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友人関係に悩む主人公が、クラスメイトとの交流を経て心の成長を果たして行く姿を描いた傑作です。著者の佐藤いつ子氏の作品はこれまで、『駅伝ランナー』が暁星中(2018年度)などで、『キャプテンマークと銭湯と』が、鷗友学園女子中(2020年度)、横浜共立学園中(2020年度)、筑波大附属中(2020年度)、専修大松戸中(2022年度)など数多くの学校で出題され、『ソノリティ はじまりのうた』が、学習院中等科(2023年度)、洗足学園中(2023年度)などで出題されており、中学受験頻出作家のひとりとして注目を集めています。
本作品は、学年が変わって新たなクラスで自分の居場所がなくなることに強い不安を抱いていた主人公・優希が、席が近い瞳子を含む3人のテニス部員たちのグループに入るところから物語が始まります。孤立することはなくなったものの、3人と過ごす時間に違和感を抱いていた優希が、クラスメイトの誠の意外な一面に触れ、また米倉愛というギフテッドの女子生徒の考え方に強く触発されることによって、自分の考え方、生き方を見つめ直して行く過程がゆっくりとしたペースで描かれています。
文章はとても読みやすいですが、「他者理解を通して自己理解を深める」という近年の中学受験物語文の最頻出パターンが描かれているうえに、「同調圧力」という論説文・物語文ともに多く扱われることの多いテーマも盛り込まれている、まさにテーマ学習としての価値が非常に高い一冊です。
主人公の心情の揺れ動きが丁寧に描き込まれている点でも、来年度入試で多くの学校が出題対象とする可能性が高く、男子校・女子校に関わらず中堅校から上位難関校まで幅広い学校での出題が予想されます。
≪主な登場人物≫
佐々木優希(ささきゆうき:中学2年生の女子。新学年のクラス替えで瞳子たち3人のテニス部員たちと行動を共にするようになるが、その時間にどこか違和感を抱いている。小学4年生の時に母親を亡くし、父親と二人暮らし。父親の影響で古いレコードを聴くことを趣味としている。)
牧瞳子(まきとうこ:優希のクラスメイト。テニス部に所属し、クラスの中で目立つ存在となっている。)
河合まどか・庄司楓(かわいまどか・しょうじかえで:優希のクラスメイトで瞳子と同じテニス部員。瞳子と常に行動を共にしている。)
荻野誠(おぎのまこと:優希のクラスメイトの男子。優希と同じく生徒会に所属している。要領が悪く、人前で話すことを苦手としている。)
米倉愛(よねくらあい:私立進学校から転校してきて、優希と同じクラスに所属しているが、教室に来ることはほとんどない。生まれつき飛び抜けた才能を持つ「ギフテッド」であり、学校以外の場所で中学2年生ながら高校数学を勉強している。)
≪あらすじ≫
優希は中学2年のクラス替えで親友の加奈とは違うクラスになり、不安な気持ちでいました。新しいクラスで後ろの席となったテニス部の瞳子の髪の編み込みをしてあげたことがきっかけとなり、瞳子を含む三人のテニス部員たちと行動を共にするようになります。瞳子たちと一緒にいる時間に居心地の悪さを感じていた優希でしたが、クラスで孤立することを恐れて、三人と過ごす状態を変えずにいました。
※テーマについては、メルマガ「中学受験の国語物語文が劇的にわかる7つのテーマ別読解のコツ」で詳しく説明していますので、ぜひご覧になりながら読み進めてください。
この作品の中学受験的テーマは「友人関係」です。「他者理解」の中でも特に頻出度の高い「友人関係」を軸に、中学受験物語文で頻出の「他者理解を通して自己理解を深める」というパターンが鮮明に具現化されています。
主人公・優希がそれまでほとんど話すことのなかった誠の意外な一面に触れたことで自分らしい生き方を見出し、クラスメイトの瞳子との関係を変化させて行く過程が描かれる本作品は、優希と誠の関係、そして優希と瞳子の関係と「友人関係の変化」が複合された構成で物語が進みます。それぞれの友人関係の変化をひも解きながら読み進めることで、テーマ学習の精度を高めることができます。
そして「同調圧力」という、近年の中学受験国語で扱われるケースが増加しているテーマについて、新たな視点が提示されている点も本作品の注目すべきポイントです。本作品のタイトルである『透明なルール』は、登場人物の一人、愛が掲げる同調圧力に対する見解を意味しています。その意味するところを読み取ることで、同調圧力に対する考え方を深めることができますので、ぜひ物語の終盤で示される愛の言葉をじっくりと読み取ってください。
誠と過ごす時間を通して、自分らしい生き方について考え、愛の言葉を受け止めることで同調圧力への考え方を新たにした優希が、クラスメイトの瞳子たちとの接し方を変えて行く姿を描いた極上の成長物語をじっくりと読み進めてください。
優希が同じクラスの瞳子たち3人のテニス部員と、体育祭でつけるお揃いのヘアアクセサリーを買いに行く場面に始まり、その後、偶然会った誠に誘われて、『こけし展覧会』に一緒に行き、会話を密に重ねる場面へと続きます。
優希が瞳子たちと過ごす時間に違和感を抱き、これまで多く話すことのなかった誠と話す時間に居心地の良さを感じたことで、自分の中に芽生える変化を自覚する、作品全体の中でも重要な場面です。
瞳子たちと一緒に過ごす時間と、誠と会話を交わす時間で、優希の姿にどのような違いがあるかをとらえ、そこから優希が自己理解を深めるきっかけをどのようにつかんだのかを的確に読み取りましょう。
また、文章中の表現をより深く理解するために、対照的な表現に着目する意識を高めて問題に臨みましょう。
まずは問題該当部に至るまでの、優希のとった行動、心情の変化について整理してみましょう。
瞳子たち3人のクラスメイトと体育祭で身につけるお揃いのヘアアクセサリーを買いに来た優希ですが、決して乗り気で参加したのではないことが、以下の一文からもうかがえます。
その後、4人で黄色いリボンを買い、それぞれ髪につけたのですが、優希がショートヘアにリボンをどうつけてよいのか躊躇していました。
そんな優希を瞳子が軽い気持ちでからかったことをきっかけに、まどかと楓がさらに冗談で盛り上がる場に耐えられなくなった優希は、その場から立ち去ります。
そこで優希は自分が抱えていた違和感の正体に気づきます。その時の優希の様子が以下のように表されています。
自分の本当の想いに気づいた優希ですが、だからといって息苦しい空間から解放された喜びをかみしめるような気持ちにはなれず、以下のような新たな不安が優希の中に生まれます。
行き場のない不安にかられた優希の前に偶然現れたのが、誠でした。同じく生徒会に所属していながら、これまで多く話すことのなかった誠の「いつになくうきうきしている」(P.113の1行目)様子に優希は驚きますが、誠がこけしの愛好家で、『こけし展覧会』に行くことを知らされます。
誠とこけしについて話す中で、誠の言葉に優希が反応する以下の場面があります。
優希は父の影響でレコードを聴くことを趣味としていましたが、そのことを誰にも話していませんでした。優希の「かもね」という言葉は、自分もレコードオタクであり、こけしを愛する誠と通じる部分があると感じ始めていることを表していると考えられます。
学校での立ち振る舞いとは別人のような誠の姿を目の当たりにした優希は以下のような印象を受けます。
この言葉には、誠の姿にまぶしさを感じるとともに、素直に自分の好きなことを話すことに肯定感を抱き始めている優希の心情が反映されていると読み取れます。
この直後、優希は『こけし展覧会』に自分も同行したいと申し出て、誠の快諾を得ます。そこから会場に向かう道中、誠がこけしを好きになったきっかけを聞く中で、誠の言葉に優希が反応する以下の部分があります。
誠の言葉を通じて、優希が好きな音楽を聴いているときの感覚を思い起こしている様子が表されています。
問題該当部はこの直後となります。
自分から誠に同行したいと言い出し、誠との会話から素直に自分の好きなことに向き合うことの価値を見出したここでの優希からは、「自分は自分を偽っている」と自分の中の違和感に気づいた様子とは正反対の印象が受け止められます。
このことから、「話していると、あっという間にK会館の前に着いた」という優希の姿と対照的な言動を見つけ出すポイントは、優希が違和感を抱いている時点に戻って着目することにあります。
そして、対照的という問題の指示から、意味するところは正反対でも、どこか共通する部分がないかという点にも留意して探してみましょう。
そこで、優希が瞳子たちとショッピングモールに向かう場面で、同じように足を進めても、優希の気持ちの高まりが全く逆の様相を呈している、以下の部分に行き着くことができます。
瞳子たちとの買い物の場面では、優希が居心地の悪さを感じていると読み取れる場面がいくつかありますが、問題の対照的という指示に従うことで、正解となる箇所を見つけることができます。
抜き出し問題には難問が多いので、今回のように問題の指示をヒントとして解き進める方法を使いこなせるようにしておきましょう。
優希は率先~て歩いた。
中学受験物語文で多く使われる象徴的存在(一見関係がないと思われるが、実は登場人物の心情・人間関係などを象徴的に表しているもの)の問題です。特にこの問題の題材とした「夕焼け」は象徴的存在として使われるケースが多いので気をつけておきましょう。
≪予想問題1≫から引き続き、優希の心情の動きを追って行きます。
『こけし展覧会』の会場内で、優希が誠に対して、自分に気を遣わずにこけしを見に行くように伝え、誠が会場の奥へと進んだ直後、優希の以下の言葉に、優希が誠と過ごす時間に居心地の良さを感じていることが読み取れます。
この部分にもまた、瞳子たちに気を遣って後をついて回っていた時の優希との違いが顕著に表されています。
展覧会場でこけしを見ていた優希は、その魅力に高い関心を抱くようになります。
こけしへの愛情を熱く語る誠に触発された優希が、気持ちを前向きにしている様子がうかがえます。
そしてこの部分に続く以下の一文が、誠に出会ってからの優希の気持ちの高まりを集約しています。
瞳子たちと過ごしていた時間の息苦しさから逃げ出したものの、自分の居場所をなくしたと考えていた優希にとって、誠の意外な一面を知り、自分の好きなものを素直に愛する姿勢の美しさを実感したことは、大きな救いになっていたのです。
そしてそんな気持ちに後押しされるように、優希は自分がレコード好きであることを誠に打ち明け、一緒にレコードショップに向かうことになります。
自分の趣味を自然に受け入れてくれた誠と話す優希が興奮している状態が、以下のように表されています。
レコードショップに着いた優希は、話の流れで母が亡くなったことを誠に話すのですが、その場面での以下の表現に注目すべき点があります。
最後の「自分でも不思議だった」という表現から、優希が無意識のうちに誠に心を許していることが読み取れます。このような、当人が強く意識しないままに、心の距離感が縮まることを示す描写は、「友人関係」を扱った中学受験の物語文で多く出てきます。言葉にしないまでも、自然に自分の大事な胸の内までを明かせるようになる関係性こそが、真の心の絆の深まりを表すことがある点に注意しておきましょう。
優希の言葉を聞いた誠の反応に、優希の心が救われる様子が以下のようにつづられています。
これまで、母のことを話す時に強く緊張し、相手の反応を過剰に気にしてしまっていた優希でしたが、誠に打ち明けた際の自分の状態について、以下のように感じています。
ここにも、先の表現と同じく、無意識に誠に対する安心感を抱いている優希の様子が描かれています。
そして以下のやりとりを経て、問題該当部の「橙色の夕焼けが広がっている」につながります。
短いながらも心の通い合った言葉を交わす2人を包み込むような「橙色の夕焼け」が、優希の明るく前向きな気持ちを表すことは、これまでの流れから容易に理解できます。
ただし、より詳しく説明を記述するために、もう少し先まで読み進めてみましょう。
誠と別れた後に優希は、スマホに届いていた瞳子たちからの謝罪のメッセージを目にします。
優希にとっては、「三人のことをほったらかして、偶然出会った誠と楽しい時間を過ごしてしまった」(P.130の1行目から2行目)とあるように、楽しかった時間が罪悪感につながるような感覚に陥っています。
以下の表現に、優希の高まる緊張感が表されています。
その直後、以下の部分に「橙色の空」が出てくるのです。
ここでの「群青がかった色」「暗さを増していった」「陽の名残りが消えていく」といった、たたみかけるような表現の連なりに、優希の心に暗い影が落とされて行く様子が色濃く表されています。
問題該当部とあまりに対照的な上記の表現を照らし合わせることで、「橙色の夕焼け」が優希の誠と過ごした貴重な時間で得た喜びを表していることが確認できます。
さらに上記の表現にある、橙色の空を暗くするものが、「瞳子たちと過ごす時間の息苦しさ、自分を偽っている違和感」を表していると考えることで、より詳しい説明をすることができます。
象徴的存在の表す意味を説明する際には、より詳しく具体的な説明にするために、できるだけ多くの解答要素を集めるように心がけましょう。
瞳子たちと一緒にいるときの息苦しさや違和感から解放され、互いに自分の好きなものについて素直に話し合うことができる誠と過ごす時間で得られる喜びと安心感。(75字)
これまでのメルマガでも再三お伝えしてきましたが、近年の入試において2大重要テーマ「他者理解」「自己理解」が共存する作品の頻出度は高まっており、2024年度入試でも、麻布中、駒場東邦中、海城中、学習院女子中などで、この2大テーマの共存が見られました。特に「他者理解を通して自己理解を深める」というパターンの理解を深めることの重要性が高まっている中で、本作品はテーマ学習のための恰好の教材であると言えます。
今回ご紹介した場面の後、愛が同じ学校に転校してきた経緯を知り、愛の同調圧力についての考え方を聞かされた優希は、強い気持ちを持って学校でのロングホームルームに臨みます。この物語終盤のロングホームルームは、体育祭のクラスのスローガンを決める場として始まりますが、やがて生徒だけでなく教師をも巻き込み、「自分の考えを自由に表明すること」の重要性について論じられる場へと変容して行きます。教室の空気の変化が強く伝わってくるほどの臨場感をもって描かれるこの場面に、作品のメッセージ、タイトルの意味するところが色濃く反映されています。
そしてホームルームが終わってからの優希と瞳子が交わす会話には、友人関係の変化、心の成長が描き込まれており、ほんの短い場面ながらも胸が熱くなる想いを味わうことができます。
中学受験物語文の重要テーマを根底に、同調圧力という注目すべきテーマも盛り込まれ、テーマ学習を進めるうえで極上のテキストとなっています。読みやすい文体でつづられていますので、6年生はもちろん、5年生楽しみながら学べる貴重な一冊です。
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