうとしない」学校の合唱クラブに所属する気持ちは微塵もなく、母が経営する建物の半地下にあるバーに歌好きの人々が集まる『半地下合唱団』の活動に参加しているのでした。
この物語の中学受験的テーマは「心の成長」です。そしてその成長を促す要素として「多様性」、「他者理解」という大事なテーマも含まれています。合唱クラブのあり方に疑問を抱きながらも、何も行動できずに悩んでいる主人公・真子の心を支配しているのはどのような考え方なのか、そこから真子が何をきっかけとして心を成長させて行くのか、といった変化の流れを的確に読み取ることがポイントとなります。
前半は真子が半地下合唱団に参加する藤野花(本文では藤野先輩)と会話を交わす場面から、真子と朔が合唱への向き合い方について言い合いになる場面へとつながる部分、後半は真子と朔がその言い合いについて振り返る場面です。藤野先輩、朔の言葉が、真子の心にどのように響いたのか、それらの言葉に対して見せた表情や言葉に、真子のどのような気持ちが込められているのかをしっかり読み取りましょう。
P.122の9行目から10行目に「『ちがうんだよ!』自分が思っていたより、ずっと大きな声が出てしまった。」とありますが、この時の真子の気持ちを、以下の言葉を使って100字以内で説明しなさい。句読点も一字として数えます。
[金賞、正しい]
ここで真子が見せるような、「自分の思いとは異なる行動」は物語文では頻出のパターンですので、なぜそのような行動をとるのかといった理由にまで考えを及ばせるようにしましょう。「自分が思っていたより」という言葉から、真子が自分の気持ちをコントロールできない程に感情的になっていることが読み取れます。
なぜそこまで感情的になっているのかを考えることが、こうした行動に込められた人物の気持ちを読み取る上で重要になります。
その答えは問題該当部の5行後にある以下の表現に見ることができます。
さらに、後半の真子と朔が言い合いについて振り返る場面にある以下の表現も、真子の気持ちをわかりやすく説明しています。
ここでは真子が冷静になって、当時の自分を振り返っているのですが、このように、人物が感情的な言葉を発した際の気持ちについて、落ち着きを取り戻して振り返るという場面が物語文では多く出てきます。その場合、振り返った場面の方にわかりやすい表現が使われ、解答のヒントとなる可能性が高くありますので、見逃さないようにしましょう。
朔に本当のことを言われ、それがあまりに的確だったためにすぐには受け止められず、否定してしまった、というかたちで真子の気持ちをまとめることができます。
真子が朔の言葉を受け止められない理由については、問題該当部の前にある以下の表現から考えてみましょう。
自分でも心のどこかで言うべきことがわかっていながらそれを口にすることができない、そんな自分の無力さに向き合うことのつらさが、「言葉が痛くて」という表現に込められていると読み取ることができます。
あとは、朔が指摘した「本当のこと」の内容を説明する必要があります。そこで指定された言葉を見てみましょう。指定された言葉は説明する内容をまとめるうえで、大きなヒントになります。
まず金賞という言葉が使われている箇所を探してみると、問題該当部の直前の朔の言葉の最後に以下の表現があります。
この内容についても、先ほどと同じように後半の部分でくり返された表現があります。真子が朔に鋭く指摘された自分を振り返った以下の言葉です。
全く同じ表現がくり返されていることから、この表現が真子の中でいかに強く響いたかがわかります。
もうひとつの「正しい」については、これまで出て来た「本当のこと」「図星」を言い換えたものとして考えればよいでしょう。
あとは指定された言葉を間違いなく使って、制限字数に合わせて解答を作りましょう。
今回の解答を作るプロセスにあった、同じ人物が時間を置いて過去の出来事を振り返る場合の、同じ内容の表現のくり返しに着目する点に十分注意をしておきましょう。
合唱クラブがコンクールで金賞を取るためにつらい思いをするだけのクラブになっているという朔の指摘が正しいとわかっているが、それを認めて自分の無力さに向き合うことができないため、強く否定している。(96字)
国語の抜き出し問題には難問が多いので、実際のテストの際には十分に注意して臨む必要があります。本文中に必ず答えがあるからといって時間をかけてしまうと、テスト全体の時間配分が崩れてしまう危険性があります。問題を解くおおよその時間を決めておき、答えが見つからない場合はすぐに抜かすという方針で臨む方がよいでしょう。
この問題は真子にかけられた「人物の言葉」という指定がありますので、難度は高くありません。それでも速く確実に正解を見つけられるように、解答の方針をしっかり立てて解き進めましょう。
まずは問題該当部の直前にある以下の表現に着目します。
問題該当部と同じ内容がより詳しく表されています。この部分で表されている「ここには」の「ここ」は半地下合唱団のことを指しますので、問題の答えとなる言葉は、半地下合唱団のメンバーが発したものから探し出せばよいことになります。
そこでまず注目すべきは、真子と穂乃花が今後のクラブ活動の進め方で意見をぶつけ合う場面です。ぶつけ合うと言っても真子は言いたいことを言えず、ほぼ一方的に穂乃花に責められます。その場面で出てくる以下の表現が大きなヒントとなります。
合唱クラブの現状に苦しみながらも何もできずにいた真子の心に変化が起こるきっかけとなる、物語上でも重要な表現です。「天井をつき抜けて、わたしの中に」とあることからも、藤野先輩の言葉が真子の心に深く残っていることが読み取れます。この表現の直前にある藤野先輩の以下の言葉が、1つ目の答えとなります。
この言葉はこれより前の真子と藤野先輩が会話をする場面で最初に出てきたものです。≪予想問題1≫でもありましたが、人物が過去の場面や言葉を回想して、同じ表現がくり返される場合、そこに気持ちの変化を読み取るうえでの重要なヒントがあることが多くありますので、注意しておきましょう。
もうひとつの答えは、真子が朔と言い合いをした後、半地下合唱団の他のメンバーと会話を交わした場面から探し出してみましょう。
ここで、真子はメンバー達それぞれの生き方に触れます。おにぎり屋で働く2人の女性、奈津実と亜矢が同性どうしで結婚はしないけれど、夫婦のようなかたちで一緒に暮らすパートナーの関係であること、40才男性の立花さんが独身のまま一人で生きて行くと決めていること。まさに学校生活だけでは知ることのできない生き方をしている人達との出会いが真子にとってはこれまでにない考え方を得る貴重な機会となっています。
そうした彼らの生き方に対する考え方をわかりやすくまとめたのが、この場面の最後に亜矢が発した以下の言葉です。この言葉が2つ目の答えになります。
この物語全体のテーマにある「多様性」を端的に表した表現です。人それぞれに生き方や考え方があり、それを尊重することが相手を理解すること、そして自分の世界観を深めることにつながる。だからこそ、「頑張る」方法も人それぞれであることを真子が知ったことが、朔との会話にある以下の表現に表されています。
自分の考え、行動だけでは変えられないことも、異なる価値観を持つ人々の考えや行動に触れ、その言葉を受け止めることで変えるきっかけを得られる。中学受験の物語文で多く出てくる「心の成長」のひとつのパターンがわかりやすく丁寧に表されています。
・言いたいこと我慢してまわりに合わせるよりは楽だし(24字)
・世の中、いろんな人がいるし、いていいんだってこと(24字)
今回ご紹介した一連の場面で、主人公の真子は新たな価値観、考え方に出会い、自分に何が足りなかったかを学び取ります。そしてここから行動に起こして行くのですが、特に物語の終盤で、真子は穂乃花やクラブの顧問である長谷川先生との向き合い方に大きな変化を見せます。さらにそこから大きく物語が展開してからの、ラストの商店街での場面は、ここで詳しく書くことはできませんが、このメルマガを読まれた皆さんにぜひ見届けて頂きたいものです。ラストの場面を筆者は何度も読み直し、その度に涙腺を崩壊させてしまいました。感動という言葉では収めきれない、心が強く揺り動かされる読書体験ができます。
また本作品では、トランスジェンダーやパートナーシップといった社会的なテーマも表されていますが、小学生の皆さんにもわかりやすいように、丁寧な表現で書かれています。著者の額賀澪氏が児童文学であることを強く意識されたことがわかります。
人物の心の動き、他者への理解を深めて行く過程がじっくりと描かれた本作品は、5年生や読書好きな4年生でも読み進めることができます。今の時代に生きる小学生の皆さんにこそ読んで頂きたい貴重な作品です。
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